第6話 幕張パレス

コーラ瓶に口をつけ、相変わらずの気だるさで銀行口座をハッキングしていたトパーズだったが、数日経ちいよいよ幕張パレス爆破予告日がやってきた。

退屈な日々から開放される喜びで胸がいっぱいになり、気がつくと鼻血が出ていた。

ティッシュで鼻を拭いながら部屋をクルクル回り、バッグに手をつける。その中にはノートパソコンと、ポケットwifi、瓶のコーラを2本、多少強引に詰め込む。

夏とは言え夜は少しばかり冷えるので、クローゼットをキョロキョロし、1着の上着を掴み取る。薄い生地の真っ黒なハーフコートだ。

「これでいっか!」

乱暴に羽織ると、今度は部屋の棚をガサゴソしだし、サングラスを取り出した。セレブがよくかけている顔が小さく見える大きなフチのものだった。

サングラスを装着し、部屋の隅にある長くて大きなくすんだミラーの前でクルリと一回転した少年は、

「どうかな?」

と訪ねてみるも、ミラーからの返答は無い。にんまりと笑顔を見せ、ポケットに財布とケータイを突っ込んで、部屋を後にした。


――――


一方幕張パレスでは、何台もの巨大車両がサイレンを揺れ動かしながらパレスを囲むように停車していた。その周辺にはマスコミがおり、熱心に生中継を続けている。そんなマスコミに怒号を浴びせる一人の女性がいた。

「爆発が起こったらここは危ないわ!もっと離れた場所でやりなさい!」

幕張パレスの事件の指揮官に命じられた捜査1課の冴島氷子だった。

「爆破予告時間まであと30分であります!」

冴島の元へ爆破対策スーツを着た警官が駆け寄る。

「ギリギリまで爆発物を探しなさい!何人で探してるの?」

「200人以上導入して探しておりますが、まだ一つもみつかっておりません!」

「5分前までよ!5分前までは何とか探し当てなさい!」

爆弾を一つも発見できていない事に冴島は苛立っていた。建物内捜索の前に建物周辺を徹底的に捜索し、トラックらしきものが無い事は確認済みだった。当然来場者は全員出禁としていた。

冴島は無線を口に当てた。

「どんどん上に捜索の幅を広げなさい!ハイビーム!ハイビームで行きなさい!!」

興奮している冴島の元に、例の刑事がふら〜っとやって来る。

「気合入ってますなぁ冴島指揮官」

冴島はのんきな蛙谷を一瞥し、吐き捨てるように言った。

「今はあなたにかまってる場合じゃないんです!さっさと周辺警備をして犯人の一人でも見つけたらどうですか。単独犯とは限らないんですから!」

「へいへい動いてますよっと。おー怖…コーヒー飲みます?」

冴島は無視して無線とにらめっこを始めた。無視された蛙谷は、

「寒いのになぁ…まぁいらないってんならしょうがないか、はは…」

おどけながら蛙谷はまたふらりと行ってしまった。


――――


幕張パレス内部では、爆破対策スーツを着た警察がうごめいていた。

「フロアA~Eは問題はクリア!」

「やはり上の階に行ったほうがいいのでは?」

「しかし爆破まであと20分だぞ!外に出る時間を考えると危険すぎる!」

「しかし指揮官の命令です!」

「ッ…!」

そこに1人の警官が駆けつけてきた。

「リーダー!給湯室に不審物発見しました!」

「行くぞ!プルトニウム班も来い!」

リーダーと数名は給湯室へ駆けた。

「冴島指揮官!不審なブツを発見いたしました」

冴島は今日初めて笑みを見せた。

「プルトニウム班に確認させてから、中を開けるのよ」

「プルトニウム班!」

プルトニウム班と呼ばれた2人は、鉄の棒を不審物にあてがった。

「プルトニウム反応無し!」

「開けるぞ!」

対策に当たったのは爆破処理班のスペシャリストだった。慎重に中を開けていく。

「あと爆破まで20分です!」

「爆発物自体にタイマーがないのは不自然だな…でも開かない事はない」

無駄のない手つきで爆弾を解除していく。ほどなく中身が開いた。

「爆破まで15分!」

「まてよこれは…」

開いた中は空洞になっており、中には紙切れが一枚、クシャクシャになって入っていた。リーダーは恐る恐るその紙を取り出し、内容を確認した。


「恥ずかしいな。まんまと引っかかった。どうして犯人の言うことを真に受けた?本当の爆破は南西のビルだ」


「…何ということだ…」

すぐさま冴島に無線で報告する。冴島は激昂した。

「まったくどういうこと!?爆破はここじゃないってこと?ふざけんな!!」

冴島は野心高い女性である。出世の足がかりにしようとしていた足元はぐらついて

今にも崩れそうである。

「ふざけんな…ふざけんな…!」

冴島はその場で崩れ落ちてしまった。


――――


現場についたトパーズは門をひょいとくぐり抜け、できるだけ幕張パレスの入口前まで近づいてから、腰を下ろした。途中何度も警官が通り過ぎたが、幸運にも見つからずには済んだ。ポケットwifiのスイッチを付け、ノートパソコンを開く。しばらくキーボードを叩いていたが、次第に眉間にシワが寄ってくる。

「まいったなぁ。携帯持っている人、沢山いるじゃないかぁ」

トパーズは携帯番号からハッキングする手筈でいたので、これでは見分けがつかない。と、遠くの方で爆発音が聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。落ち着いて瓶のコーラを飲んでいると、建物からわんさかと警官が出てきた。爆破はここじゃなかってことなのか。どちらにしてもここにいると危ないという事だけは分かった。

どうしようか悩んでいると、一人の刑事がこちらに向かってくるのが視認できた。

「そこに誰かいるのかな…?怖がらないで出てきてご覧」

びっくりしたトパーズは持っていたコーラ瓶を声のする方へ投げつけた。

「アダッ!!!」

どうやら瓶は対象物に当たったようだった。帰ろうと警官達の様子を伺っていた時、奇妙な格好の警官を目にした。

「プルトニウム処理班…なのか?」

犯人はプルトニウムを所持しているということなのか?だとしたら、更に凄惨な事態になっていくことだろう。少年は生唾を飲み込んだ。自分はかなり危ない道を進んでいるのかもしれない。

トパーズは慌てて幕張パレスの入口の門まで引き返し、ヒョイとくぐって逃げ出すように退散した。


――――


「指揮官!千葉県庁舎で大爆発が起こりました。夜なので死者はごく僅かかと思われますが、建物はかなりえぐられてます!」

冴島は来た無線に返答する気力を失っていた。情けないほど犯人の手のひらで転がされた自分がいた。

「フフ…そう。そうくるのね」

独り言のようにそう呟いた彼女は黙って警察車両に向かって歩いていった。

マスコミ陣もすでに匂いを嗅ぎつけ、千葉県庁舎へと車を走らせていた。


――――


トパーズは電車内でノートパソコンを開き、ネットニュースを眺めていた。そこには幕張パレスはデコイで、本命は千葉県庁舎であったと書かれてあった。

デコイ、か。

やっぱこの人すごいよ!完全に警察を手球に取ってる!少年はますますこの犯人に会いたいという気持ちが高まり離さない。そしてその時はもうすぐだという気持ちが何故か何度も頭をよぎった。爆破犯はすでに死者180名を出していたが、トパーズは何の気にもかけてないようだった。そこはサイコパス同士の共通の感情といった所か。


ネットニュースに掲載された千葉県庁舎は、えげつないまでに倒壊していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る