第25話 不意打ち

 初華が生み出した熱狂のうずは収まる事を知らず、ライブ会場は観客達による歓声が屋台の並ぶ飯ブースにまで響いていた。

 俺も初めてのフェスということもあり、あのままアーティスト達によって繰り広げられるパフォーマンスを見ていたかったが、予期せぬ客からのメールによって望みは断念された。


 そうして目的地に向かって徒歩を続けること3分。メールに記載された場所へと到着した。


「随分と早い召集ですね。約束の時間はフェスの前半終了後だったと思うのですが」


 一陣の、冷たい冬の風が吹き抜けると目の前のベンチに座る男の髪をなびかす。手には屋台で買ったビールらしきカップが握られており、俺の質問に答える前にのどへと流した。


「今日はとてもいい日だ。あの日のように、全神経が震え上がるような素晴らしい瞬間に立ち会えたのだから」


 マックインは小さく手を挙げると後ろに控えたボディーガードにこの場から離れるよう指示すると、落ち着いた口調の英語で話を始めた。


「一角初華とは”奇跡”そのものだ。見る者全てを魅了し、虜にするパフォーマンスはあの子にしかできない。間違いなくあの時代のアイドルの中で1人抜きん出ていたよ」

「戦国時代と呼ばれた実力主義の世界だった。社長からよく耳にしています。確かアイドル達が競う大きな大会で最高記録を残していたとか」


 温厚だが、その中に垣間かいま見える威厳さは周囲の空気を締める。今まで初華の営業で関わってきたプロデューサーや監督には多く携わってきたが、この人だけは何度あっても緊張の糸が解けない。


「タレントカーストという芸能界の暗黙のルールが誕生する前からアイドルの価値を定める傾向は始まっていた。アイドルによるダンスやボーカルを含めたパフォーマンスやファンの歓声や雰囲気を数値化した得点システムは今なお変わらない。その点数を競ってアイドル達が繰り広げる3つの大会があった」


 東京のトゥインクルステージ、大阪のプリンセステージ、名古屋のティアラステージ。ステージによって求められるパフォーマンスが異なり、1つでもタイトルを獲得したならばそのアイドルは将来を約束される。

 確か初華はそのうちのトゥインクルステージを残して死亡した。当時は前代未聞の3連覇を達成するかもしれないと期待を抱いて日本中が沸いた。


「栄光に手をかけた皇帝が目の前で散ったその姿を私は忘れない。かつて会社を辞め、人生の挫折をしようとしていた私に光を与えてくれた彼女が自殺したという馬鹿な報道が流れるまではな」


 ワックスが塗られた前髪を掻き乱しながら、当時のことを思い出す。


「アイドルは好きだったんですか?」

「アイドルは現実逃避する愚か者が生み出した偶像だと罵っていた私だぞ?まさか人生の淵に立っていた私に希望と夢を与えてくれるなど夢にも思わなかった。食わず嫌いや未知の分野を知らずして否定するのは間違いだと己の視野の狭さを教えられたよ」


 この人も俺とは違う意味で自分の人生に見切りをつけていた人間だったのだろう。当時の社長のマックイン氏と、学生の俺じゃ比べる対象にもならないと思うが。


「前置きが長くなったね、そろそろ本題に入ろうか。君が考える一角初華のプロデュースについて」

「話をする前に確認しておきたいのですが、協力して貰えるということでよろしいのですか?」

「その質問は無粋だろう。ここまで話をしたんだ察したまえ」


 計画を進めるためのキーパーソンであるマックイン氏の言質を取ろうと躍起になった俺に釘を刺した。


「す、すみません」


 ぎこちない態度で頭を下げた後、微妙な空気はさておいて話を始める。内容はもちろん、フェス後の締めとなる計画についてだ。



 ▼▽


 綿密に練り上げた計画をマックイン氏に伝えた後、俺はフェス前半を終えたライブ会場に向かうと、ステージ前にあるスタンディング席では後半が始まるのを観客達が今か今かと待っていた。

 今から後半の部を見るためにこの肉詰め状態の中に参加するのはキツイなと思っていた矢先、いざ舞台袖に来てみると大して状況は変わらなかった。


 フェスに関わったスタッフやプロデューサー、そして共にステージに立ったアイドルやバンドマンなどの演者に囲まれながらにぎわいを見せていた。その輪の中心にいたのは勿論初華だ


「なんだこれ‥‥」


 さっさと上層部の人間に挨拶して会場から去ろうと考えていたのだが、これでは初華に取りつくしまもない。どうするかと困りあぐねていた時、背後から忍び寄る気配が背中をかすめた。


「計画は順調かしら」

 

 馴染みのある声が耳に届くと、後ろにいる相手が誰なのかすぐに察する。あからさまな嫌悪感を見せながら振り返ると予想通りの姿が目に映った。


「連絡があるまでは接触しないんじゃなかったか?」

「仕事場が一緒の場合は最低限のコミュニケーションは取らないと成立しないでしょ。まぁ今日は私があなたに用があるわけじゃないんだけどね」


 極力俺の過去に関わる人間とは現段階で遭遇したくない。そのため早く初華をあの渦中から引っ張り上げ、事務所へと帰還するのがベスト。

 このフェスにおいてやるべきことは全て済ました。これ以上いる必要はない。


 早々と怜から去ろうときびすを返そうとしたその時、最もこの状況とタイミングにおいて出会したくない人間に遭遇する。


「よぉ、マネージャーやってんだってな。大樹」


 背筋がゾクゾクと走る寒気に包まれ、刃物を突き立てられたような錯覚に陥る。幽霊やオバケ、殺人鬼など恐怖の対象となるものは数多くいるが俺にとって1番の恐怖の象徴は間違いなくコイツだった。


「富田出流」


 


 

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