第24話 伝説の始まり

「監督、彼女のことを知っているんですか?」


 暗幕に閉ざされた舞台袖でスタッフたちがひそひそと声をらす。話題はもちろん初華のことだ。


「さぁ少しダンスが上手くてバズってる子らしいけど、ぶっちゃけ興味ねぇよ。まぁスタイルいいし男ウケするのはわかるけどな」


 アイドルは一生の仕事にはできない。だからコイツらにとってアイドルでいられる時間は芸能界でポジションを確立するための猶予。マスカレードアイドルだか知らないが、コイツはコイツで今回のビッグチャンスをどうにかして次に繋げようと意地でも爪痕つめあとを残すはずだ。

 まぁまだ若いんだし。今回のフェスで知り合ったプロデューサーやスポンサーに枕でも接待でもすればいいさ。


「本番だ。始めろ」

 


 ▼▽


 前奏となる音楽がフェスの会場全体に反響する。曲名は”Journey impact” 。

 海外のストリートダンサー、EDWINが踊る超ハイテンポが特徴的な曲だ。ナイフのようにキレのあるダンスを頭から足の指先まで、体のパーツを利用して表現する。


 曲の長さは3分15秒。息をつく間を与えず、パフォーマーを限界まで追い込むスタイルだ。常人なら多分1番を踊るだけで体力を限界まで削り切るだろう。


 アイドル、ダンサー、ストリート。踊りという概念を理解しているものであれば誰しもが聞いたことがあり、その高難易度さから悪名が高い。


 ついた名は、魔曲。


 難しすぎて誰もあつかえないダンス曲。それを今1万人以上の観客の前で披露する。そのプレッシャーは計り知れない。


「けどお前には関係ないよな。だってお前は———」



▼▽



 ———————そう、私は。


 “最強アイドル、一角初華だ”


「全世界全人類、私に味方しろ」


 ステージに備え付けられた射出装置からスモークが噴き出すと同時に、初華がその姿をあらわした。

 会場全体はフェスが始まったという事実に胸を踊らす中、一部の人間はかかった曲に動揺する。


「この曲って—————」

「Journey impactだ‥‥」


 舞台裏にてコンディションを整えながらモニターを見ていたベテランダンサーの演者が手に取っていた水筒を地面に落とす。


「ハ、ハッタリでしょ?新人のアイドルが踊れるわけないって‥‥きっとダンスも本家のものじゃないでしょ?」


 ところどころを切り抜いたなんちゃってダンス。それに期待した女性の表情がみるみる暗くなる。1番のサビの頭にあるブレイクダンス。その超高難易度技であるエアフレアを省略せずに見事こなして見せたのだ。


「‥‥なにこれ」


 次の出番は私たち。当然エアフレアなどという地面に片手を置いて体を回転させるなどという技を繰り出せるほどの技術は持っていない。

 この地点で彼女は、自分たちがピエロになることを確信した。


 一方、モニターの向こうに広がる会場は熱狂化していた。

 初華から生み出される音楽の鼓動に身をゆだね、踊りながら歓声を上げる人々が無数にあふれかえる。フェスが始まって数分しか経っていないというのに会場はまるで一つの巨大な心臓のように呼応し、初華を中心となって時間と空間を超越した瞬間を生み出す。


「マジか‥‥なんだこれ!こんな奴いたか!?」

「なんだよお前知らねぇの!?マスカレードアイドル!生でみるとやっぱ全然ちげぇよ!!」

「オープニングからぶっ飛んでな!!やっぱフェス来てよかったぜ!」


 観客たちは初華の舞に魅了され、爆音によってき乱される空間の中この激情を共感しようと声を上げる。

 友情、興奮、そして音楽の魔法は共通して彼らの心に響く。それは観客だけではなく日頃1番近くで見てきた大樹も同じものを感じとる。


「ほんとにすげぇよ。お前は」


 誰もお前のことなんか見てなかった。このフェスをお前は食ったんだ。これから出てくる演者達に同情すよ。そして今後お前を相手にするアイドル達にも。


 魔曲の2番終了。この曲の持ち主であるEDWIN以外にフルを踊れる者はいない。その事実をくつがえす瞬間が訪れた。

 

 割れんばかりの歓声。観客全員の心を動かしたパフォーマンスの凄まじさはスポットライトの下でキラキラと輝く彼女のひたいから流れる大量の汗が物語っている。


 曲の余韻がおさまると、すそについたマイクを整えて初華は会場に向かって語り始める。


「初めましてみなさん————そしてただいま。マスカレードアイドル改め、NEO芸能事務所所属、一角初華です」


 彼女を歓迎する声の中、ざわざわとその異常事態に反応するものが多かった。


「今日は最高のパフォーマンスを皆さんにお届けします。最後まで楽しんでいってください」


 あくまで今日はアイドルとしてではなくダンサーとしての出演。アイドルならではのマイクパフォーマンスを挟むことなく2曲目に突入した。

 インターバルを挟んだ熱は冷めることなく、再びまばゆい輝きを放ちながら観客の視線をきつける。

 

「私、来てよかったな」


 先ほど帰りたがっていた少女がポツリとつぶやいた言葉。家族にも届かないその声は自然と俺の耳に入ってきた。


「アイツが言っていたのはこのことだったんだな」


 初華が学校に行く時間も忘れて練習に没頭していたあの日にアイツが口にした言葉を思い出す。


 努力はしている最中こそ、苦しくて死にたくなる。けれどその全てが報われる瞬間がいつ訪れる。アイドルにとってそれがステージであり、ライブ。

 他人の心を動かすことは難しい。けれど音楽は言葉のを越える力がある。

 

 アイドルは感情のメッセンジャーだと。


 これからこの光景を見ることができる俺は、幸せ者なのかもしれないな。


 ひとまず計画が1段階進んだ。そのことに胸を下ろしているとポケットのスマホが震えた。内容は1通のメール。差出人はあの人だ。


「もしもし———ええ、はい。すぐに行きます」

 

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