第21話 前夜

 肌寒くなってきた秋のしらせ。先月までエアコンをつけるほどに湿しめっていた空気は乾燥し、街では半袖を着用する人の割合が少なくなっていた。

 月日の経過けいかは速い。フェスまであと1ヶ月、1週間、明後日と悠長ゆうちょうに数えていたら気がつけば本番前日。NEO芸能事務所の会議室では、いよいよ計画を始動するための最終打ち合わせが行われていた。


「以上の話が私と大樹で今日まで綿密めんみつに立ててきた計画の全容。明日のフェスに至るまでの日程やその後の予定を推測してスケジュールを組み立てたのは私だから質問があるのなら遠慮なく言って頂戴?」


 室内にて社長の話に耳をかたむけていたのは、初華とそして俺を含めた3人だ。

 耳を疑うほどの内容に初華ういかつばを飲み込むも、同時にうなずいて聞き手にてっすることを決めた。


「ちなみに明日のフェスを持ってきたのは大樹のマネジメント力。少ない伝手つてと運を味方にした結果よ」 


 そう。今回の計画において俺はマネージャーとして逸脱いつだつした行動を取っていた。それは初華に関する精神面、健康面のサポートや過度なストレスを与えないよう調整する必要のある練習メニュー作成も全て社長に一任した。

 理由はフェスへの出演権獲得やその先の舞台を用意することに集中するためだった。何よりマネージャーとしてまだ経験の浅い俺がデビューに向けて2初華をプロデュースする力が今の俺にはなかった。


「それにしたってよくこんな大仕事を取ってきたと思う。知り合いにフェスのスポンサーでも居たの?」

「そんなわけないだろ‥‥でもまぁフェスのスポンサーのはいい線いってるぞ初華」


 そう言われても思い当たる節のない初華は首を傾げる。そもそも今までの俺の行動にヒントも何もなかったため推測する方が無理のある話だ。

 沈黙を決めたまま俺の答えを待つ彼女のためにも俺は答え合わせを始める。


「お願いします社長」


 とある特定のページを開くためキーボードを走らせていた社長は目的の画面に辿り着くと、2人に見えるようにパソコンの向きを反転させた。


「初華、この人は知ってる?」


 写っていたのは真っ白なスーツを着た外国人。あごひげを生やしハリウッド俳優を思わせるその風格はただのおじさんではないことはすぐ理解した。

 しかし肝心な名前に初華は辿り着けないため、横から口を挟む。


「名前はマックイン・ガブリエル。Go games株式会社といえばお前でもわかるんじゃないか?」

「あれじゃん。リアドルの会社でしょ?」

「正解だ」


 リアルアイドル・ミュージカルスター略して、リアドル。現実にいるアイドルをゲームのキャラクターとして登場させ、多くの芸能事務所が連携したことでリリースに至った絶賛配信中の音楽リズムゲームだ。


「それで、この人と今回のフェスにどんな関係があるの?」

「今回のフェスの大元のスポンサーはGo games。そしてマックイン氏はお前の大大大ファンだ」

「‥‥え?」


 ここで俺がワイシャツの胸ポケットから取り出したのは前世の初華に送られた、マックイン氏による81枚の手紙。見覚えのあるそのデザインに初華は口を開いた。


「私のファンレターじゃん。しかも、前世の‥‥」


 この手紙が初華の下剋上デビュー計画実行を決めたきっかけ。罠にめられ信頼を失った社長に、経験のクソもない俺に与えられた逆転のきざし。


「一か八かの賭けだった。あらぬ濡れ衣で汚れた社長の名前を利用して、俺はマックイン氏に会社経由でメールを送った。内容は伝説として散った最強アイドル、一角初華の完全復活と題してな」


 とあるドキュメントのテレビ番組でマックイン氏は語っていた。


 “自分の人生という物語において、彼女の存在は今のマックイン・ガブリエルに大きく影響を与えた。リアルアイドル・ミュージカルの開発を企画したのも彼女がきっかけだ。リリースする前に彼女がアイドルの舞台から姿を消してしまったことは無念でならない”


「マックインは俺の言葉が戯言ざれごとか明日のライブを見て判断すると言っていた。あの人のお眼鏡にかなえば計画は次のステージに、無理なら俺たちは明日その瞬間に心中することになる。任せたからな、初華」


 目を閉じて心を熱く燃えさせる初華の肩に手を置くと、そのまま俺は事務所の出口に向かって歩いた。全体の話し合いも、確認も終えた今日はこれでおしまい。あとは明日の本番を迎えるだけだ。


「もう帰るの?大樹」


 社長に優しく名前を呼ばれ振り返る。


「はい。今日はどうにも寝付ける気がしませんから。早めに布団に入ろうと思いまして」


 慈母じぼのような笑みを向けられると、事務所を後にしようとする。

 そうしてドアノブに手をかけたその瞬間、初華が俺の名前を口にした。


「どうした初華」

「明日さ、幼馴染の怜さんもいるんでしょ?私がいない時にどんな話をしていたのかわからないけど。貴方が私のマネージャーでよかったって思えるようなライブにするね!」


 距離が空いたまま、俺と初華は5メートルほどの距離を置いて話を再開する。


「お前のライブを生で見るのも明日が初めてだしな。あぁ、楽しみにしてる」


 笑ってみせる初華。その瞳に宿やどる紫色のまなこは真っ直ぐと俺をとらえ、輝かせていた。

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