第15話 敵陣営

 同日、大樹達が事務所内で話し合いを進めていた中、東京都内にあるオフィスビルの一角においても密会が行われていた。


「なんだよすみれ。わざわざ呼び出しやがって‥‥これから俺は大事な用があんだよ」


 がらの悪いヒョウ柄の服を着た男、富田出流が部屋の机に腰を掛け1人の少女をにらみつけている。側から見れば怯える少女を恫喝どうかつする図に見られるが、冬月すみれは同様の威圧感を放っていた。


「安心してください。これからナイトプールに行って肉欲を解消するよりも有効的な時間にしますので」

「んだよ。もしかしてお前が俺の相手をしてくれんのか?ったくようやく俺に惚れ—————」


 肩にかかった艶髪に触れようと富田が手を伸ばすが、すみれはは眼光を飛ばしながら軽く手を払ってあしらった。


「早く話を済ませたいので椅子に座ってもらえますか?机が貴方のお家だというのであればそのまま聞いてください」

「ったく‥‥遠いところから来てやったってのに。他の連中はいねぇのか」


 そう言って、室内に雑な音を響かせながら近くにあったパイプ椅子に座り直すと手にしていたスマホをいじり始めた。


「他の方々はお呼びしていませんよ。これはお母様から私に、そして私から貴方に伝える連絡のようなものです」

「なんで俺に?」

「それは貴方に話した方がいいと判断した私の独断です」


 面倒くさそうにしていた態度が一変し、富田の視線がすみれが手渡したタブレットに映る女性の写真に釘付けになる。


「見たことあるぞ。確か最近Ourtubeで注目されてる匿名とくめいダンサーだろ?」

「知っていましたか。彼女とお会いしたことが?」

「いや。この前ダンサーのダチにスタイルのいい胸がデカい女がいるって教えてもらったからな。会いに行こうにも匿名でどこにいるのかも分からないから手を煩わせてたところだ」


 下心を剥き出した富田は舌舐めずりをすると再び自身のスマホを取り出してメモアプリを開いた。


「俺にそいつを喰らえってなら喜んで従ってやる。早く所在地を言え」

「話を一人歩きさせないでください。事情はそう単純なものではありませんから。次にもう一枚画像がありますのでご覧になってもらっても?」

 

 一度すみれの顔を視界に入れると舌を打ちながら指示に従う。期待していた展開にならず不満を持った富田だったが、2枚目の画像を目にした瞬間先ほどの余裕に満ちた表情が硬直する。


「マジか‥‥」

「貴方に担当を預けていたGo games株式会社。そのスポンサーを再来月の大型音楽番組に請け負ってもらう話でしたが、これはどういうことですか?」


 冷たい眼光を飛ばされた後、僅かな沈黙の中渋々冨田の口が開いた。


「いや、え?これは何かの間違いだろ?」


 理屈の通った上手い言い訳を述べるわけでもなく、富田はただ茫然ぼうぜんとタブレットの企画書を眺めていた。


「間違いですか?貴方は私に報告しましたよね?Go games社長のマックイン・ガブリエル氏は既に芸能分野に対する興味や関心が削がれ、スポンサーになるつもりは金輪際ないとおっしゃっていたと。ですが来月のUAAフェスのメインスポンサーはマックイン氏。これをどう弁明しますか?」


 自慢の手入れされた茶色の髪をクシャクシャと掻きみだし、腹の底からの疑問を抱えながら富田はすみれの冷ややかな視線に耐えていた。


「俺が前にマネージャーとマックイン社長に交渉した時はガチで言ってた。嘘はねぇよ‥‥」

「そうですか。ならマックイン社長になんらかの心境の変化があったということでしょう。一応聞いておきますが心当たりは?」

「いやないな。悪い」


 先ほどまで威勢の良さを見せていた富田も目の前で自身の失態を証明させられたことで借りてきた猫のように静かになった。

 反省しているのだなと判断したすみれはこれ以上追求することもなく話を本題に進める。


「これはあくまで私の推測ですが、彼の心境に変化を与えたのは恐らくフェスに出演するどなたかの影響。ならば私はこのマスカレードアイドルと名乗る女性が黒だと推測しています」

「なんでそこでこの女が?」

「彼女はこの度UAAフェスのオープニングアクターに選出されています。ブームが来ているとはいえ、名も売れていない彼女がいきなり大型イベントの出演を獲得できるとは思えません。裏があると判断すべきです」


 正確率90%を超えた推測。もはやこれが真実と確信を得ているすみれは富田にそう告げる。


「それで同じくバンドを組んで出演する俺にそいつと接触してマックイン社長との繋がりを探れって言うのか?」

「あからさまに接触する必要はありません。そのフェスでは取り敢えず顔見知り程度の関係には築いておいてください」


 富田からタブレットを受け取ったすみれは自身のカバンに入れると、解散を促す雰囲気を室内に漂わせた。

 

「いいのか?もしかしたらマックイン社長の隠し子とかだったら弱みを握ってスポンサーにできるぜ?」


 自分の名誉挽回を獲得する機会を得ようとした富田は頬をほころばせながら拳を握った。


「そう簡単に話がまとまるならそれでいいですが。貴方の顔を覚えてもらうだけでも結構です。恐らくこの方はこれから多くの音楽番組やフェスに顔を見せます。その時貴方の存在を覚えさせていれば、確実な情報を安価で入手できます。焦りは禁物、盤石に行きましょう」 

「そうか、わかった。なら用が済んだらこの女も好きにしていいよな?」


 それに関しての答えをすみれは返すことはなかったが、沈黙は肯定ととらえて富田はニヤリと笑う。

 そうして話し合いを終えた2人はそれぞれの思惑を抱えながら解散する。この状況を楽しむ富田だが、対照的にすみれは1つの嫉妬という名の感情を抱いていた。


「これはお母様直々の命令。芸能界の全てを手にした貴方がこの女に目をかける理由は一体なんなのですか?」


 マスクに顔を覆われた謎多き少女。今回の問題はこの少女ではなく、取り巻いている環境と人間に警戒心を抱いていた。


 


 


 

 

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