『正夢電鉄―カワタレ線』
燕子花様
第一話 暗夜―The Dark Night
正夢電鉄―カワタレ線
第一話
とある町の、とある駅。
そこには、過去への思慮を抱え込んだ人を乗せ、夜半の町を歩く一本の電車があった。噂によればその電車は、乗客に一つだけ『マヤカシ』と呼ばれる幻覚を見せてしまうのだとか。一度乗ってしまったら、車体の遠影が碧空に尽きるまで、マヤカシは解けず乗客にまとわりつく。
その電車はいつしか、『カワタレ線』と名付けられた。
カワタレ線は、今夜も待っている。
記憶という長い線路を進む人を。
決意という改札口を通り抜けた人を。
現実という遠い終点を目指す人を。
カワタレ線は扉という名の大口を開けて、あなたを飲み込もうと待っている。そして今夜も、誰かがカワタレ線へと乗車する。月のない闇夜が染み入るほど、前照灯はその深みをゆっくり溶かす。
今夜はどんな人がご利用になるのだろうか。
――――あらあら、今度は、なんて小さな子なのだろう。
*
――シオリ――
さっきまで茜色だった空は、既に少し焦げた青色に変わっていた。
「楽しかったね、クロ」
少女、シオリは、抱きかかえた黒い綿毛のような塊にそう話しかけた。
黒い塊はもぞもぞと頭を体から引っ張り出し、耳をぴょこんと立てる。シオリの語り掛けに応えるように、ゴロゴロニャーと鳴き声を上げた。子猫の名前は、クロ。シオリが小学生になったときに飼い始めた初めてのペットだ。
シオリとクロは、今の今まで地域のお祭りで惚けるような甘い時を過ごしてきたところだった。ピンクと水色のコントラストが映える浴衣姿を身にまとい、右腕にはたこ焼き、フランクフルト、焼きそばを食べた後のプラスチック容器が押し込められたポリ袋がぶら下げられ、左手には透き通った炭酸ジュースとガラス玉が封入された透明なビンが握られている。余った右の手のひらと自分のお腹を支えにして、クロを抱きかかえていた。
夢見心地のシオリを尻目に、クロは呆れ顔であくびする。なぜかというと、シオリは「楽しかったね」と言っている暇があるわけではないからだ。
シオリは、お祭りの最中で母親とはぐれてしまったのだ。地域のお祭りとは言っても伝統的なもので、シオリたちは隣町からはるばる電車でやってきた。もちろん徒歩で帰れるわけもないので、「どこに行けばよいのか分からないのなら、とにもかくにも来た電車に乗ろう」という魂胆だ。クロでさえも「反対向きの電車に乗ったらどうするんだ」と言ってしまいそうになるほど無計画な算段だが、シオリはなぜか自信満々に駅のホームで電車を待っていた。
陽は遠くの山に落ちきり、現在時刻は少なからず、小学生が一人で出歩いてよいものではなくなってしまっていた。
シオリはふと、星の少ない夜空を見上げる。黒い画用紙の空にぽっかり穴を空けた大きな月が、ぷかぷか浮かんでいる。普通なら「神秘的だ」と感想を抱くものなのだろうが、生憎シオリはまだ小学三年生ながら『月に願い事をすると叶う』という言い伝えを『迷信だ』と割り切る、つまりは年に合わない現実主義な女の子だった。
まもなくして、シオリとクロの待つ駅のホームに一本の光が差し込んだ。黄色い前照灯がシオリの目に焼き付き、反射的に瞼が明るい視界をシャットアウトする。再び目を開くと、そこには、真っ赤で、けれども目に優しい色をした車体が、シオリたちの目の前で仁王立ちしていた。ピンポン、ピンポン。「こちらからどうぞ」と言うように、アナウンス一つなく電車は扉を開く。そっぽを向くクロにシオリはニコッと朗笑し、二人で眼前の車両に乗り込む。
車内で数秒立ち尽くすと、扉は一仕事終えたようにおもむろに閉じた。
『……近鉄カワタレ線をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は、大和西大寺ゆき各駅停車です。次は、九条、九条です。』
錆びたようなノイズ混じりに、アナウンスの女声が車内に響き渡る。普段電車など使わないシオリにとって、アナウンスが言う「各駅停車」の意味はおろか、「近鉄」というものの存在すら一切関知していなかった。
無論、「カワタレ線」が何かなど、知っているはずもない。
電車が発進する。ゆっくり加速を強めていく巨体が夜半の町を突っ切って向かう先は、幸運にもシオリの家の方向だったようだ。重ねて僥倖なことに、電車の中にはシオリとクロの二人以外に誰もいない。扉の閉ざされた密室である割に、いつもならば人でぎゅうぎゅう詰めの空間ががらんどうなのは、特別な感じがして居心地がよかった。さっそく、シオリは目についた座席に座り込む。お祭りで散々はしゃぎ回ってきた後は、いくら溌溂なシオリでも体が疲弊しきっていた。ふかふかな赤色のシートに座り込むと体が沈み込み、その分、体がふわっと軽く感じた。
一度この雲に乗ったような感覚になると最後、もう腰を上げることはかなわない。ふわぁぁ、と大きなあくびをして、シオリはクロの毛皮にバフッと顔をうずめた。ニャーン、と低い鳴き声を漏らし、クロは尻尾をくるりと丸めた。
夜のまどろみのない雰囲気に包まれて、シオリは幸福そうな表情を浮かべた。クロの中にこもった体温に触れると、その幸福が倍になる気がして、さらに黒い毛の中に手を突っ込んだ。
乗車から数分が経過して、車体が減速を始める。揺られ具合から、もうそろそろ次の駅に到着する頃だと直感した。
『九条、九条です。右側の扉が開きます、ご注意ください。』
予想通り電車はそのまま停止し、ピンポン、ピンポン、と大きな音を立てて扉を開け放った。ここは家の最寄り駅ではないから、シオリがここで降りる必要はない。
……だが。
突然、腕の中で抱えていたクロが、もぞもぞと動き出す。暴れるように体をねじり、ゴミの詰まったポリ袋と腕の隙間を縫って通過し、いとも簡単にするりとシオリの腕から脱出した。
床に両手足で立ったクロは、その勢いで電車から飛び降りた。
「クロ……‼」
数秒して、やっと我に返る。クロが一人で電車を降りてしまったのだ。小さな子猫一匹で、家に帰れるわけがない。……早く、追いかけなきゃ。
シオリがいそいそと座席を立ち上がり、クロを追いかける。車掌さんには申し訳ないけれど、いち早くクロを回収して戻ってこなくては。そうしてシオリは、扉の一歩手前、鉄の部分をカコンと踏む。
――――ピンポン、ピンポン。
「……あ」
扉が、シオリの鼻先で閉ざされる。重くて厚い鉄製の壁がシオリの目の前を封鎖し、車体が丸ごと前に引っ張られた。当惑するシオリを尻目に、扉のガラスから見える景色は進行方向と逆に吸い込まれてゆく。クロが駅に躍り出た地点から、自分の立っている場所がどんどんと遠のいていった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。シオリの脳内が狼狽で満たされていく。シオリは考えるよりも先に、震える足首で後方に駆けだす。大きな窓から見えるのは駅らしい暗闇だけだった。ただでさえ遠目では見つけづらいクロの姿が、こんな暗闇で見えるわけがない。それを一番知っているのはシオリだった。必死の抵抗も電車の中では虚しく、車体は速度を増す一方だ。呆然と、駅だった米粒のような点を見つめる。
腕の中に、クロはいない。
かといって、外にもクロは見当たらない。シオリが考え得る中で最悪な事態に陥っているということは、まるで軽易に分かった。不安という悪魔に抜き取られたように足の力がなくなり、痛みと冷たい音を伴って膝が床に落ちる。四つん這いになりながら、ふーっ、ふーっ、と、懊悩の喘鳴を吐く。いつの間にか垂れてきた汗が、額から頬へ、頬から自分の濃い影へ、体温を奪い去りつつ滴った。
「クロが……クロ……どうしよう……」
シオリは譫言のようにそう唱える。自分がしっかり抱いていなかっただけに、クロは人間のシオリでさえ聞いたこともない駅に、たった一匹取り残されてしまったのだ。それもこれも、自分のせい。自責に意味がないことを知っていても、そう思わざるを得なかった。なんとかして体を起こすが、脚は依然としてがくがく震えていたから、膝立ちのようになって余計に体が重く感じた。座席には座らず、扉にもたれかかって体育座りでへたり込む。シオリはさらさらした髪の毛を両手でぐしゃぐしゃに乱して、頭を抱えた。お祭りで味わった甘美なほろ酔い気分はとうに吹き飛び、シオリはこれでもかと深刻な面持ちに変わる。ゴトン、ゴトンという音と共に、電車の揺れが体の芯に直接伝わってくる。胃が上下し、一気に気分が泥水のようになる。お祭りでしこたま食べた物たちが口から出てきそうで、沈鬱な感情と混ざり合い、吐き気が喉に押し寄せてきた。あまりの気持ち悪さに目と口をぎゅっと手のひらで押さえた。
酸っぱい胃液の味が舌まで達したとき、シオリは確かな声を一つ聞いた。人間の声ではない、高くうわずったような声だった。もちろん言葉の意味も分からなかったが、なぜかシオリには、その声の主がシオリを懸命に呼んでいるということが分かった。
それだけでない。シオリはこの声に、聞き覚えがあった。
はっとして目を塞いでいた手のひらを退ける。目の前には、真っ白な体毛を美しく身にまとった子猫がいた。両手両足で床に足を付け、凛々しい顔をシオリに突き出し、全力で『吠えて』いた。まるで、シオリを必死に目覚めさせているようだ。
「シ……シロ……⁉」
シオリはひどく動揺する。この子猫は、シロという名前だ。クロと対になるように名付けられたこの子は、もちろんシオリの飼い猫。だがシオリは、クロより少しだけ幼いからという理由で、シロをお祭りに連れてくることはしなかった。そのはずだった。
家で留守番させておいたはずのシロが、どうして今ここにいるのか。シオリの周章の原因はそれだった。
かつてない驚きで、手を後ろについて後ずさりする。心臓が跳ね上がるような肌寒さが全身を独占した。同時に、床の揺れがだんだんと小さくなっていくのが分かった。はっとして窓の外に視線を向けると、次に止まる駅が暗闇から輪郭を浮かべているところだった。それに合わせて電車は減速する。気が付いたときには電車はすでに速さを失っていた。
『……西ノ京、西ノ京です。左側の扉が開きます、ご注意ください。』
ピンポン、ピンポン。再び扉が開く。扉が全開になるのを待って、シロはその先へぴょんと飛び出た。
「あっ、シロまで! 待って……」
シロはスタっと華麗に着地を決め、その場で振り返ってシオリの方を見る。そうかと思えばシロは、ミャン、ミャン‼ と大きな鳴き声を立てた。全く意図の理解できない行為に困惑をきわめるシオリ。電車の外から、シロがしきりに自分に向かって何かを訴えかける。その行動の真意は、いったい何なのだ。シオリは混濁した脳内で、必死に思考を巡らせる。
不意に、シオリの脳裏にある一つの可能性がよぎる。
「……まさか」
――――シロは、自分を呼んでいるのか。
シオリはゆっくりと、扉の前へ立つ。するとシロは、やっと来たかと言わんばかりに一際大きく「ミャン‼」と鳴き、シオリの浴衣の裾に噛みついた。
「ひゃっ⁉」
シオリが驚いたように小さい悲鳴を上げたときには、シロに車両から引っ張り下ろされていた。
ピンポン、ピンポン。ノイズのかかった音がシオリの耳に届き、彼女の背後すれすれで扉が閉まる。
「あっ」
シオリがそう呟いたときには、電車はすでに「乗車お断り状態」で、ゆっくりと前方へ速度を生み出していた。数秒のうちに、赤色の車体は無情にも二人を置き去りにして、夜の闇に吸い込まれていってしまった。
まさか、電車さえもどこかに行ってしまったのか。一体何がどうなってこんなことになったのだ。いや、乗客が降りたら扉を閉めて先へ行ってしまうのは普通のことだが、なぜ今日はこういった不運なことに巻き込まれるのか。これが一般に言うような不運とは何かが違うと分かっているが、いずれにせよこんな不可解なことに巻き込まれているということは不運以外の何物でもないだろう。状況が飲み込めないことへの焦燥と不満に包まれて、シオリはまた頭を掻いた。
シオリは言葉で、起こったことを整理する。
「えっと……クロが飛び出して行っちゃって、そのまま駅に置き去りになって、そしたらなぜかシロが現れて、私まで知らない駅で降りて……」
今一度、声に出して現状を掴もうとすると、なんとも突飛で法螺話じみたことが巻き起こったのだと改めて感じた。誰に話しても到底信じてもらえそうにないが、信じられないのはシオリも同じだ。このシチュエーションを一言で言い表すなら、『八方塞がり』という言葉が最適だろう。
ついでに、シオリは今思ったことも併せて口にする。
「ここからどうすればいいの……」
そのとき、足元で自分を引っ張ったシロが唐突に動き出す。シオリにどうしても気付いてほしくて目を引いているのだと分かる。
さっきからどうしたんだろう。シロもクロも、挙動がおかしい。何か気に障ることがあったんだろうか。こういうときは、動物の視点と同じ高さになって、目を合わせてコミュニケーションを取るといいと、どこかで聞いたことがある。
シオリが小さなシロの高さになるために、どこだか分からない駅のホームの地面でしゃがみこむ。シオリがシロと目を合わせるか合わせないかくらいのタイミングで、シロはシオリに白いお尻を見せ、そのまま地面を蹴って走り出してしまった。
「わっ……! ちょっと、シロ!」
たったったっ。軽快な足音をコンクリートに響かせて、なぜかシロに距離を取られる。一瞬の間に、シロはシオリの数メートル先まで進んでいた。クラスで一番足が速い男の子だって、今のシロには敵わない。シオリもかけっこは得意だが、シロの瞬間移動のような疾駆には到底勝てる気がしなかった。それでも、追いかけなくちゃ。そう思い、シオリもシロを真似て、だっと地面を蹴りつける。
大きく勢いを付けた直後、シロは足にブレーキをかけて突然立ち止まった。
「うわっ⁉」
シオリは急ブレーキをかけたシロを見て、焦って勢いを殺そうとするが、猫の何倍もある人間の体躯は慣性に逆らえず、そのまま前に滑り込むように転んでしまった。
「いってて……」
ずざーっ、とお腹を引きずるような音が上がる。転んだ痛みはその衝撃だけで、特にどこも怪我をしていなかったのが幸いだ。
シオリは浴衣に付いた砂利を払い、転んだ先のシロに目をやる。シロは知らぬ間にシオリの方を向いて、「ミャンッ」と一鳴きする。そしてまた、くるりと背を向けて走り出す。
なんなんだ、まったく。さっきから飼い猫たちに振り回されっぱなしではないか。シオリはため息交じりにそう思う。
シロはシオリの視界から消えるぎりぎりの距離まで進むと、立ち止まってシオリに鳴き声を投げかける。シオリがそれを追いかけ、またシロに距離を広げられると、また振り返って鳴く。その繰り返しで、やがて駅の改札を通りすぎ、全くもって知らない町の駅前まで出る。ただ一点を目掛けて奔走するシロの目的は、何だというのだ。シロはまるで、シオリがちゃんと自分の跡を追っているかどうか確かめるように振り返る。だから、何がしたいんだ。
シオリは、はっと息をのむ。シロがこうしている理由がピンときた気がしたからだ。シロとシオリが降車した駅は、クロの降りた駅の一つ次の駅。そして今、シロとシロにつられるシオリは、電車の向かっていた方向とは真反対を向いて走っている。当然、その先にあるのは一つ前の駅だ。
そう、そこにはきっとクロがいる。シオリはシロのしたいことがようやく分かった。シロは、シオリをクロの元まで導いているのだ。
*
「まっ、待って、シロ、ちょっとタンマ……!」
原型が残っていないくらいサビが侵食し、プリントされた人の顔が面白いことになっている大昔の選挙の看板。じりじりと不快でぞっとするような音を立てながら、いやしく点滅する細い街灯。経年劣化のせいか歪んでしまい、踏むだけでご近所さんに申し訳なくなるほどの爆音を放つ側溝の金属蓋。シオリが生まれたときから貼ってあり、もうかすれて何が書いてあるのかすら分からない掲示板の張り紙。新しめな三角コーン。古いお酒を陳列する自販機。使えるのかさえ怪しいポスト。
それらすべてには目もくれず、固いアスファルトを踏みつけ乾いた音を鳴らし、シオリの体は不定の速さで前へ進む。自分の隣で後ろに吸い込まれてゆく有象無象に、シオリは興味などなかった。ただ全力や限界の類を乗り越してでも自分の前を行くシロに追いつく、その他のことは一切考えていない。ただ、走る。ただ、クロの元へ、走る。
冷めきった空気を切る肌が寒さでチクチク痛む。それに相反して、体温は次第に上がってくる。体の内側と外側で異なる温度が肌を刺激する不快感は、シオリにとって初めてだった。
走り続けて何分経っただろうか。実際はそこまで長い時間が経過しているわけではないのだろうが、シオリにとってはそれが永劫のように感じられた。ただでさえお祭りで遊び惚け、体力は使い果たしたのだ。その後に母親とはぐれ、クロともはぐれ、いないはずのシロに連れ回されるなどとは、思いもしなかった。履物が下駄などではなくお気に入りのスニーカーだったのが唯一の救いだが、ただでさえ両手に大荷物を抱えた浴衣姿で走っているわけだから、徒競走と同じ要領で奔ることができず、余計に体力を消耗する。焦りを通り越してもはや呆れまで感じてくるほど、体も心も疲弊済みだった。そんな状態で、運動会のリレーでも出したことのない全力疾走を見せているのだから、数分でダウンして当然だ。むしろ小学三年生にしては驚異的な体力と言えよう。要するに、もう限界がすぐそこに見えているというわけだ。
それでもシオリに『諦念』という文字はなかった。それはなぜか、考えるまでもない。シオリは、クロを見つけ出すという使命をまだ完遂できていないからだ。
シオリは小学一年生のとき、シロとクロを家に迎えた。シオリの家は父がいなかったから、ペットを飼うのは簡単なことではなかったらしい。それでもシオリの母はシオリの「猫が飼いたい」というお願いを門前払いにすることはなかった。母は熟考の末、シオリと約束をした。
シロとクロのお世話をきちんとすること。シロとクロを傷つけないこと。そして、万が一シロとクロの身に何かあったら、ちゃんとその責任を取ること。どれもペットを飼うにあたって当然で普遍的な約束だったが、シオリはそのどれも反故にしようとはしなかった。母も、そのシオリの誠実な態度に家族ながら感心し二匹の飼育費を稼ぐために体を粉にして働いた。
もしこんなところでクロを迷子にしてしまっては、自分のわがままを叶えてくれたお母さんになんて謝ったらいいか。何としてでも、そんなことにはさせない。そう決意したからには、クロを真夜中の知らない町に放置させたりなんかしない。
シオリにはもう一つ、諦めるという選択をしない大きな理由があった。突然現れ、自分を連れまわすシロ。初めはシロに対して、なぜここに? という疑念が強く、シロの独善的に見えた行動に振り回される度にイライラが増し、そのうちそれが疑念を追い越していた。だがもし、何らかの強い思いが作用して、シロが自分の元へ現れたのなら。そしてそのシロが、クロの居場所へといざなっているのだとしたら。もしそうなら、シロだって自分にクロを見つけ出してほしいと願っているはずなのだ。それを知って、シオリは簡単に諦めるわけがなかった。
シロがまた数メートル先で止まり、「ミャンッ」と鳴く。夜更けにこんなにも長距離を駆け抜けたことはない。ただでさえ棒になりそうな脚がさらに悲鳴を上げ、小綺麗だった浴衣はすでに汗に濡れてびしょびしょだ。それでもシオリは自分に立ち止まる間さえ与えず、息を大きく吸って、吐いた。もう一度、闇夜に黒く塗られたアスファルトを思い切り蹴りつける。
……が、どうやら
「ぁ゙ぁ゙あ゙あ゙あ゙っ……‼ いっだあぁっ‼」
骨まで響いた痛みが、シオリの膝をがくんと折り曲げる。ひぃっ、と一瞬で涙目になり、その場でしゃがみ込んだ。靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。シオリのぶつけた部位はよく「弁慶の泣き所」なんて言われるが、あの弁慶ですら泣かせた痛みにシオリが耐えうるわけがない。見ると痛みを負った部分が擦れて熱くなっていて、靴下の一部は小さく赤色に染みていた。瀕死状態のこと「虫の息」と言うそうだが、今のシオリの呼吸は虫より弱い。まるで酸素を吸うので精一杯で、右足の痺れが全身にまで広がる。じんじん、びりびり、シオリの足から感覚が抜け落ちていく。実際そこまで大怪我はしていないのだろうが、まだ神経が敏感な年齢。シオリからしてみれば足首から下が切り落とされたくらいの痛みだった。
こんなことしている場合じゃないのに。クロは今だって、暗くて寒い夜の駅のホームで私を待っているんだ。私の一存で、私の不注意なんかで、クロを余計に不安がらせるなんて、そんなこと許されない。守ってあげるって、お母さんとも約束した。一秒でも遅れれば、それがクロの命に直結してしまう。こんな、こんなことで……早く行かなきゃ……
シオリはそう頭に叩きつけた。
足の痛みによるものとは違った涙が、抑えきれずに目頭から溢れ出る。シオリは反復する。自分はこんなことをしている場合じゃないんだ。転ぶだけでも時間の無駄なのに、泣いている時間なんてどこにもない。長い袖で顔全体を拭いて、ぱっと顔を上げた。
「ミャン!」
「シロ……」
鼻と鼻がこすれ合いそうな距離に、シロがいた。シオリの視界が濡れていた間に駆け寄ってきてくれたのか、シオリは全くそれに気が付かなかった。
シロはシオリの伸ばした脚にどっしりと乗っかり、手を自分の白いお腹の毛の下に隠し込む。そして、可愛らしく暖かい雪のような顔をシオリのお腹にすりすりと押し付けた。家でもよくやる、この仕草。シオリはシロが何を欲しているのかすぐ分かった。これは、シロの「撫でろ」の合図だ。つまりはどういうことか。シロはシオリにこう言いたいのだ。
「自分を撫でて癒されろ」「これで元気を出せ」「撫でて落ち着け」
なんと洒落臭く、あざといことをしてくれるのだ。シロはいつも大人しく、家の内外問わず凛々しい姿勢を一貫している。だからこそ飼い主のことを常に俯瞰して見ているのだろう。自分やクロを撫で、抱き、添い寝をする姿が、どれだけ幸せそうか。誰よりもそれを見ていたから、誰よりもそれをよく知っているのだ。それはまさしく、飼い主が元気を失ったとき、自分を撫でれば再び立ち上がることができると知っているほどに。
シオリはシロを愛撫する。一度目のものとも、二度目のものとも異なる、紛れもない嬉し涙がシオリの眼球から零れだした。シオリは改めて、自分に「泣いている場合ではない」と諭すのは自分だけでないということを理解する。シロだって、シオリに諦めてほしくないからこうしているのだ。
震える全身をいなし、ガタガタな体を持ち上げ、二本足で地を踏みしめる。一歩、また一歩と歩みをリスタート。片足の繋ぎ目にはまだ焼けるような痛みが残っていたが、それすらもお構いなしに邁進する。体を動かす体力なんてとっくのとうに底を尽きていた。今シオリを前へ前へと突き動かしているのは、決意以外の何物でもないだろう。走ることに比べれば移動速度は格段に下がっているが、着実にあの駅に近づいているというのも事実だ。歩幅が小さければ小さいほど、それを実感できる。この調子で行けば、シロを追い越すくらいの速度で夜の街を駆け抜け、クロを易しく見つけ出せそうだ。
――――けれど、現実の問題はシオリが思うほど安直ではなかった。
足を踏み出すほど、痛くない節々すら痛くなり、痛んだ部位はさらに痛みを増す。不運なことに、シオリは痛い思いをすることが何より苦手なのだ。この一歩を踏み出せば、目的地への距離は短くなるかもしれないが、その分身体の末端の痛みは倍になる。その重みがシオリにはあまりに大きかった。途中、もう諦めてしまおうか、と、あまりに情けない気の迷いが汗とともに流れ出そうにもなった。このままではクロより自分のほうが先に死んでしまう。一度でもそう考えてしまうと、その先ずっと複雑な感情は頭から抜けなくなる。
なんとしてでも諦めない。そう決めた数分前が霞みそうになる。必死で頭の中から、支えになる言葉を引っ張り出す。何かないか、何か、これだけは自分を裏切らないという言葉はないか。止まりかけの足にぐっと力を込めて考える。そうだ、こんな急場さえいとも容易く自信をくれる言葉は、どこかにないのか。
……シオリは見つける。
自分を決して裏切らない、自分の大好きな言葉を。自分が「これは真実だ」と確信できる、どんな偉人より説得力のある言葉を。
それは、実の母親の言葉だった。
*
シオリの母は優しかった。シオリのわがままを叶えてくれた、というのも良い例だろう。だがシオリにとって、自分の母親に対して率直に「優しい人」と言えるのには、もっと深い理由があった。母は、『普通』に断固として染まらないのだ。それは『個性的』や『ユニーク』といった、芸術的な意味とは少し違う。大人が固定概念として共通に持っている世俗的な思想を、シオリの前では軽々しく乗り越えてしまう。
シオリは活発な割には相当な泣き虫だった。運動場で転んで膝を擦りむいては泣き、保健室で消毒液の染み込んだガーゼをあてがわれては泣く。シオリは、学校のみんなをへとへとに困らせる大きな要因だった。そんな性格なわけだから、学校に行けばたとえ何もしていなくとも、先生にも友達にも溜息をつかれる。自業自得だと分かっていても、シオリにとってその毎日はうんざりだった。
だが、彼女に溜息をつく人々の中に、シオリの母はいなかった。散々泣きじゃくった挙句に母に車で学校まで迎えに来てもらったときも、彼女は驚きこそしたものの「まったく、先生に迷惑かけて何をしてるの!」やら「友達に謝りに行きなさい!」やらの言葉を投げかけることはしなかった。ただ慎みながら先生に頭を下げ、シオリの目線と同じ高さに立ち、そっと頭を撫でるだけ。保健室から出た後も涙をボロボロ零すシオリを、面倒くさそうな顔すら一度も呈さずにシオリをあやし続けた。
車の後部座席に目が腫れたシオリを乗せ、シートベルトを締め、自分は運転席に着く。そしてシオリの好きなアニメのオープニング曲を流し、決して荒くない運転で家へと向かう。そういった、母のほんの小さな気遣いに、シオリは幼いながらも気付いていた。
家路に就く車の中で、シオリの母はシオリにこう言った。
「シオリ、人ってなんで泣くと思う?」
そのときのシオリには返答する気力もなく、濡れた顔面で下を向いて回答を断った。それでも、母は言葉を紡ぎ続けた。
「それはな、シオリ。人間の体が、泣けるように作られてるからなんだ。悲しいときには目から涙を流す。それは人間みんなにある仕組みだ。だから泣くのは悪いことでもなんでもない」
「……え?」
シオリは思わず返答してしまい、咄嗟に口を手でふさぐ。泣いているというのに普通の会話をするなんておかしいと思っていたから、何も返さないようにしていたのだ。そのところが、母の言葉に不意を突かれて声が出てしまった。
それもそうだ。シオリは泣くたびに、
「泣くんじゃない」「弱音を吐くな」「泣くのは弱虫だ」
と後ろ指を指されたのだから。シオリの中の世界において涙というものは敗北の象徴とも言えた。その事実を自分の中で反復するたびに、さらに泣きそうになっていたのだ。
「泣くのも、泣きたくなるのも、泣き言を言いたくなるのも、全くおかしいことじゃない。好きなだけ泣いて、好きなだけ拗ねていい。お母さんだって、昔はシオリより泣き虫だったんだぞ?」
なおも腫らした目で、シオリは続く母の言葉を聴いていた。
「でもな、シオリ。残念なことに、せっかちな世の中じゃ、シオリが泣き止むのを待ってくれないことがある。置いてけぼりにされて、『自分抜きで』が普通になっていく。お母さんもそうだったから、シオリの気持ちはよく分かるよ」
既にシオリは、目から涙など流していなかった。シオリの胸をすく母の声は優しさにくるまれ、その芯にはシオリに本気で歩み寄ろうとする温かみが詰まっていた。本当に、母も自分と同じような境遇だったんだ。そういった信頼は、すべて声から伝わってくる。どことなく哀しさを持って揺らいだ声に、シオリは共感を憶えた。
「だからこそ、涙が枯れる前に自分で立ち直る。シオリはきっと、それができる強い女の子だ」
あの日、車の中で母がシオリに投げかけた言葉を、シオリはずっと心に留めていた。
*
夜の街をひた走るシオリは、あの言葉を唐突にも思い出した。
今この場で、何より忘れてはいけない言葉だと思ったからだ。
泣きそうになって、泣いて、シロからも慰められて、それでも泣きそうになって、もう諦めてしまおうかと思って、とうとう涙が枯れそうになったとき。母の、シオリが今まで聞かされてきた何もかもを払拭してしまうかのように温かな言葉を思い出した。
『涙が枯れる前に、自分で立ち直る』
初めは無理難題だと思っていた。シオリはいつも泣いて、泣いて、体のほうが先に泣けなくなって、初めて泣き止むのだ。でもそれでは、心の中では泣いたまま。それはきっと、母の言う「立ち直る」とは違うのだ。それに気が付いてから、シオリは自分勝手に泣き叫び他人の足を引っ張ることはしなくなった。クラスのみんなも、あの泣き虫シオリがゆっくりと変わっていっていることに気付いてはいたが、誰よりそれを間近で見ていたのは、やはりシオリの母だった。「今日はこんな悲しいことがあったけど、泣かなかった」と一報すれば、たちまち母の表情は歓喜の色に変わり、真っ先に称賛の声を上げた。そのたびにシオリは、純真無垢な幸せの色に染まった。
夜は更けに更け、周りを見渡せど電気の点いている家は一つも見当たらなかった。そんな眠り沈んだ街を、シオリはとにかく走った。目からは体の痛みで涙が零れ、走る勢いがその雫を後ろに引っ張っていく。けれど、シオリは泣いていない。心の中では、自分でも豪語できるくらいには『立ち直った』のだから。涙が枯れる前に、心を黒い沼から引っ張り出して、前へ前への推進力に変えてしまえたのだから。
暗夜に映える白い子猫は、とっとっとっとアスファルトを踏みしめる。その速度が、次第に緩やかになっていった。
どうしたんだろう、と思って初めて、シオリは今自分が見知らぬ駅のホームにいることを知る。改札を抜けた記憶すらないのは、それほどまでに夢中で疾走していたからだろう。
そしてもう一つ。追いかけていたシロが駅の中にいるということは。
「……ここに、クロがいるんだよね? シロ」
「ミャン」
呼びかけに応じるように、シロはくっと顎を上げてそう鳴いた。
クロとはぐれてから今の今まで、どれだけ時間が経っているだろうか。飼い主である自分がいない間、きっと寂しい思いをしているはずだ。お腹も空かせているだろうし、凍えてもいるだろう。早く迎えに行ってあげないと。シロはゆっくりと歩みだし、シオリは先頭を進むシロと距離を変えずに付いていく。
ぴたっと、シロは足を止めた。振り返ることはせず、鳴きもしなかった。ただ一点を見つめて、一つの暗がりに視線を集中させている。シオリはシロを追い越し、目線の先を追った。
闇と同化した、真っ黒の子猫が、そこにはいた。
「クロッッ‼」
シオリは一思いにそう叫ぶ。手にぶら下げたポリ袋とラムネの瓶を投げ捨て、全力でクロの元へ距離を詰める。近所迷惑やらなんやら、面倒なことを考える暇などなかった。シオリの胸中は、ただただ安堵で満たされていたのだ。闇の一部を抱きあげる。黒い毛糸玉のように見えるそれは、紛れもない、シオリが夜直探し求めたクロだ。似たような黒猫はたくさんいるだろうが、この子は紛れもない、シオリのクロだ。目がアメジストみたいにキラキラして透き通り、右耳と左耳のサイズがちょっとだけ違う。どこを確かめても間違いない、この子はシオリの愛猫、クロだ。シオリは今までにない愛を込めてクロを抱擁した。クロの体温も相まって、目頭が熱くなる。既にシオリから寒さは消え、なくなっていた。クロは、ぐいーっと気だるそうに背を伸ばし、眠たそうに目を閉じ、甘えたそうにシオリの腕に顔をこすりつける。
あぁ、クロだ。面白いくらいに心の中で何度も確信してしまう。シオリはクロを抱きしめていたあの電車の中がもう遠い昔のように感じて、その分シオリはクロを抱きしめる感触が懐かしく感じてたまらなかった。感動の再会、けれどシオリは嬉し涙も流すつもりはなかった。なぜなら、クロを抱きしめて家に帰れるのは、全く当然のことなんだから。いつも通り手にふわふわな感触が二つあって、腕の中は黒白でモノクロの世界なのに、そこには子猫の体温がある。そんな何気なくて、でもつい微笑みがあふれ出てきてしまいそうな日々は、シオリにとって当たり前なのだから。泣いてしまう必要はない。このまま家に帰って、温かいお風呂に入って、嫌がる二匹をお湯で洗って、一緒に一つの布団で眠りの中に落ちる。それはただの、平穏で愛おしい日常。
だからシオリは、もうこれ以上泣かないでいられるのだ。
「クロ、クロ、ごめんね。探したんだよ?」
苦しむほど強く『ギュッ』をされるクロは、仕方なさそうに笑う。
シオリがクロへ向ける愛情は、言葉の伝わらないクロにも伝わるだろか。どこまでも純粋で、汚れ一つ感じないクロ。シオリがクロに向ける愛情も、同じようなものだ。シオリがそれを自覚していなかったとしても、その愛は紛れもない、言うなれば『純愛』だ。それほどまでに綺麗な愛を、シオリは今まで言葉で伝えていたわけではない。どんなときでも、シオリはクロに、もちろんシロにも、愛を絶やさなかった。これからもそれは変わらない。よく泣いている姿を二匹にも目撃されるが、そのときはシオリ自身もシオリのことを「情けないな」と思ってしまう。そういった、クロとシロにだけ見せる顔は、自らが飼い主であるという一種の尊厳なのかもしれない。賢いクロとシロなら、きっとそれにも気付いているはずだ。シオリのことが自分を愛している人間なのだと。泣き虫で、弱虫で、決して頭脳明晰なわけではないが、シオリは自分にとって最高の飼い主なのだと。クロたちがそう思っているということを、シオリは知る由もない。けれど、相互な愛が、そこには確かにあった。
「帰ろう。クロ、シロ」
――――パァン
シオリが二匹に言うや否や、突然自分の前に大きくて黒い影ができる。
「ひゃぁっ⁉」
背後から光が当たっているのだと直感したシオリがさっと振り返ると、強い一筋の光がシオリたちを照らしていた。線路とは反対側だから、これは電車の光ではない。むしろ駅の外側から飛んできている。
シオリは不思議がって、その場で留まった。何となく、動いたらマズそうな気がしたからだ。途端に息遣いは荒くなり、鼓動が耳の鼓膜さえ揺らす。クロとシロを両脇に抱え、何が起こってもいいように身構える。三人を照らす光は近づいてきているようで、だんだんと光は大きくなった。それはまるで舞台のスポットライトのように三人を集中的に照らす。そういえば、刑事ドラマでこんなシーンを見たことがある。人質に拳銃を向けた凶悪な犯人が、ヘリコプターから発せられる光に照らされ、降参を要求されるのだ。まさかここまで来て、私は犯罪者扱いか。
シオリは眉を顰め、肩をびくびく言わせながら尻もちを着いた。
あまりの明るさで目がくらみ、咄嗟に目をぎゅっと瞑った、そのとき。
声がした。
「シオリーッ‼‼」
シオリは簡単に分かった。その声の主が、自分の母なのだと。
――ミホ――
シオリの母、ミホは、もう不惑を迎えて数年経つが、その人生の中でここまで強い焦慮に駆られたのはこれが初めてだ。楽しかったお祭りの帰り道、子どもがうろつくべきでない夜夜中に、愛娘が飼い猫と共に消息不明になってしまったのだから当然だ。だからこそミホは気が気でならなかった。自分の不注意が原因でシオリとはぐれてしまい、その上ロクな連絡手段もなく、さらには捜索にもたいへんな手間がかかる。こんな状況下で、いかにしてシオリを見つけ出そうか。
シオリがクロと離れ離れになって「どうしよう」と憂慮に沈み込んでいたとき、ミホも彼女と同様に「どうしよう」と心の中で唱え続けていたのだ。深夜に足を突っ込む時間の流れを尻目に、ミホはお祭り会場の近隣に住む友人に事情を話し、車を貸してもらった。その友人が親切で、本当に助かった。誰もが寝静まっているような夜であるにも関わらず、ダメ元での頼み込みを快諾してくれたのだ。その上、車は明日返してくれればそれでよい、とも言ってくれた。涙が出るくらいに優しさを実感した。それこそ、ミホはその友人にどれだけ深く頭を下げたことか。
ミホは借りた車に鍵を差し込む。がむしゃらにアクセルを踏み、静謐な夜の街で、何一つ心の安らがないドライブを始めた。それからは耐久戦だった。シオリが向かいそうな場所、シオリが「ここに行きたい」と言って、自分が「また今度にしような」と言ってしまった場所、逆にシオリが行きたくなさそうな場所。思い出せる限りを片っ端から捜していく。されど、ここにはいない、ここにもいない、その現実を突きつけられるほど、自分がシオリといかに思い出を共有していなかったのかを思い知らされた。シオリが行きたかった場所は。シオリが今いる場所は。シオリが一番思い出を持っていて、シオリがこんな時間にまで自分を置いて行ってしまう場所は。一体どこなんだ。
*
「お、お母さ……」
「黙りなさい、ミホ‼」
ミホは自分の母親が大嫌いだった。
家の中では毎日毎日怒号が飛び交い、ミホが少しでも反発する素振りを見せれば確実に激昂を見せる。嚇怒と瞋恚に侵された家庭が、過去のミホにとっては当たり前だった。
「大体あなたは他人に迷惑をかけてばかり。恥ずかしくないのかしら? あなたのせいで私は何度面倒事に巻き込まれたことか!」
「ごめんなさい、私……ごめんなさい……許して、お母さん……」
「……お母さん?」
「へ?」
「いつから私はあなたのお母さんになったのかしら?」
「……え、待って、どういうこと? ねえ、お母さん……」
「あのね‼ 世話をしてくれている人に感謝もせず、むしろ迷惑を振りまいているのがあなたなのよ! そんな恩を仇で返すような真似をする子どもを、誰が自分の子どもなんて言いたいのよ!」
「やめてよ……そんなこと言わないで……」
「うるさい‼ 何もできないあなたが私に指図するなんて、分をわきまえないにも程があるわ!」
「っ……!」
太刀打ちできない刃を持った言葉が、眼球の奥を燃やすように痛めつけた。床に涙が落ち、呼吸の仕方を忘れたように喉が締め付けられる。
「泣くんじゃない‼」
「いぃっ、いやあああぁっっ‼‼」
今までに感じたこともない痛みが脳天に走った。見える世界が一瞬赤色になり、肉や神経を通り越して骨にまで傷が付く。それは鈍器で殴られたように鈍く、針で刺されたように鋭かった。生臭い痛みから頭が割れたのだと錯覚してしまう。
涙で濡れきった顔を上げると、固く握りしめられた拳が振り下ろされた後だった。目を充血させ、紫色の怒りに満ちた母の顔がミホを見下ろしていた。いや、『見下して』いた。
母はぐっと、ミホの胸ぐらを千切るように掴み、引き寄せた。
「泣くな‼ この世で泣いていいのは、人生の中で苦汁を呑み、苦杯を舐め、苦痛にもがき、幾多の苦しみに悶えた者だけだ! それ以外に同情される余地があるものか‼」
唾がミホの顔にこれでもかと振りかかる。母は下ろした拳を再び振り上げ、その重みに任せてミホの首を裂くかのように殴った。
ガツン。
人生でここまで痛い思いをしたのは、後にも先にもこの一度だけだ。そのとき付けられた傷は、今になっても消えていない。しっかりと、濃い痣となって首筋に焼き付けられている。
あの世界から脱却しておよそ三十年。自分の母に阿諛して生きる人生から解放されると、ミホは自分自身に一つの誓いを立てた。自分の子どもには、絶対に自分と同じような道を歩ませないと。ミホは過去に医者から不妊症と診断され、この先子どもを出産することは叶わないと知っていた。それでも、自分の生きた証が、自分だって誰かを愛せるんだと一目で証明できる証が、どうしても欲しかった。
ミホが養子をもらう書類にサインをしたのも、そういった信念に基づいてしたことだ。
*
今からおおよそ十年前。
ミホが児童養護施設から預かることになったのは、まだ生まれて間もない女の子だった。最近の孤児にしては珍しく、出産直後に捨てられ、名前も故郷も、実親が生きているのかすら分からない、いわゆる「棄児」と呼ばれる子ども。そういう子どもは大抵、政府が名字も名前も決めてしまう。それはきっと仕方ないことなのだろう。実親が何の責務も果たさずに他人へ投げ捨てたのだから、名前なんてものを丁重に付けているわけがない。そうだと分かっていても、その女の子が自分の親から名前をもらえなかったことがミホは寂しいと思った。本来生まれて真っ先に受け取るはずのプレゼントを貰えなかった、ということ。もしミホもそうだったらと考えると、なぜかとても悲しく辛い気持ちになる。自分の家庭とて良いものではなかったが、それでも捨てられはしなかったのだ。きっと、この子はそのままでは自分の何倍も苦しんでしまう。
「そんなこと……許せない」
養護施設の職員さんを事務室で待ちながら、ミホは一人そう呟いた。
考え事にふけっていると、気付かない間に時間が経っていた。事務室の扉がガチャっと音を立てて開き、職員服を身にまとった好青年が姿を現した。施設に突然押しかけ「養子をいただきたくて来ました」と口にしたミホを、驚きながらも親身になって対応してくれて、今も手続きのいろはを教えてくる優しい職員さんだ。
「今日もお忙しい中、お時間を割いていただいてありがとうございます」
心からの感謝を、ミホが可能な限り丁寧な言葉で陳述する。
「いえいえ。これが僕の仕事ですから。それに……」
「……?」
「……これは言おうか迷っていたことなのですが、口先だけで『独りになる子どもをいないように』なんて言って孤児を預かることは敬遠するような人がほとんどの世の中で、ミホさんのように進んで子どもたちを守ろうと全力を尽くしてくれる人がいるのは何よりありがたいことですから。僕は……というより、僕らは、ミホさんに感謝しているんですよ。だから頭を下げるのは僕らです。本当に、ありがとうございます」
人生で久しく聞いていなかった『感謝』の言葉に、ミホは胃が宙に浮くような気持ちになった。ミホははっとする。事務員さんの言葉を耳に入れている間に、目から涙が零れ落ちていたからだ。
「あ、あれ……私、どうして泣いてるんだろ……」
「ミ、ミホさん、大丈夫ですか……? あの……お疲れでしたら、あまり無理をなさらないでください」
「い、いえ! そういったものではないんです……ただ……」
『本当に、ありがとうございます』
「……ただ、嬉しくって」
閉ざしていた目を開け、顔を上げると、ぽかんとした事務員さんの顔が真っ先に目に入ってきた。数秒してミホの言った意味を理解したのか、表情がぱっと笑顔に変わる。あはは、と拍子抜けした笑いを漏らして、彼はミホを親切にデスクへと案内した。
ミホは何度も何度も施設へ通い、事務の人の話をこれでもかと聞き込み、山積する書類すべてに記名し、さらには犯罪歴や前科など自らの経歴すべてを調査してもらうことにした。ミホは、自分が今まで罪を犯さず誠実に生きてきたことがこんなところで役に立つだなんて予想だにしていなかった。
およそ一年半の時を経て、ようやく女の子はミホの子どもとして認められた。ほっとした気持ちが、ミホの胸中を満たした。毎日仕事と手続きに追われ、息をつく間もない日々を送っていたことすら、今日から迎え入れる女の子の姿を見ると忘れてしまいそうになった。女の子は既にミホが初めて目にしたときの姿とは見違えるほど変わっていて、二本足で立ち、少しならトボトボと歩けるようになっていた。
あぁ、そうだ、小さな子どもにとっての一年は、大人の自分には想像できないくらい大切なんだ。あの事務員さんがそういった旨の説明をしていたが、ミホは改めてそのことを実感する。なんと愛おしく、懐かしいんだろう。この女の子を見ていると自分の子どもの頃を思い出す。施設の人の話通りの泣き虫で、見ず知らずのミホの姿を見るとすぐ不安で泣き出してしまう。まるで幼少期の自分だ。怒られては泣き、怒られては泣き、怒られずとも「怒られるのではないか」という不安でまた泣いてしまう。そんな窮屈な思いを、この子にもさせるつもりは毛頭ない。それは養子縁組の書類に判を押したときから、心に決めていた。
その女の子の名前は、「アズマシオリ」。
だが今日からは違う。
少女の名前はその日から、「スダシオリ」となった。
*
唐突にあの日のことを、シオリを家に迎え入れた日のことを思い出してしまった。よく泣くシオリの姿が目に浮かぶ。今だって、家に帰れず凍えて泣いているんじゃないか。最近になって泣かないようにシオリ自身が最も頑張っているというのに、誰が泣いてもおかしくないような状況に陥れてどうするんだ。どこまで情けなくて、非情なことをしてしまっているんだ。ミホは自らの力なさを恨めしく思った。挫けて悄然とした心で、ミホは思い切りハンドルを打ち殴る。
「くそっ、くそぉっ……!」
まさに絶望だった。現実を受け止められないとはまさにこのことだ。どうしてこうなってしまうのか? お祭りが終わったとき、あのときは疑いようのない『幸せ』だったはずだ。ではなぜ運命はこうも簡単に、幸せを奪ってしまうのか? それともこれは、「人を愛せる証」などと独善的に命を見てしまったことの贖罪なのだろうか? シオリのことを愛しているなどとほざきながら、自分でも知らない自分はシオリをただのシンボルとしてしか見ていなかったのか? 分からない。ミホには、何も分からなかった。
ミホは泣いた。その姿に大人気なんてどこにもなかった。子どもの頃の辛い記憶が涙の匂い付きで蘇ってくる。目を背けたいはずなのに、それを思い出させる涙から、この年になっても逃げられない。どうして、自分からシオリを奪っていくのか? どうして、自分が消したいものを掘り返して、今噛みしめている幸せを壊すのか? 顔を上げると、フロントガラス越しに朧月がひどい顔面を晒して嗤っている。あまりに醜悪なそれはミホの心を打ち砕くには十分すぎた。アクセルを踏む足の力も暗夜に吸い取られ、シートベルトを外し、まるで子どものように膝をかけて泣く。シオリもよくこうやって泣く。その姿は、嫌気が差すほど昔の自分と似ていた。シオリに対して嫌悪感はなかったが、何より痛ましい事実は、自分が数十年前の自分と同じ姿で泣いているということだ。要は、自分が数十年前から何一つ変わっていないということになる。これほどまでにミホの心がボロボロになったことはなかった。
もう何の望みもない。
そう、諦めかけたときだった。
「…………クロッッ‼」
声がした。
ミホの心臓が大きく跳ね上がる。今の声は間違いない。自分の、娘だ。汗が額から滴り、尋常ではない手の震えをあらわにする。今の声はすぐ近くで聞こえた。まさか、ここに……?
痺れる指を折り、ハンドルを握り潰すようにがっちりと掴む。弱った神経にぐっと力を入れ、アクセルを踏む。ヘッドライトを付け、前進。今の声がしたほうへ。
「シオリ……待ってろ……今、迎えに行くから……‼」
しゃがれて涙ぐんだ声で一人そう呟く。たったの一瞬飛んだ声の方向を頼りに、とにかく車を走らせる。きっと、こっちにシオリはいる。だとしたら、飼い猫のクロも一緒なのだろう。ならば尚更ほったらかしになどできない。曲がり角を左へ、右へ。焦りで狂いそうな頭と体で、たった一点を目指す。
そして。
車を停めた駅の中に、シオリはいた。
「シオリーッ‼‼」
喉を潰してそう叫ぶ。ドアを蹴り開け道路に飛び出ると、一目散にシオリの元へとダッシュした。吐き気で息が途絶えそうだったが、足を止めるわけにはいかなかった。おぼつかない手つきで交通系ICカードを取り出し、改札を急いで通り抜ける。勢いをそのままに、小さな少女の元へ駆け寄る。驚いた表情でこちらを見るシオリを、ミホはこれでもかと強く抱きしめた。
「お……おかあ……さ……」
「ごめん、ごめんな、シオリ、ごめんな……私が……私がしっかり見てれば……」
ミホはボロボロになった心が、少しずつ『安心』で癒されていくのが分かった。いつぶりだろう、安心なんて味わったのは。いくらシオリのことを愛していると言っても、いつもシオリのことが心配で、結局心が安らぐ機会はそう多くなかった。
それが、シオリにこんなにも安心させられるなんてあまりに予想外だったのだ。
「私も……ごめんなさい。お母さんをびっくりさせたくて……それで一人で勝手に電車乗ったの。本当にごめんなさい……」
涙と戦っていたシオリは、とうとうその涙に負けてしまった。目から大粒の汁をぼろぼろ零し、綺麗に洗濯した浴衣を濡らしている。その姿は、数秒もしないうちにミホの涙を誘った。昔の自分と重なったからではない。むしろ昔の自分とは違う、強くて優しい涙を流してくれたのが、なぜだか分からないが猛烈に嬉しかったのだ。感極まった二人が抱き合う以外にできることはなかった。二人はとにかく「ごめんなさい」を反復し合う。でもシオリのそれは怒られないようにするためのものではなくて。言うまでもない、「心配かけてごめんなさい」という本心だ。それはまさしく、ミホの「ごめんなさい」に込められた意味と同じだった。そんなミホに、心配をかけられたからとシオリを叱責する気なんてどこを探してもなかった。
「シオリ、どうしてここにいたんだ?」
「あのね、電車にのったらね、クロが飛び出してっちゃってね、でもおりられなくて、そしたらシロが来て……ここまで連れてきてくれたの。シロ、かっこよかったんだよ。一緒にいっぱい走ったの」
シオリがぎこちなく返答する。シロ……家に留守にさせておいた、もう一匹の子猫だ。もちろん今頃は家に居るからシオリの周辺にシロは見当たらないが、きっとシオリにはシロが見えているのだろう。
「そうだったんだな……よく頑張ったな、シオリ」
普通なら、ここで事情を聞き出し、どうしてこんな事態になったのか理由を説明させ、もうこんなことがないように強く叱るのだろう。
子どもに「これはやっちゃダメなことなんだ」と教えるのは親の責務だから、叱ることは間違いではない。それはミホにも分かっていたし、叱らないことが優しさだとは微塵も思っていない。それでも、シオリを叱るなんてできなかった。勝手にふらふらと夜遊びをしていたわけでもなければ、第一シオリはシオリなりにできることをした。責務という点で言うなれば、ミホは「子どもをしっかり見守る」という責務を果たせなかったのだ。最早、叱られるのはミホのほうではないか。
きっとこれから、シオリが邪まなことをして他人に迷惑をかけることはあるだろう。そういうとき、ちゃんと叱ってやれないのは親じゃない。それこそシオリを捨てた人と同類になってしまう。だからこれからは正しく叱る方法を学ばないと。そう心に決めていた。
それでも、今回だけは、シオリに言葉で指導なんてできるはずがなかった。
「……帰ろう、家に」
「……うん」
朧月夜は人の愛の盤石さを試す。
今日はその日だったらしい。
――シオリ――
車の窓から見える夜の景気は、映画を見終わった後のエンドロールのようだった。ゆっくり後ろへ流れ、視界から消えていき、そうかと思えばまた新しい景色が流れてきた。隣では眠たげに瞼を閉じ切った瓜二つの子猫たちが、身を寄せ合っている。
本当は、どれだけ怒られても仕方ないと覚悟していた。
母は自分をあまり怒らない。でもそれは、自分に対して怒りを感じたことがないからではないと思う。というかきっとそうだ。
毎日泣き腫らして迷惑をかけているというのに、一度も怒鳴られたことがない。当たり前のようにそんな環境での生活を謳歌していたけれど、どうやらそれは特殊らしい。以前にある友達にそれを話したら、「うちのお母さんなら晩ごはん抜きにされる」と言われて、それを自覚した。いつか堪忍袋の緒が切れて、恐ろしい形相で叩かれても仕方ない。母に限ってそんなことはしないと頭では分かっていても、心の片隅でそれを危惧していた。そんな中で、既に零時を回った時刻に自分をめぐる大捜索が行われていたのだ。迷惑以外の何物でもない。
だから、いつも優しい母が目をがっと見開き自分のいる駅のホームへと走ってきたとき、胸ぐらを掴まれ、つばが振りかかるくらい大きな声でお説教をされると確信していた。泣かなかったというだけで褒めて甘やかしてくれる母はもういない。きっとそうなんだ……
そう思った刹那、母はシオリを抱きしめた。
ぶつかる勢いで抱擁されたから一瞬殴られたかのように思えたが、すぐにそうではないことが分かった。母の体温が服越しに肌へ伝わってきた。
シオリは泣いた。堪えてきたものが簡単に崩壊する感覚だったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。肝が呼吸に合わせて、ひっく、ひっくと震える体を、母が抑えてくれた。洪水のごとく流れ出る涙に抗う自分がバカバカしくなるくらい、その温かみは凄まじかった。
抱きしめ、抱きしめられたシオリは、まともに何かを伝えることなんてままならなかった。
ただ「ごめんなさい」としか言いようがなくて。
申し訳なさと安堵が喉の奥から込み上げてきて。
母のよれよれになった一張羅の服に涙と鼻水を染ませるしかなくて。
顔を上げると母の顔から焦りは消えていて、それは『安心』と『心配』の中間みたいな、いかにも母らしい顔に変わっていた。
あぁ、これは、大好きなお母さんだ。シオリはそう思った。
心配性で優柔不断、男前な性格の割にシオリと追いかけっこして勝ったことがない、ちょこっとだけ情けないお母さん。
でも最高で、泣き虫なシオリを可愛がってくれて、大切なものには自分の命まで懸けられる強いお母さん。
シオリが大好きで、大好きで、心から愛している、世界の誰より優しい心を持った愛しいお母さん。
その顔を見つめるほど、この人が自分の母親でよかった、そう思った。
車に揺られて小一時間。何か話したらきっといつも通り返答が飛んでくるのだろうが、シオリの体はもう口を開くことすらまともにできないほど限界に達していたし、母だって猛烈に疲れているだろうからやめておいた。思えば車の中で、母と一言も言葉を交わしていない。決して不仲になったとか、会話したくないとか、そういったことはないのだが、何と言っても申し訳なさ由来の気まずい空気が流れていた。
まもなくして車は家に着いた。おろおろした足取りでドアから寒いガレージに出て、両脇にシロとクロを抱える。お祭りの産物はいつの間にか手中から消えていた。母とシオリとシロとクロ。みんなが玄関扉から中に入る。嗅ぎ慣れた家の匂いがして、やっと心が休んだ気がした。
荷物をカーペットに投げ捨て、ぐでっと倒れ込む。力なく起き上がると、目の前には母がいた。
「お母さん……」
「シオリ、ほら」
そう言って母は、自分の小さな体に目線を合わせ、ぎゅっと抱きついた。駅でそうしたのにも関わらず、まるで何年もしていなかったかのように、それは強く。
「ん……お母さん……」
「ごめん、シオリ。詳しいことは明日聞くから、今日はもう寝よう」
優しくて、小さくて、温かい声でそう言った。囁き声に近かったかもしれない。か細かったけれど、言葉は確かにシオリの耳に届いた。
「……はい」
シオリはまず風呂に入る。脱衣所はいつもより温度が低かったが、長く外にいて麻痺した皮膚がそれを寒いと感じることはなかった。素っ裸のシオリはおもむろにシャワーで全身の汗を洗い流し、湯船にドボンと浸かる。このまま湯気に巻かれて眠ってしまう前に、いつもより早く風呂から出た。眠気でまともに操れない指でなんとかパジャマのボタンを留める。お湯で濡らしたタオルを持って洗面所まで行くと、そこには待っていましたと言わんばかりに二匹の子猫が肩を並べていた。ほかほかと蒸気が立つタオルをクロの深い毛皮にあてがうと、一鳴きもせず気持ちよさそうな表情を顔いっぱいに浮かべた。次はシロ。二匹は笑えるほど似ていて、毛並みを湿ったタオルで直されるときの反応も全く同じだった。ごしごし、優しく目いっぱい体を綺麗にしてあげる。風呂に浸からせる代わりにこうしているわけだが、こうしているときはいくら世話の一環と言っても楽しく幸せな気分になれる。あっという間にその作業は終わり、タオルを片づけると二匹はそのままシオリの部屋へ足早に入っていった。洗面所に残されたのはシオリ一人。
やるべきことは一通り終わった。
……ような気分になったが、実以てそんなことはない。
明日でいいと言われてはいるものの、母に一部始終を説明しなくてはならないし、母に車を貸してくれた人にもありがとうをしに行かなくてはならない。それにシオリは休日の宿題をたんまりと抱えているわけだから、一日ですべて片づけなければならない。気が遠くなりそうだが、救いはそのすべてを明日に回してしまえるということだ。何も今日中に終わらせなければならないものはない。
……と、ここまで脳内で考えて、そうではないことに気が付いた。現在時刻は午前零時半。シオリが明日だと思っていたものは、どうやら既に今日というもののようだ。
「うぅ……」
自分で気づいていておいて少し憂鬱な気持ちになる。後回しにできると思っていたタスクたちが、事実上は今日中に終えなければならないと思い知らされる。
といっても、この卓抜な眠気に抗うことなど一筋縄ではいかない。今のシオリにそれができるとは思えない。これからできるのは一つ、眠りにつくことだった。
というわけで、シオリは自分が眠るまでを今日、起きてからを明日と呼ぶことにした。残された仕事は明日やろう。心の中でそう割り切り、シオリの部屋へと歩みを進める。
その前に、居間へ一声投げかける。
「おやすみ、お母さん」
「おやすみ。シオリ」
シオリより眠たげな声が返ってきた。ソファーにごろんと寝転がった母を一瞥し、シオリは自室のある二階へと重い膝を上げて向かう。
扉を開けると、猫用の小窓から侵入した二匹がシオリのベッドの上でぱたりと眠り倒れていた。
シオリは溶けるように、二匹の横たわるベッドに飛び込む。右脇にクロを、左脇にシロを抱きかかえ、勢いよくシーツを引っ張り上げると、宙を舞って三人の上にばさっと覆い被さった。途端に体全体が温もりに包まれ、脳の半分を占めていた眠気がさらに力を増す。
驚くほど早く、シオリは眠りに落ちた。
大好きな母と同じ屋根で、大好きな飼い猫の体温を感じて、大好きな家の中で、安心し、穏やかに、まるで温水の中にいるような心地で寝られる。非日常的な今日でさえ、眠りはすべて吹き飛ばしてくれる。こんな毎日が、明日から『普通』として再開するのだ。
言うまでもなく、シオリは幸せだった。
――――ピンポン、ピンポン。
――??――
『大和西大寺、西大寺です。この電車は、この駅までです』
電車が終点に着くと同時に、マヤカシは解ける。
中から「乗客」が降車した。
「乗客」は、そのくりっとした目から涙を溢れさせ、夜に染まった駅のホームのアスファルトを暗く灰色に濡らした。
痩せ細った足で、冷えた地面を踏みしめる。足を引っ込めることもしなかったのは、自分の体温と同じくらいの冷たさだったからだ。もうこの寒さにも慣れた。
ぽとぽと、一歩ずつ、ゆっくりとホームの先を目指す。
改札口を通り過ぎようとすると、突然大きな音と共にゲートが閉ざされた。他に通れそうな抜け穴もないので、ゲートの下を潜り抜ける。
ホームの屋根がなくなって、さらに冷たい風が突き抜けた。
いくら凍えに慣れてきたと言っても、全身を包み込む冷気は「乗客」の体をぶるぶると震わせた。
「……」
「乗客」は吹き荒れる風の中を進み、ある一点を目指す。
その足取りには一つの迷いもなかった。
目指していたのは、シオリの家。自分が今まで大好きで、最も安心できていた空間。シオリの家でもあり、シオリが自分を迎えてくれたときから、同時に自分の家でもあるところ。
――――「乗客」は、シオリの飼い猫「クロ」だった。
クロは今まで、カワタレ線に乗っていた。クロはそこで、マヤカシを見ていたのだ。
自分がシオリになるマヤカシ。
マヤカシの自分が電車から逃げ出して、それを追うためにシロが出現するマヤカシ。
シオリと、シロと、自分の三人で、家に帰るマヤカシ。
クロは重い足取りで家へ帰る。家は闇に飲まれながら、ぎりぎり輪郭を保っていた。ドアに鍵はかかっておらず、最早ドアは半開きになっていた。
小さな体躯を活かして、ドアの隙間から家に入る。ギィーッという詰まった音がして、家の中の姿が露わになる。だが、露わになったはいいものの、そこは家と呼ぶにはあまりに薄暗く、外と明るさの変化はほぼなかった。夜目が利くクロは、普通では電気なしで見ることができないような部屋の一隅まで、手に取るように分かる。
が、目より先にはたらいたのは耳だった。クロの耳には確かに、掠れて消え入りそうな声が飛び込んできた。
「シオリ……ごめんな、シオリ……守ってやれなくて……っ」
すすり泣く声すら静寂に包まれた空間ではよく聞こえる。あれは、シオリのお母さん。自分とシロがこの家に迎え入れられたときからいる人だ。自分たちが愉快に昼寝をしている間にも大声で泣くシオリを、必死になってあやす姿が思い出される。
それももう、過去の話となってしまった。
クロが歩む先にはすすり泣く彼女がいる。別にクロはシオリの母に用があるわけではないし、恐らく今は彼女を一人にしておいたほうがよいだろう。とはいえ、彼女の居る廊下を通らなくては、クロが目指す場所―――リビングルームにたどり着くことができない。無駄に触発もしないように、そっと足音を消して彼女の前を通過する。顔を両手で押さえて電源のついたスマホを足元に落っことしている彼女は、クロが汚らしい手足で家を歩いていることはおろか、クロが家に帰ってきていることすら気付いていなさそうだ。振り返ってみると、小綺麗だったフローリングの廊下には広く涙の水溜まりのようなシミができていた。
奥の方からは、シオリの母の声ではない何かが音を立てていた。人の話し声のようだが、この家にいるのは自分とシオリの母のただ二人。
前方を向きなおすと、真っ暗な室内で唯一の明かりがそこにあった。クロの夜目ではあまりにも眩しかったそれは、一台のテレビだ。小ぶりなスクリーンには生真面目そうな顔をしたアナウンサーが映っており、原稿に一度目を落とし、その内容を無機物的な声で読み上げた。
――――続いてのニュースです。先日十一時半、奈良県の近鉄郡山駅にて、車掌から『人を轢いてしまったかもしれない』と通報を受けた駅員が、女の子の遺体を発見しました。事故に遭ったのは奈良県奈良市に住む須田栞里ちゃん(九歳)で、電車の発進の直前に線路へ転落し、そのまま車体により全身を強く打って死亡したと見られています。捜査関係者の取材によりますと、栞里ちゃんは当時事故現場と同じ市で催されていた大和郡山市のお城まつりの帰りに母親である須田美穂さんとはぐれ、その際に事故に遭ったとのことです。また、栞里ちゃんは当時飼い猫であるシロちゃんを連れており、共に電車に下敷きになったため、現場付近には栞里ちゃんのものではないと見られる死体が確認されています。事故当時の状況の捜査は依然として続いており――――
――――プツン。
テレビの画面は一切の光を失い、部屋はクロの夜目をもってしてもほとんど何も見えなくなった。次第に目が慣れてきて、テレビを消した張本人が視界に飛び込む。大きく見開かれた眼球と閉じきらなかった口腔から滴らせた涙と涎をカーペットに染み込ませ、カタカタと震わせた手でリモコンの電源ボタンを押した、シオリの母が、そこにはいた。
クロは須臾の間に背を向け、その場から逃げ出す。自分の体毛が闇に溶ける黒色でよかった。案の定、耳を劈く絶叫が後方から聞こえてきた。ほとんど発狂状態のシオリの母に見つかったら何をされるか分からない。恐らくシオリが死んだことを初めて告げられたときもあんな反応をしていたのだろう。時間を置いて少しは冷静さを取り戻したかと思ったが、そんなことはなかった。むしろ現実を何度も突き付けられたせいか、尚更平静を失っていた。
クロは来た道を早歩きで戻り、半開きのままのドアから出て、またもや夜風に当たる。シオリの母をああは揶揄したものの、クロだって真に冷静になれているわけではないのだ。本当は、あの愉快で優しく強い飼い主がもういないということが受け入れられない。
*
それは三日前、どおりでその日は妙に胸騒ぎがしていた。猫の第六感とでも言うのだろうか。シオリは彼女の母と自分より一つ年上の子猫、シロを連れて、少し離れた町へ祭りに出かけたのだった。彼女は家を出る寸前、クロにこう言った。
「すぐに帰って来るから、心配しないでね」
いつもの変わらぬ、優しく、能天気で考えなしのようで、それでもやはり優しさが滲み出ている語調で。クロは、シオリが自分に対してした約束はいくら軽いものでも破ったことがないと知っていた。
だから、これが最初で最後となるシオリとクロとの約束破りとなった。
その日、シオリが帰ってくることはなかった。
その一報を耳にしたのは、事故が起こってから半日以上経ってからだ。その前から違和感を憶えていた。あの日、シオリたちは帰りが遅くなるからと、クロしかいない家で易々と眠りについた。眠っている間に飼い主らは帰宅し、朝の遅い時刻に目覚めるのだろうと思っていた。だが、いざクロが目を覚ましたときに家に届く明かりはカーテンの奥から漂ってくる微量の陽光だけだった。見れば、家の電気はどこも点いていない。それどころか、人間の姿が一つもなかった。疑惑がだんだんと確信に変わる。それと同時に賢いクロはすぐに察した。シオリに、ましてやシロに、シオリの母に、何かがあったのだと。
そこから先は、クロもほとんど記憶にない。ただ早朝の街を走り、手足がつりそうになりながらも、それでも走り、シオリたちが向かった町の駅を目指して、ただ突っ走ったことだけ覚えていた。少し離れた町、というのは電車を使えば十分もせず到着するからそう言えるのであって、人間がシオリの住む家からその駅まで行こうものなら一時間は確実にかかる。そこまで詳細でなくとも、クロは容易に辿り着くことが不可能だと知っていた。それでも走るしかない。この張り詰めた状況下で、休憩なんてしている暇はない。クロにとって、とにかくシオリが有事のときに最も現場となりそうな場所に向かうことが最優先なのだ。猫は電車に乗れない。残された選択肢は、走ることしかなかった。クロの歩幅は人間のそれより圧倒的に小さく、体は簡単に悲鳴を上げる。それでも、走った。結果的にどれほど走ったか分からないが、家を飛び出たときよりは確かに辺りが明るくなっている。
そこでクロは目にした。
午前中だというのに異様に騒がしい街中。
そこまで密集した住宅街でもないのになぜか渋滞した車。
おばさんたちが何かの噂話をする話し声。
視界の隅に僅かにある、警察車両。
それらが取り囲む、一つの駅。
これらのヒントだけで、何が起こったのかクロには理解できた。
事故だ。それも人と電車が関わった、大きい事故だ。肝っ玉が氷のように冷たくなる。そうだ、シオリの向かった先に最も近い駅はここだ。
不意に、家電量販店の店頭に並んだテレビに目が移った。画質が良いやら何やらを宣伝するためにテレビ番組を垂れ流しにしているようだった。知らない間にそこへ人が集ってくる。クロもその人の群れへと割って入った。何人か分の脚の隙間を縫って通り抜けると、群衆が目にしているテレビの画面が目に飛び込んできた。
それは、昨夜起きた人身事故を報道するニュース番組だった。
クロはいくら賢いと言えど人間の文字を解読することはできないが、その内容が良からぬことを告げる報せだということは画面に映し出された駅とそれを取り囲む警察車両の数々が教えてくれた。その直後、事故で被害に遭った人間の名前と顔が張り出される。
その音と画面を見て、クロは絶望のどん底に突き落とされた。
そこに映っていたのは、紛れもないシオリだった。
シロと自分を抱えて、無邪気そうに笑う、自分自身の飼い主だった。
それだけでない。画面の先から聞こえてくる音の中から、『シオリ』『シロ』という音を拾った。もちろん初めは耳を疑った。だが耳をすませば、群衆の中からも『シオリちゃん』『飼い猫』『シロ』『事故』という単語があまりに多く聞こえてきて、もはや疑いの余地もなかった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。もう何も知るな、もう何も知ろうとするな。これ以上何かを解っても、クロにはどうにもできない。今すぐここを離れないと。
クロの中でいくら事実を拒もうとも、心の中のクロは得た情報から事実を組み立てていく。そうしてできた結論は、驚くほどに簡単だった。
昨夜のお祭りの帰り、シオリはシロと共に事故に遭った。電車に轢かれ、きっと……もう、助からない。
余計なことをする心の中のクロに、クロは怒りを燃やす。あのとき予想した『最悪の事態』が、今まさに現実として眼前を支配した。身がねじり切れるくらい痛い。その場で吐いてしまうくらい不快な気持ちが体を鎖のように縛った。走って出たものとは違う、汗が体内から押し出されて止まらない。
クロは家路ではない明後日の方向へ飛び出した。
*
あれから一度も家には戻らなかった。事故に遭っていないシオリの母はいずれ家に帰ってくる、ということは分かっていたが、何よりクロには家へ帰る必要がなかったのだ。絶望の淵を漂うクロにとって、三日三晩何も食べないことくらい何も辛くはなかった。
あるとき、カワタレ線に乗り込むまでは。
シオリは迷信や根拠のない噂は一切信じなかったから、学校で広まっている怪談じみた話を一度も耳にしなかった。だから、猫のクロの耳にさえ入ってきた『カワタレ線』という噂の存在も知らなかったのだ。
夜にだけ現れて、乗客に『マヤカシ』という幻覚を見せる恐怖の電車。何一つとして希望がなかったクロは、いつしかそんな非現実的なものに一縷の希望を託してしまっていた。
その噂に関わって、こんな話を聞いた。
『故人に想いを寄せる人がカワタレ線に乗ると、幸せなマヤカシを見られる』
ここまで目に見えて派生形と分かるような噂はたったの一度しか聞いたことがないから、きっとカワタレ線の噂を面白がって、それに付け足したような全くの根拠がない偽りの噂なのだろう。それでも、クロには信じる以外に道は残されていなかったのだった。
今日、クロはカワタレ線に乗車した。シオリのことを、シロのことを、心から想いながら。
そこで見たマヤカシは、あまりにも幸せだった。自らがシオリとなって、夜の街を駆け巡り、最後には感動的な再開を果たして無事に家へ帰る。これはクロが望んでいた世界だ。現実になるべき、誰もが幸せに終わる、文字通りのハッピーエンド。シオリとして自分とシロを抱いているとき、はらわたの中から湧き出る感情は唯一無二の幸福だった。抱かれる二匹の子猫もまた、温かい夜に包まれて一入幸せそうだった。何気なく過ごしている毎日と同じように、改めてこれが幸せだと感じるほどに、それはまさに幸せだった。幸せな、マヤカシだった。
けれど、それはマヤカシだった。現実とは異なる、ただの映画にすぎないものだった。カワタレ線はどんな空想も現実味をもって乗客に焼き付ける。それでも、現実を空想と同じものへ変えてしまう力はない。ただ空想を見せて、その後なんて知ったこともないのだ。
より一層、クロの心は壊れた。死んでしまった人間は、その直前までどんな幸せな夢を見ていたって、帰ってくることはないのだ。
クロは玄関口にさよならを告げた。ポテポテと、どこかを目指して歩く。その足には一つの迷いもなかった。夜に侵されて凍てつくアスファルトの上を裸足で進む。到着したのは、最寄りの川にかかった橋の上だった。
あぁ、これでやっとシオリの元に行ける。
その一心で、クロは静かに凪ぐ川の中へ、自分の体をすっと落とした。光を失った遠い目をして。下がった体温が水に濡れて、さらに冷たく凍えるような体温に変わる。悲しみで重苦しくなったはずの体は、ぽちょんと軽い音を立てて簡単に川の中に沈んだ。毛が水を吸って重みを増し、川底に背をぶつける。
次に目を開けたときには、きっと目の前にシオリとシロがいて、二人とも自分を温かく迎えてくれるだろう。凍えるように冷えた体を、抱き寄せて温めてくれるだろう。
そう思って目をきゅっと瞑ったそのとき、クロはあることを思い出した。それはカワタレ線の噂の一つ。全く根拠はなくて、単なる噂にすぎないもの。
『終点までカワタレ線に乗り続けた者は、最後に魂を抜き取られて死んでしまう』
……あぁ、このことか。
クロは諦念と濁流に溺れ、そのまま川の藻屑となったのだった。
シオリと、クロと、シロは、向こう側で元気に暮らした。
それは、マヤカシではなかった。
クロは、幸せだった。
〈了〉
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