魔眼の魔女の二目惚れ~他人の弱点が見える目を持つ悪役令嬢は、虚無の騎士に求婚される~

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第1話 魔眼の魔女


「そうですか……。それでは、残念ですがこの話はなかったことに……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくらなんでもその条件はあまりにも──」

「あら?妙なことをおっしゃいますね。我が領土との交易権を、ほんの小さな山ひとつで差し上げると申し出ているのです。諸手を挙げて賛同いただけると思ったのですが」


「しかし、あの山──カウワリ山は私の……」

「ご主人様。それ以上は……!」


 私の目の前で、今日の交渉相手──サルベール伯爵が秘書にたしなめられ、ギリギリのところで口をつぐむ。

 伯爵は本当に追い詰められているのだろう。思わず本音を漏らしそうになったに違いない。


 正直、あのみすぼらしい廃鉱山にどんな秘密が隠されているのか興味も沸いたが、今は交渉を進めることの方が大事。

 不敵に口角を上げ、余裕たっぷりに間を持たせ、とどめの攻撃に移る。


「申し訳ございません。この後も別の伯爵との会談が控えておりますので、今日はこの辺で。そちらの方も、我が領土との交易を希望されておいでのようです」

「な、なんと……!」


「今日のお話で、サルベール様の思いは良く分かりました。我が領土との交易には、小さな山ひとつの価値もないとおっしゃられたのですから。おそらく、このことは遠からず社交界で噂になることでしょうね」

「待て!あの山のことを国中に触れるというのか!?」


 顔を青ざめさせる伯爵。今度は、隣に立つ秘書も同じ表情をしていた。

 まったく、どんな秘密を隠し持っているのやら……。

 内心の呆れをおくびにも出さず、とっておきの悪役令嬢スマイルで畳みかける。


「もちろんですわ。今や国中の貴族が欲している我が領土との交易権を、山ひとつほどの価値もないと言い切られるのです。それはもう、翻ってはサルベール領がいかに富んでいるかの証左と言えましょう。国中に誇るべきことですわ」


「そうじゃなくて、あの山には我が先祖代々の悪行の──」

「はい?何かおっしゃいました?」


「い、いや……なんでもない」

「別に、私としましては山にこだわる理由もありませんのよ?もっとと引き換えであっても、一向に──ね?」

 

「……」


 観念したように、うなだれる伯爵。

 どうやら、商談は成立したようね。


 おっと、後処理も忘れちゃいけないわ。


 崩れ落ちる伯爵を支える秘書。白髪の混じった眉毛の下から、何かもの言いたげな視線が私を射抜く。

 反抗的な光を帯びたその目線をしっかりと見つめ返し、私は内心で感嘆のため息を漏らした。


 あらあら、忠義の塊のような見た目をしておいて、この方も中々やり手ですわね。

 怒りに染まった視線の、その奥にわずかに潜む”恐怖”の色を読み解きながら、去り際に彼の耳元でこうささやいた。


「大した忠誠心ですわ。ですが……真の忠臣ならば、主人の財産にこっそりと手を付けるような真似は止めたほうがよろしいんじゃなくて?」

「な……!なぜそれを……」


(あなたの眼を見れば、分かりますのよ)


 という言葉をぐっとこらえ、跪く秘書を真上から見下ろす。

 すると、敵意に染まっていた彼の眼の光が、見る見るうちに暗い色に染まっていくのが分かった。

 恐怖、畏怖、混乱、諦観。そんな負の感情がない交ぜになった視線。


 そんな彼の眼を見つめながら、私は恍惚とした笑みを浮かべる。


 ああ……快……っ……感……!!!


 誇りや自信に満ちた相手が、その根拠を木っ端みじんに砕かれ、恐怖に満ちた目で私を見る。

 その相手の、真っ暗になった眼を見下ろすこの瞬間がたまらない……ッ。


 正直言って、この瞬間のために生きているといっても過言ではありませんわね。

 

 内心のたかぶりをおくびにも出すことなく、私は二人の敗北者を背に部屋を去った。


「では、色よいお返事をお待ちしておりますわ……ふふふっ」


 



 ゾフィア=ルシフェレス。


 辺境の弱小貴族ルシフェレス家の三女として生まれた、それが私の名前。

 さしたる特徴のない家。きっと、平凡な幼少期を送り、平凡な結婚をして、そして同じく平凡な子を産み、育て、そして死んでいく宿命を持って生まれてきたのだろう。


 しかし、私には生まれ持った奇妙な体質があった。


 それは、目を見た相手の”一番嫌がること”が分かってしまうというもの。


 先ほどの商談でもそうだった。

 交易権の代償として何がふさわしいか。その交渉を始めるや否や、伯爵の眼が雄弁に「カウワリ山だけは嫌だ」と語っていたのだ。


 あとは皆さんのご覧になった通り。

 あの後、伯爵は国随一といわれる鉄鉱石の独占権を差し出してきた。

 

 どうして私の眼にそんな力が宿ったのかは分からない。

 生まれてこの方、誰にも話したことのない、私だけの秘密。


 でも、この能力を駆使して次々と成り上がっていく私を畏怖した貴族たちがつけた二つ名がある。


 それが──魔眼の魔女。


 堂々とそう呼ばれたことはないけれど、もはや国中に広く知れ渡っているのだから私の耳にも入ってくる。

 普通ならばそんな呼ばれ方をすれば傷つき、落ち込み、家に引きこもってしまいそうなものだけど、私はそうじゃなかった。


 どうやら、私は人から恐れらることが嫌ではないらしいのだ。

 というか、むしろ恐れに染まった目で見られることに無上の喜びを感じるみたい。


 我ながら難儀な性格だとは思うけど、自分の性分を否定しても不幸しかない。

 開き直った私は、この能力を駆使してルシフェレス家をこの国で有数の大貴族にのし上げていった。


 かといって、領民を甘やかすようなことはしない。

 きっちりと重税を課して、手綱を締めることを忘れない。

 うん、我ながらいい性格をしている。


 そんな黒い噂の絶えないルシフェレス家だけど、毎日のように交易を希望する貴族たちが後を絶たない。

 なんだかんだ言って、私の領土との交易は誰の眼にも魅力的に見えているということなのでしょう。


 先ほどの伯爵のようにやんわりと口封じすることもあるのだけど、それでもあんな不平等な契約がなされれば何らかの噂が立つのは当然。

 なかには「私にはやましいところなど一つもありません」というような清廉潔白を謳う貴族もいるが、叩いて埃の出ない人間などほとんどいない。

 そんな自信満々の表情が漆黒の闇に沈む瞬間を見るのも一興なのですが、それもある意味レアケース。


 まあ、そんなこんなで色んな貴族たちを恐怖のどん底に叩き落とす日々を送っていたのですが、その日ばかりはちょっとばかり勝手が違いました。

 なにしろ、今まで見たこともないタイプの交渉だったものですから──


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