第74話 ディー・ハイランドとアラン・バロール

 夕方になり作業が終了した。

 領都ベルメールの広場にキャンプファイヤーよろしく、たき火を囲んで各班が食事をしている。


 道普請初日は、各班とも混乱が多くロクに作業が進まなかった。

 そんな中でもディー・ハイランドの班は、着実に作業を進め、初日の一等賞をつかんだ。


 デイリーボーナスは酒である。

 商人から仕入れた上等のエールをディー・ハイランドに渡すと、ニンマリと笑顔になった。

 この男、相当の酒好きと見た。


 俺とフォー辺境伯は、少し離れた場所で木製の野営用テーブルを囲み食事である。

 今日は冒険者ギルドから買ったオーク肉にパン粉をまぶしカツレツだ。

 バジルを散らし、塩をふりかけ、揚げ物でもさっぱりとした味わいだ。

 気温の高い南部でも、さっぱり味なら揚げ物もありだな。


「いや~! エトワール伯爵のところはメシが良いな!」


 フォー辺境伯は、ご機嫌でガツガツとオーク肉のカツレツを食べておかわりをしている。

 どうもこの人は道普請の最中居座る気だよ。

 まあ、いいけど。


「あっ……」


 たき火の近くで取っ組み合いのケンカが始まった。

 リーダーが止めようとしているが、ケンカしているのは血の気の多い連中のようで、リーダーの言うことを聞かない。


 これもリーダーの試練、人を率いる修行の一環だと、俺はしばらく様子を見ていた。

 だが、ケンカはエキサイトして、お互い血が出ているし、リーダーはケンカを止めることが出来ないでいる。

 さすがに不味いかな……?


 俺が止めに入とうと腰を上げると、フォー辺境伯が止めた。


「エトワール伯爵。口を出すなよ」


 フォー辺境伯は澄ました顔でカツレツを口に運びながら、俺に行くなと言う。

 俺は腰を下ろして、ちょっと考えてから返事をした。


「任せるということでしょうか?」


「そうだ。一度部下に任せたら、よほどのことがない限り口を挟まない方が良い。そうしないと部下が育たないからな。南部は結構荒っぽい。あのくらい自力で納められないようじゃ、使い物にならん。やらせとけ」


 ケンカの方を見る。

 二人が取っ組み合いになり、ゴロゴロと地面を転がる。

 回りはやんやとはやし立てて、プロレス観戦のようなノリだ。

 リーダーは、相変わらず右往左往して困っているが……。

 まあ、大事になりそうなら、回りの観戦している連中が止めるだろう。


 俺も食事に戻り、フォー辺境伯に感謝を述べる。


「なるほど。おっしゃる通りですね。アドバイスに感謝いたします」


「まあ、刃物を抜かなきゃ大丈夫さ。それにいざとなれば、執事のウエストラルが止める」


 フォー辺境伯の執事ウエストラルさんは、騎竜をも乗りこなす武闘派執事だ。


 なるほど。

 フォー辺境伯は、自領の荒くれたちが何かやらかさないか見守っているようだ。

 これはきっと年若い俺への好意だろう。

 甘えさせてもらおう。


「フォー辺境伯。そのカツレツはエールともよくあいますよ。セバスチャン。フォー辺境伯にエールを」


 俺はエールをすすめることで、フォー辺境伯の好意に感謝を示した。



 たき火の方では食事が終わり、あちこちでおしゃべりに花が咲いている。


「ドライフルーツですよ。どうぞ!」


 妹のマリーが女性と子供にドライフルーツを配っていた。

 ネコネコ騎士のみーちゃんが、護衛についている。


 子供たちは喜んでドライフルーツを受け取り、マリーに礼を言ったり、みーちゃんにじゃれついたりしている。


「おねーちゃん! ありがとう!」

「これ、すごく美味しいよ!」

「よく働いたご褒美ですよ」


「わー! 大きいネコさんだ!」

「ニャー! 尻尾をつかむニャ!」


 微笑ましい光景に頬が緩む。

 自分も何かしたいとマリーから申し出たのだ。

 エトワール伯爵領の名産品ドライフルーツを周知する良い機会だし子供は喜んでいる。

 マリーも領主一族として、張り合いがあるようだ。

 許可して良かった。


 俺は視線を男たちの方へ向ける。

 今日の一等賞であるディー・ハイランドのところに、リーダーたちが集まっていた。

 ディー・ハイランドは、工事の段取りや騎竜を使ったことをリーダーたちに丁寧に教えていた。


 ディー・ハイランドは、お人好しなのかな?

 ライバル関係にある他のリーダーたちに教えることはないと思うが……。

 俺は不思議に思い、ディー・ハイランドが何を考えているのか興味を持った。


 リーダーたちの話が一段落したところで、俺はディー・ハイランドを呼んだ。


「お呼びでしょうか?」


「うん。ディーは、他のリーダーたちに工事の段取りを教えていたよね? 教えなければ、明日も一等賞で酒がもらえたかもしれない。どうして自分のノウハウを教えたのだ?」


 俺の質問にディー・ハイランドは、ニッコリと笑ってから答えた。


「彼らは同僚になるのですよね? これから共にエトワール伯爵家を支えていくのでしょう? なら、親切にして仲良くしておいた方が、先々何かとやりやすいでしょう」


「なるほど。貸しておくと?」


「助け合いですよ! ハハハ!」


 ディー・ハイランドは、快活に笑うと自分の班に帰っていった。


「あいつ、やるなあ……」


 フォー辺境伯が、エールをグビリとやりながら感心する。


 確かに!

 班のメンバー集めの時点から先が見えていると思ったが、よく考えている。

 人柄もあるだろうが、先々の人間関係を道普請のノウハウを他のリーダーに提供した……なかなか頼もしい。


 ディー・ハイランドと入れ替わりに、違うリーダーが俺のところにやってきた。

 すっと膝をつき礼にかなった挨拶をした後、用件を切り出した。


「ご当主様。お願いがございます」


 彼の名は、アラン・バロール。

 ジロンド子爵に仕えるバロール騎士爵の庶子と聞いている。

 庶子、つまり正室以外の女性から産まれた子供だ。

 バロール騎士爵家では、居心地が悪いらしく、エトワール伯爵家に仕えることにしたそうだ。


 アランは、すらっとした長身の美青年で、礼儀もわきまえている。

 南部貴族というよりは、王都の貴族のような洒落た雰囲気の青年だ。

 今日の作業では、二等だった。


 俺は食事の手を止めアラン・バロールに向く。


「聞きましょう」


「可能であれば、作業予算をいただきたく存じます」


「ほう……」


 面白いな。

 何に使うのか知らないが、リーダーたちに予算を与えて、予算の使い方を見てみたい。


 俺は執事のセバスチャンに目配せした。

 セバスチャンが小声で俺にささやく。


「一班五十万リーブルほどなら出せます」


 五十万か……。

 それなりに大金ではあるが、こういった大規模工事を行うのだから必要経費だ。

 俺は、アラン・バロールの要望を聞き入れることにした。


「わかりました。各班のリーダーに、五十万リーブルの予算を配布しましょう。他にも何かあったら遠慮なく言って下さい」


「ありがたき幸せ!」


 俺はふと思いつきアラン・バロールに意見を求めた。


「アランは、道普請に騎竜を用いることを、どう思いますか?」


 今日の工事でディー・ハイランドが騎竜を重機のように使っていた。

 俺は合理的と評価したが、フォー辺境伯は『南部人なら思いつかない』と驚いていた。


 南部人でも、ちょっと毛色の違うアラン・バロールは、どう感じただろうか?

 アラン・バロールは、ぐっと眉根を寄せた。


「お話はディー・ハイランド殿からうかがいました。私はあまり感心しません」


「騎竜の使い方としては、ダメですか?」


「はい。騎竜は南部騎士の誇り! 牛馬のように用いるなど言語道断です! 騎士にあるまじき行いです!」


 アラン・バロールは、かなり憤慨している。俺の前で食事をしていたフォー辺境伯が、驚いて手を止めたくらいだ。


「あの男には負けません!」


 どうやらアラン・バロールは、ディー・ハイランドをライバル認定したようだ。


「アランの騎竜に対する思いはよくわかりました。健全な競争は歓迎します。ただ、足の引っ張り合いや批判の応酬は止めてください。同じエトワール伯爵家に仕えているのですから。いいですね?」


「はっ!」


 チームごとに競い合わせる。

 早くも割普請の効果が現れてきた。

 これでエトワール伯爵家の人材が育ち充実してくれれば最高の結果だ。

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