第66話 貴族の流儀 殴られたら殴り返す

「主! 用があると聞いたぞ!」


 ダークエルフのエクレールが引き締まった表情でやって来た。

 ここは屋敷の裏で、ジロンド子爵から届いた壺が三つ置いてある。

 ここにいるのは、俺、執事のセバスチャン、護衛のシューさん、そしてダークエルフのエクレールの四人だけだ。

 妹のマリーも、秘書のシフォンさんもいない。

 エクレールは顔ぶれを見て、秘密の話だとわかったのだろう。


 俺はジロンド子爵の手紙をエクレールに見せた。


「なるほど……。私に顔を確認させたいのだな?」


「そうだ。頼めるか?」


「もちろん」


 執事のセバスチャンによって、ツボの蓋が取り払われる。

 悪臭が漂う。吐きそうだ。

 俺は思わずぼやく。


「夏場にこれはキツいな……」


「まったくだ。さっさと首実検をしてしまおう。主は見なくてもいいぞ」


「いや。俺も見るよ」


 これはエトワール伯爵家当主として避けてはならない。

 この壺の中身は、俺たちの命を狙った下手人の首なのだ。

 俺はグッと奥歯をかみ悪臭に耐える。


 壺の中をのぞき込むと、塩漬けの首だった。

 ガラが悪い連中だと一目見て分かる。

 スゲエな。『ムンクの叫び』みたいな顔で、首を切られて壺に押し込まれている。

 ジロンド子爵は、容赦ないな。


 次の壺、三つ目の壺も同じだ。

 ムンクの叫び三連チャンを見せつけられて、俺はゲンナリだ。

 執事のセバスチャンも俺と同じ気持ちらしく顔をしかめている。

 さすがなのはシューさんで、いつもと変わらない表情だ。


 エクレールは、ジッと三人を観察している。

 三人と数えるのか?

 三首かな?

 とにかく三つの首のコンディションは良く、誰なのか人物判定出来るだろう。


 俺はエクレールに聞く。


「エクレール。こいつらに見覚えは?」


「ああ。この三人で間違いない。主の命を狙っていたグループのリーダーたちだ。これで刺客は全員死んだ。主たちは安全だ」


「ありがとう」


 首実検が終り、執事のセバスチャンが、壺に蓋をする。


 だが、これで事件は終わりとはいかない。

 俺はエクレールを捕らえた時の事情聴取を思い出していた。


『エトワール伯爵の暗殺を依頼したのは誰だ?』


『貴族の使いだ。陰気な雰囲気の人族の男で、四十くらいだった』


 ――そうだ! ジロンド子爵が、エクレールから聞き出してくれたのだ。


 この三つの首以外にエクレールが知っている関係者がもう一人いる。

 貴族の使いの陰気な男。人族、四十歳くらい。

 この貴族の使いは、エクレールにニセの証文を渡した。

 ニセ証文には、ディング伯爵というニセ貴族のサインが記されていた。


 俺はエクレールに確認をする。


「エクレール。この三つの首は、ディング伯爵の使いを名乗る男に雇われた刺客で間違いないな?」


「うむ。間違いない」


「ディング伯爵を名乗る男は、その場にいたのか?」


「いや、いない。使いの男だけだった」


「使いの男の顔を覚えているか?」


「ああ。記憶は良い方だ」


 さて、どうするか……。


 刺客という当面の脅威は排除した。

 この陰謀を仕掛けた人物もわかっている。

 国王ルドヴィク十四世と宰相マザランだ。

 だが、証拠はない。


 証人はいる。

 貴族の使いの陰気な男。

 この男は宰相マザランの命令で動いているのではないか?

 ならば、使いの男を捕らえて、宰相マザランに突き付ければ……。


 いや、ダメだな。

 使いの男を宰相マザランに突き付けても、そんな男は知らないとシラを切るだろう。

 マザランは国の宰相なのだ。

 どこの馬の骨とも知らない男の証言など証拠にならない。


 それに、使いの男を宰相マザランに突き付ければ、俺は宰相マザランと表だって対立することになる。


『国王と宰相マザランが、エトワール伯爵家に陰謀を仕掛けた!』


 そう声高に俺が叫んでも、俺の味方はいないだろう。

 例えば、ジロンド子爵などは、心情的に俺に味方したくても、『お家の存続』を考えれば味方は出来ないはずだ。

 何せ相手は国王と宰相なのだ。


 そう考えると、使いの男を捕まえるのは悪手ではないだろうか?


 では、使いの男の居場所を突き止めて監視する?

 宰相マザランの手下を一人一人調べて監視を付ける?


 いや、それも現実的じゃない。

 現在のエトワール伯爵家は新興貴族家と変わらない状態で、信頼できる家臣が少ないのだ。

 スパイ組織のように敵の組織を監視するなんて無理だ。


 だが、何もしないというのも良くない。

 また、同じこと――刺客を送り込まれても面倒だ。


 俺は腕を組んだまま考え込んでしまった。

 俺の迷いを感じた執事のセバスチャンが冷静な口調で問うてきた。


「ノエル様。エクレールを王都へ送り込んで、この件を調査させたいのではありませんか?」


「うん……」


「主! 喜んで王都へ行くぞ! 貴族の使いを名乗った男を捜し出す!」


 エクレールはやる気満々だ。

 俺はエクレールに悩んでいることを話した。


「エクレールのやる気はありがたいが、俺は先が決められないのだ」


「先? 貴族の使いを名乗った男を捜し出し、主たちを狙えと命じた者を突き止める」


「そして?」


 俺の問いにエクレールが、暗い笑みを浮かべた。

 俺は首を振る。


「主犯の目星はついている。国王と宰相だろう。だが、殺すのは不味い」


「なぜだ? 主たちの命が狙われたのだぞ!」


「国王と宰相を殺しても、王族が王位を継ぎ、宰相の一族が貴族位を継ぐ……。次代の国王や宰相の跡継ぎが、俺と対立するだろう。結局、命を狙われる状態は変わらない。悪くすると国王の軍勢が攻めてくる」


「なるほど。暗殺は悪手というわけか……」


 俺の悩みをエクレールが理解してくれた。

 執事のセバスチャンもアゴに手をあてて悩む。


 するとエルフのシューさんが口を開いた。


「ノエルは最終的にどうなって欲しい?」


「そうだな……。俺たちの暗殺をあきらめて欲しい」


「なら国王と宰相にメッセージを送れば良い」


「手紙を書けと?」


 俺の言葉にシューさんが首を振る。


「使いの男とその首を宰相の屋敷に放り込めば?」


「物騒な提案だね……。宰相の屋敷は大騒ぎになるぞ!」


「それで良い」


 執事のセバスチャンが、指をパチンと鳴らした。


「なるほど。宰相へのメッセージですね! 『オマエが犯人だと、わかっているぞ!』というわけですね?」


「そう。宰相が刺客を放った張本人なら、復讐を恐れて自分の守りを固め、こちらにちょっかいを出すのは躊躇する。宰相はバカじゃないでしょ?」


 なるほどな。

 確かに、宰相への警告になる。


「俺たちにちょっかいを出したら、オマエがこの首と同じ目にあうぞ……か……。かなり強い警告になる」


「ノエルは、まだ少年だからナメられやすい。荒っぽい面も見せておいた方が良い」


 確かにシューさんの言う通りだ。

 王都ではなめられっぱなしだった。

 王都を出る時に、玉座を金の便座に変えてきたが、あれは子供の悪戯の範疇……。


「ここらで国王と宰相のケツを蹴り上げるか!」


 俺の言葉に執事のセバスチャンは片頬だけで笑い、シューさんはいつもと変わらない表情でうなずく。

 そしてエクレールは、好戦的な笑みを浮かべていた。


 俺はエクレールに命じた。


「エクレール。王都パリシイへ向かい、貴族の使いを名乗った男を捜し出せ! そして宰相の屋敷に男の死体とこの三つの首を放り込むのだ!」


「主! 承った!」


 殴られたら殴り返す。

 シンプルで野蛮だが、侮られないためには必要な貴族の流儀だ。

 俺はエクレールにつられてか、好戦的に笑っていた。

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