第61話 高速ヨットの試運転

 ――朝!


 俺とシューさんは、寝不足である。

 だが、時間は待ってくれない。執事のセバスチャンに叩き起こされ支度をし、みんなと一緒に海岸に来た。


 白い砂浜と青い海。ふう……寝不足の目に、日差しがまぶしいぜ!


「こ……これが新しい船! 美しい船だな!」


 ダークエルフのエクレールが、白い砂浜に置かれた新しい船を見て感嘆する。

 俺が生産スキルで生成した船は、大きな帆を持つ双胴のヨットだ。

 カラーは白をベースに、船体と帆に青い彗星マークを描いた。馬車と同じマーク、工房のシンボルだ。

 俺はポンと船体に手を置く。


「これはF50という船だ」


「エ、エフィ?」


 F50。名前の由来は船の長さが50フィートだからだ。

 双胴船で船体の長さは、およそ十五メートル。全幅は八.八メートル。

 二つの船体は板状のブリッジとネットでつながっているので、人が行き来することが出来る。


 ダークエルフたちが、ワラワラとF50に群がる。

 若い男のダークエルフが、船体をコンコンと叩く。


「船体は……? これは何だ? 木ではないな?」


「新素材で出来てる。頑丈で、軽く、海水に強い」


「新素材……凄いな……!」


 若い男のダークエルフはゴクリとつばを飲み込む。


 船体はCFRP――カーボン・FRP、炭素繊維強化プラスチック製だ。日本では船や飛行機に使われていた石油素材だ。嫌われ者だった『黒い水』つまり石油から生産スキルで、船体を生成した。


 別のダークエルフの男が帆を触りながら、マストを見上げる。


「マストが高いし、帆が大きいな」


「その分、スピードが出るぞ」


 マストの高さは二十四メートル。ビルの八階と同じ高さだ。

 この高いマストに張った帆に風を受ければ、最高速度は時速百キロ出るはずだ。


 俺は操作方法をダークエルフたちに教える。

 舵を切るのは、ハンドル。

 帆は二つ、大きなメインセールと小さめのセールがつく。

 船体下部には水中翼がついている。ほとんどの操作は、レバーやハンドルで行う。


 本物のF50のようなエレクトロニクス器機はついていないが、油圧システムは実現出来たので、操作感は良いと思う。


 とはいっても、こんなことはダークエルフの連中に話してもわからない。

 全ては俺が前世日本で見たF50のビデオで知ったことだ。生産スキルを使って再現したが、この世界の人間には理解不能だろう。


「まあ、とにかく物凄く早い船ってことだ」


「よし! 早速乗ってみよう!」


 ダークエルフのエクレールが音頭をとって、船を海へ出す。

 ダークエルフの六人、俺、護衛としてエルフのシューさんが、船に乗り込む。


 大丈夫かな? と心配していたが、ダークエルフたちはすぐにF50の操作に慣れた。低速の操船に問題はない。


 さあ、ここからが本番だ。


 グラインダーという手回し車をダークエルフの若い男が回した。

 船体下の水中翼が海中へスライドしていく。

 そして船体が浮き上がり、スピードが上がる。


 ダークエルフたちから驚く声が上がる。


「は、早い!」


「おい! 空を飛んでいるぞ!」


「海面を滑るようだ!」


 よし! 高速でも操船は問題ない。船体や帆にも異常は見られない。これなら大丈夫だろう。


 俺はシューさんと左側の船体に座っていた。右側の船体で舵を切るエクレールが、嬉しそうに話しかけてきた。


「主! これは凄い船だぞ!」


 興奮したエクレールの声が風に乗ってきた。

 俺は風の音に負けないように、大きな声で返事をする。


「そうだろう! スピードなら国一番だと自負しているよ!」


「この船の名前は?」


「エクレールがつけていいよ!」


 今日は試運転だから俺が乗り込んでいるが、普段はエクレールたちが使う船だ。

 エクレールたちが名前をつけた方が良いだろう。


 エクレールは、すぐに名前を思いついた。


「ラファール号は、どうだろう?」


「ラファール……疾風か! 良い名前だ! 決まりだ!」


 早そうな良い名前だ。船の名前はラファール号に決まった。

 ウキウキのエクレールが、目をキラキラさせて、嬉しそうに叫んだ。


「さあ! ラファール! 風をつかめ! 水平線までひとっ飛びだ!」


 ラファール号は、さらに速度を上げた。非常に安定している。

 安心して乗っていられるし、乗り心地も悪くない。


 見ればシューさんが、ウトウトしている。

 朝まで作業をしていたからな……。

 ああ……俺も眠くなってきた。



「主! 起きろ! 到着したぞ!」


「ん……」


 どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 ほんの数分だと思うけど……。


 俺はノビをしながら、エクレールに聞く。


「ごめん。寝ていたね。どのくらい時間が経った?」


「およそ三時間だな。ちょうど昼だ」


 見上げると、太陽が真上に差し掛かろうとしている。

 思ったよりも、長い時間寝てしまったようだ。


 しかし、長い試運転だな。

 ダークエルフたちは、よほどこのラファール号を気に入ったのだろう。


 辺りを見回すと、ラファール号は海岸に近いポイントに停泊していた。


 あれ……?

 白い砂浜がないぞ……?


 ゴツゴツとした岩場が見える。

 俺の領地の近くにこんな海岸があったかな……。


「エクレール。ここはどこ?」


「ダークエルフの里だ」

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