第39話 黒い水を吸い込め!

 俺たちは黒い水が湧き出る場所――石油の湧出地点へ向かった。


 俺、妹のマリー、執事のセバスチャン、護衛でネコネコ騎士のみーちゃん、エルフのシューさんが一塊になって移動する。


 俺たちの前を村長のベント老人と村人の男二人が歩く。

 男二人は農民で、顔つきは王都によくいる西洋人っぽい顔つきだ。

 年齢は、三十歳くらい。

 粗末な服を着て少々臭う。


 本人たちも分かっているのだろう。

 領主に粗相がないようにと少し離れて先行している。


 川の水が使えなくて洗濯も水浴びもロクに出来ないのだろう。

 正直、気の毒だ。

 早く石油の湧出を止め、川の水をきれいにしなければ。


 湧出地点に近づくと石油独特の臭いが鼻をつく。

 俺は前世日本で嗅いだことがある臭いなので平気だが、妹のマリーや執事のセバスチャン、エルフのシューさんは辛そうだ。


「みーちゃんは平気そうだね」


「ニャー。大丈夫ニャ」


 ネコネコ騎士のみーちゃんは、ネコとして日本にいたので、多分ガソリンスタンドで嗅いだことがあるのだろう。

 平気そうにしている。


「ご領主様。到着しました」


 昨日と同じ場所で同じ光景が広がっている。

 黒い水がたぷたぷしていて、辺り一帯が沼になっているのだ。


 俺はジッと石油で出来た沼を観察した。


 あった!


 沼の中央付近に『ボコン! ボコン!』となっている所がある。

 あそこが湧出地点だろう。


 石油――黒い水は井戸を掘っていたら出てきたと、村長のベント老人が言っていた。

 俺は村長のベント老人に、井戸を掘った場所を確認する。


「ベント老人。あのボコン! ボコン! となっている辺りが井戸を掘った場所だろうか?」


「そうでございます。あの辺りです」


 よし……。

 あの場所の地面を塞げば、とりあえず石油の湧出は止まるだろう。


 問題はどうやって塞ぐかだ。

 俺の立っているところから、石油の湧出地点まで目測で二十メートルの距離がある。

 沼の中央にあるので、人力で岩を運んだり、土を運んだりして、井戸掘り穴を塞ぐのは無理だ。


 するとやはり魔法か?


 俺はエルフのシューさんを見た。


「シューさん。土魔法で、あのボコン! ボコン! となっている場所の地面を塞げませんか?」


 シューさんは眉をへの字にした。


「私は土魔法を使えない。苦手な属性」


「シューさんは何でも出来そうだけど、苦手な属性があるんですね……」


「私は風と火が得意。聖属性は、使える程度。水と土はダメ。私が水魔法や土魔法を使えそうに見える?」


「あー……」


 言われてみれば、水魔法は、透明感のありそうな、水色が似合う乙女が使いそうな魔法だ。

 土魔法は、優しくて力持ち、堅実な人柄をイメージする。

 どれもシューさんには似合わない。


 俺が残念そうな声を上げると、シューさんが俺を軽く蹴飛ばす。

 地味に痛い。


 シューさんの魔法がダメなら、俺のスキル【マルチクラフト】でやるしかない。


 だが、スキル【マルチクラフト】について、領民には知られたくない。


 現在、スキル【マルチクラフト】について知っているのは、俺、執事のセバスチャン、そしてスキルを覚醒させてくれたネコネコ騎士のみーちゃんの三人だけだ。


 道中馬車の改造を行ったが、ネコネコ騎士のみーちゃんに妹のマリーとエルフのシューさんの意識を引いてもらっている間に、こっそり作業していた。

 シューさんは、エリクサーの件があるので、薄々気が付いているかもしれないが、ギリギリまで秘密にしておきたい。

 俺の切り札であり、領地の切り札でもあるのだ。


 俺は村長のベント老人と二人の村人に、後ろを向いて耳を塞ぐように命じた。


「マリーも目をつぶってくれるかな?」


「えっ? お兄様? どうしてでしょう?」


「いないいないばあニャ」


 ネコネコ騎士のみーちゃんが、俺が何をするか察してマリーの耳を手で塞ぐ。


「みーちゃん! くすぐったい!」


「ニャ~。目をつぶるニャ~。そういう遊びニャ。目を開けたらビックリするニャ」


「そうなのですか? では、目をつぶりましょう」


 後はエルフのシューさんだけだが、シューさんも察してくれたらしい。


「私は少し見回ってこよう……」


「悪いね。ありがとう」


「うむ……」


 シューさんは、右手に持った魔法の杖をクルクルと回しながら離れていった。


「よし! セバスチャン! 手早くやるぞ!」


「かしこまりました! 材料はここに!」


 セバスチャンが、布袋型マジックバッグを下ろした。

 この中に、王都で屋敷を解体した石材や木材などの素材や鉄のインゴット、魔石などが入っている。


 俺は、木材ブロック、鉄のインゴット、魔石を取り出した。


「これで樽型のマジックバッグを作る」


「樽型でございますか?」


「うん。上手く行けば、すぐに解決だ! スキル発動! 【マルチクラフト】!」


 俺は用意した素材に手をかざし、生産スキルを発動した。

 俺が生産したい樽型のマジックバッグを、スキルが読み取り設計をして行く。

 目指すのは液体を収納可能な大容量のマジックバッグだ。

 収納できる液体は一種類で良い。

 容量は大きくして、重量軽減機能もつける。


 どうやら生成出来そうだ。

 材料は足りている。


 スキルによる設計が終わり、生成プロセスに入る。


 魔力が黄金の光りとなってほとばしり、スキルが七色の光りを発する。

 俺の目の前に、樽型のマジックバッグが生成された。


 見た目はワインやエールが入っている木製の樽と変わらない。

 だが、これは液体専用のマジックバッグなのだ。


 樽型なのにバッグとは、これいかに……。

 まあ、機能的には、マジックバッグだからね。


「出来た! セバスチャン! 手伝ってくれ!」


「かしこまりました」


 執事のセバスチャンと二人で樽型マジックバッグを、原油の沼へ向かって運ぶ。

 原油の沼の淵でそっと樽型のマジックバッグを横にする。

 樽の淵が、原油に触った。


「触れた液体を収納!」


 俺が樽型マジックバッグに収納を指示すると、樽の横についている魔石がピカリと光り、樽型マジックバッグが原油を一気に吸い込み始めた。


 物凄い勢いで、原油を吸い込む。

 原油を吸い込む反動で、樽型マジックバッグが振動している。


「おおお! ノエル様! 凄いです!」


「セバスチャン! しっかり抑えろよ!」


 俺と執事のセバスチャンが、樽型マジックバッグを必死に抑える。

 時間にして一分ほどで、原油の沼はきれいさっぱり消えてなくなった。

 樽型マジックバッグが原油を吸い込んだのだ。


 原油の沼は消え、地面が見える。

 そして沼があった中心地点に、掘っていた井戸と思われる木の囲いが姿を現した。

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