第26話 前世の転職男

「ノエル様! 何をおっしゃるのですか!」


「お兄様!」


「ダメニャ!」


 俺がダークエルフを引き受けたいとジロンド子爵に告げると、執事のセバスチャンが真っ先に反対した。

 妹のマリー、ネコネコ騎士のみーちゃんも口を尖らせ反対する。


「ノエル様! 執事の立場で申し上げることではありませんが、このダークエルフを配下に加えるなどお止め下さい! 寝首をかかれますよ!」


 執事のセバスチャンが、物凄い勢いで反対と口にした。

 ここまで強い口調で物言うのは珍しい。

 よほど嫌なのだろう。


 それに、寝首をかかれる危険性は確かにある。


 続いてジロンド子爵が優しい口調で俺を諭す。


「エトワール伯爵。配下を増やしたい気持ちはわかるが、ちょっと心配だよ」


「……」


 俺としても不安があるので、反論出来ない。

 ダークエルフを仲間にするメリットがある一方、デメリットも大きい。

 寝首をかかれる……。

 仲間の反発がある……。


 メリットとデメリット。

 リスクとリターン。


 俺の頭の中で色々な要素がグルグルと回り、考えれば考えるほど分からなくなった。


 そもそもエトワール伯爵家は没落してしまった貧乏貴族で、先代の父上はギャンブル狂い。

 俺は帝王学など教育されていない。


 記憶にある前世日本でも、ごく普通の会社員だった。

 人事に関わった経験はない。


 ダークエルフを仲間に加えるか、否か。

 的確な判断が出来るわけがない。


 俺は考えることが嫌になって、判断を投げ出してしまおうかとも思った。


「お兄様……大丈夫ですか?」


 妹のマリーだ。

 俺が考え込んでいたのを心配して、そばによって俺の手を握った。


 そうだ……。

 俺はマリーを守らなくてはならない。

 父上も母上もいないのだ。


「大丈夫。よく考えなくてはならないことだから、ちょっと考え込んでいただけだよ」


 俺はマリーに向かって笑顔を作った。

 そして、一つ深呼吸をする。


 何か参考になる事例はないだろうか?

 前世の知識でも良い。

 ビジネス本で読んだことでも、職場で聞いた話でも……。

 何か参考になることはないか……。


 俺は自分の記憶を探った。

 すると一つの出来事が頭に浮かんだ。


 前世の勤務先で転職してきた男がいた。

 俺と同年齢で、超一流企業から転職してきたのだ。


『おい、お茶』

『これコピーして』


 転職してきた男は、女性スタッフや若い社員に威張るので、俺は眉をひそめた。

 嫌なヤツだと思った。


 ある日、俺は社長と話す機会があり、思い切って転職男の件を相談した。


『彼は問題があると思います。ウチの会社のカラーにもあっていません。なぜ、彼を採用したのですか?』


 怒られるかなと思ったが、社長は静かに答えてくれた。


『会社はね。同じタイプが揃っていると弱いんだ。だから、違うタイプが必要なんだよ』


『違うタイプ?』


『そう。君とは違うタイプで、気が合わないかもしれない。職場で浮いているかもしれない。けれど、色々なタイプを揃えていた方が会社は強いんだ』


『……』


 俺は社長のことを尊敬していた。

 社長の言葉に納得は出来なかったが、『そういうこともあるのか。社長が色々なタイプを揃えたいなら、それで良い』と矛を収めた。


 それから一年後、転職男が俺に話しかけてきた。


『お客様先でトラブルが起きた。力を貸して欲しい』


 転職男は営業で、海外から日本に進出してきた企業を担当していた。

 困っているらしい。


 俺は『感情と仕事は別だ』と割り切って、転職男に同行した。


 トラブル自体は解決することが出来た。


 驚いたのは転職男の行動だ。

 転職男は、お客様の職場で非常に腰が低く、床に額がつくほど頭を下げていた。


『あ、重そうですね。私がお手伝いしますよ』


 転職男は、クソ暑い日でもスーツの上着を絶対に脱がない。

 だが、客先では上着を脱ぎ、腕まくりをして、重そうな荷物を運ぶお手伝いをしていた。


 俺は会社にいる時とあまりに態度が違うので驚いた。

 同時に感謝をした。


 こんなにお客様先で頭を下げてくれているんだ。

 契約を切られないように、会社を守るために、荷物を運び、汗をかいてくれているんだと。


 社長が言っていた言葉の意味がわかった。


 俺は、転職男のように頭を下げたり、気を利かせて荷物を運んだりすることは出来ない。

 転職男のようなタイプがいたから、あの企業の契約が取れて、契約が続いていたのだ。



 社長の言葉を、今の俺たちにあてはめてみる。


 俺、妹のマリー、セバスチャンは、同じタイプだ。

 貧乏とはいえ、貴族家で生活をしていたので、物腰が柔らかく品が良い。


 ネコネコ騎士のみーちゃんは、元々猫であり女神様の使いである。

 日本の知識があるので、俺と重なる部分がある。

 俺と近いタイプだ。


 エルフのシューさんは、俺とは種族も違えば、生活していた環境も違う。

 違うタイプだ。


 違うタイプのシューさんがいたからこそ、毒や襲撃から生き残れた。


 俺の仲間には、違うタイプが一人しかいない。

 社長の言葉を参考にするなら、俺と違うタイプを増やした方が良い。


 さらに、先ほどの戦いで大活躍したシューさんが『仲間にしろ』と言うのだ。

 能力が高いに違いない。


 俺は腹をくくって、ジロンド子爵を真っ直ぐ見た。


「ジロンド子爵。お心遣いありがとうございます。まず、彼女と話をして、可能なら仲間に加わってもらおうと思います」


 ジロンド子爵は、俺の目をじっと見つめた。

 俺の覚悟を問うているようだったので、俺は『本気ですよ』と意志を込めて見つめ返した。


 やがてジロンド子爵が折れた。


「そうか……。エトワール伯爵が、そういうなら彼女の身柄は譲ろう。だが、くれぐれも気をつけて」

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