第19話 騎竜とドライフルーツ

 翌日は、一日休みだ。


 マリーは、ジロンド子爵の子供たちと遊び、ネコネコ騎士のみーちゃんは、三人のお守り兼護衛。


 エルフのシューさんは、材料を集めて毒検知の魔導具と毒消しポーション作り。


 執事のセバスチャンは、ゆっくりと休んでもらった。

 セバスチャンもけっこう年だから、ずっと御者をしているのは疲れると思う。

 まだ、旅は続くのだ。

 一日だけだが、ゆっくり体を休めてもらいたい。


 俺は馬車の改造を行い、特に防御面を強化した。

 キャビンは厚い板を入れ、御者台には折りたたみ式の木製スクリーンを設置し、少しでも攻撃を防げるようにした。


 そして、翌々日、俺たちは、ジロンド子爵の領都ギャリアの町を出発した。


 四つの貴族領を縦断し、フォー辺境伯領を目指す。

 俺たちエトワール伯爵家の新領地はフォー辺境伯領の南だ。

 フォー辺境伯領までの道のりは、アリアナ街道をひたすら南下すればよいので道に迷うことはない。

 ジロンド子爵によれば、馬車で十日かかるらしい。


 ジロンド子爵は、約束通り竜騎兵を出してくれた。

 酒の席の話だ、と流されるかなと思っていたが、俺のような子供相手でもしっかり約束を守る。

 さすが南部の有力貴族だ!


「マリーちゃん! 見てご覧! プレッシュの果樹園だよ!」


「わー! 凄い! 美味しそう!」


 ジロンド子爵は、妹のマリーに甘い。

 子供は男の子二人で、女の子がいないからだろう。


 マリーもジロンド子爵に、よくなついている。


 ジロンド子爵の指さす先に、わっさわっさとプレッシュの実をぶらさげた果樹園が見えた。

 地元の農民がプレッシュの実を収穫していて、ジロンド子爵に気が付くと麦わら帽子を脱いで頭を下げた。

 ジロンド子爵は、気楽な様子で片腕を上げ応える。


 俺はキャビンから、妹のマリーと一緒になって外を眺めていた。


「ねえ! お兄様! ドライフルーツは、どれくらいで出来るかしら?」


「どうだろう? 俺も作ったことがないからな。水気が抜けたら出来上がりだよ」


「楽しみ!」


 俺は、グレープフルーツに似たプレッシュで、ドライフルーツを作ってみることにした。

 馬車のルーフの上に木製のザルを載せ、皮をむいた状態のプレッシュを載せる。

 虫がつかないように上からネットをかぶせて、天日干しだ。


 ルーフで見張りをしているネコネコ騎士のみーちゃんがつまみ食いをしなければ、ドライフルーツが沢山食べられる。


 丸顔のジロンド子爵が、騎竜に乗ったまま馬車内の俺たちの会話に参加してきた。


「なるほどねえ。ドライフルーツというのは、知らなかった。ウチの領地で作っても良いかな?」


「もちろんですよ! 南部で広げて名産品にしましょうよ!」


「おお! そいつは良い!」


 南部には領地ごとに名産のフルーツがあるそうだ。

 様々なブドウ、オレンジなどの柑橘類、もっと南に行くとマンゴーも!

 距離と輸送力の関係で南部の中で消費されているだけだが、ドライフルーツにすれば遠くまで輸送が出来る。


 例えば北部は寒くて雪も降る。

 柑橘系のフルーツなど口にすることがない。

 柑橘系のドライフルーツを持ち込めば売れると思う。


「なんか教えてもらって悪いな。エトワール伯爵の領地だけで作れば独占なのに」


「いえ。一つの領地でやるより、こういう物は南部全体で作って南部の名産品とした方が盛り上がりますよ! 商人もあちこちの領地を回るでしょうし、経済が活性化します」


 日本にいた時に、地域の町おこしでB級グルメが流行った。

 一つの店だけじゃなく、沢山のお店が工夫を凝らす。

 この要領で南部の各領地が色々なドライフルーツを製造すれば良い。


 南部で新参者のエトワール伯爵家を売り込む名刺代わりの情報としては、悪くないだろう。


 ジロンド子爵は、騎竜にまたがったまま豪快に胸を反らし笑った。


「ハハハハ! いや、参ったな! エトワール伯爵は、お若いが慧眼だ。じゃあ、ドライフルーツは真似させてもらうよ。ウチの寄子貴族にも教えよう」


「そうして下さい。竜騎兵を出していただいたお礼代わりと思って、遠慮せずどうぞ」


 ジロンド子爵が出してくれた竜騎兵は五騎だ。

 ジロンド子爵が自ら率いる。


 竜騎兵――地球では、銃を装備した騎兵を指す。

 だが、この異世界では本当の竜に乗っている。


 ジロンド子爵が乗っている竜は騎竜と呼ばれ、地竜の一種だ。

 地球のティラノサウルスを小型にした見た目で、後ろ足で歩行するタイプの竜だ。


 ジロンド子爵たちが乗っている騎竜は、野生の小型竜を家畜化した生き物で、何世代にも渡って配合を繰り返された。

 結果、足が早く、体力があり、人の言うことを聞く騎竜が出来上がった。


 生まれてから人に世話をされているので、人によく懐いている。

 見た目以外は、馬と変わらないそうだ。


「お兄様。慣れると竜も可愛いですね!」


 マリーがジロンド子爵の騎竜を褒めると、騎竜が機嫌良さそうに鳴いた。


「グアアアア!」


「ハハ! マリーちゃんに褒められて上機嫌だな!」


 騎竜は大きな目を細めて、軽くステップを踏むように歩いた。

 犬と同程度の知能はあるらしい。

 人に懐いていて、確かに慣れると可愛い。


 だが、戦になると強力だ。

 なんでも、騎竜一匹で精鋭兵士十人分だとか。


 今は穏やかに人を乗せているが、いざ戦となれば人竜一体となって戦う。


 そう、可愛く見えても、騎竜は家畜化された小型の竜――魔物なのだ。


 鋭い爪。

 何でもかみ砕く強力な顎。

 ムチのようにしなる尻尾。

 矢をはじき返す頑丈な皮膚。


 騎竜は陸上の兵力では最強の一角を占める。


 しいて弱点を上げれば、寒さに弱いそうだ。

 ルーツが南方にすむ小型の地竜なので、寒くなると途端に動きが鈍くなり、主のいうことを聞かなくなる。

 ……と、ジロンド子爵が言っていた。


 とにかく、今は俺たちの護衛で騎竜が五騎ついている。

 つまり精鋭兵士五十人が同行している換算だ。

 騎竜を見ただけで、盗賊は回れ右をするだろう。


 国王と宰相からの刺客は、はたしていつ襲ってくるか?


 この騎竜を見て、王都へ帰ってくれると良いな。

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