第9話 馬車とゴーレムとプログラム
「ええ!? 馬車を作るのですか!?」
執事のセバスチャンは驚いているが、俺は自信満々だ。
エトワール伯爵家は貧乏だったので、馬車はとうに売り払ってしまった。
だが、俺は馬車に乗ったことがあるし、レンタル馬車を利用したこともある。
スキル【マルチクラフト】発動に必要なイメージは作れると思う。
必要な材料は木と鉄かな……。
木は屋敷の柱や壁に使われている木材を利用すれば良い。
鉄はエトワール・グラスと物々交換で手に入れた鉄のインゴットがある。
よし!
馬車を作る材料はあるぞ!
執事のセバスチャンを連れて屋敷の外に出ると、もう、すっかり暗くなって月が出ていた。
玄関前の馬車回し――日本でいう車寄せの前に立つ。
「ここに馬車を作れば良いかな?」
「はい。こちらでお願いいたします。本当にスキルで馬車が作れるのでしょうか?」
執事のセバスチャンが不安そうな顔で見ている。
エトワール・グラスを山ほど作って見せたが、作ったのはワイングラスや花瓶だ。
いずれも手で持てるサイズだ。
これから作るのは人が乗り込み荷物を載せる大きな馬車。
大きさはワイングラスの比ではない。
本当にスキルで馬車が作れるのかと執事のセバスチャンが疑うのも無理はない。
だが、スキル保有者の感覚として、何となくだが出来そうなことがわかる。
「じゃあ、始めるよ!」
執事のセバスチャンに命じて鉄のインゴットを屋敷の壁際においてもらう。
これで材料はひとまとめだ。
左手を屋敷の柱――鉄のインゴットが置いてある方へ向ける。
右手は馬車を出現させたい方向――馬車回しの方へ向けた。
目を閉じて頭の中で生成する馬車のイメージを固めていく。
箱型でシンプルな形の木製馬車……。
車輪も木製で前後左右に四つ……。
車軸は鉄パイプにして軽量化……。
車軸に車輪をつけて、四輪が独立して動くように……。
前方に御者台と馬が牽くための長い柄が必要だ。
確か、かじ棒といったな……。
天井には荷物を置けるようにして、見張りで人が乗れる強度に……。
後方にも荷物を置けるように、開閉式の箱を取り付けよう……。
「ノエル様! すごい汗です。大丈夫ですか?」
「静かに! あと少し!」
俺は目を閉じたまま集中を維持する。
脳裏には馬車の完成イメージが少しずつ出来上がってきた。
客室は長椅子を前後向かい合うように……。
扉は開閉式……。
窓を付けて……強度を維持しつつ大きく開放的な窓を……。
ガラスはないから、開け放しで……。
よし! イメージ出来た!
「スキル発動! マルチクラフトぉおおおおお!」
俺が気合いの入った声を上げると、黄金色の光が左手から飛び出し屋敷の柱と鉄のインゴットをのみ込んだ。
そして右手に虹色の光が溢れ、俺がイメージした通りの馬車が現れた。
【馬車:中品質の箱馬車】
出来た!
馬車はイメージしなければならないパーツが多くて大変だったが、これで移動が楽になるぞ!
執事のセバスチャンが、箱馬車を眺めながら感嘆の声を上げる。
「おおっ! 素晴らしい! ノエル様! 立派な馬車です!」
「ふうう……上手く行った……」
「ノエル様。早速、馬を調達して参ります。夜ですが、商業ギルドに交渉すれば何とかなるかと」
「待ってくれ! 考えがある!」
当たり前のことだが、馬車には、馬が必要だ。
馬には餌や水が必要だし、休憩も必要だ。
それって効率が悪くないか?
馬の代わりに牽引してくれる物があれば良い。
そこでゴーレムはどうだ!
ゴーレムなんて、俺も見たことがない。
だが、存在すると聞いたことがある。
この世界に存在するなら作れるのでは?
「ちょっと作りたい物があるから待ってくれ」
俺は執事のセバスチャンを待たせて、ゴーレム作りにチャレンジする。
材料は屋敷の基礎に使われているレンガで良いだろう。
そして、エトワール・グラスと交換した中品質の魔石だ。
屋敷の基礎の近くに中品質の魔石を置く。
左手を材料の方向へ向け生成したいゴーレムのイメージを脳内に描く。
ボディはレンガ製で、フォルムは馬型。
馬のように歩き、走り、止まる。
「スキル発動! マルチクラフト!」
馬型のゴーレムが現れたが、すぐにガラガラと崩れてしまった。
執事のセバスチャンが、残念そうな声を出す。
「ああ~」
「うーん、姿形はイメージに近かったのだが……」
「ちゃんと馬の形をしておりました」
「イメージが不完全だったのだろう。何度か試してみよう。スキル発動! マルチクラフト!」
俺はイメージをし直して、生産スキル【マルチクラフト】を発動した。
結果は同じで、一瞬、馬の形を作るが崩れてしまう。
「スキル発動! マルチクラフト!」
「スキル発動! マルチクラフト!」
「スキル発動! マルチクラフト!」
「スキル発動! マルチクラフト!」
俺は何度もイメージをし直して、生産スキル【マルチクラフト】を発動した。
しかし、上手く行かない。
何度やっても、ゴーレムは崩壊してしまう。
おかしい……。
材料は間違っていない。
スキルが、この材料で作れると教えてくれている。
俺は腕を組んでジッと考える。
外側はイメージ通りに出来てる……。
では、中身の問題か?
中身……?
つまりソフトの問題?
俺はアゴに手をあてて考えをまとめ直す。
生成に成功した馬車は、かなり具体的なイメージをした。
ゴーレムが生成に失敗したのは、ふわっとしたイメージだから?
特に中身のイメージが抽象的だから?
ならば、根本的に考えを改め、
俺は座り込み、地面に指で書き起こす。
中品質の魔石をコアとし、魔法陣で動きをコントロールする。
魔石がチップにあたり、魔法陣がプログラムだ。
では、必要な動作モジュールは……?
歩く……、走る……、止まる……、方向を変える……、御者の命令を聞く……。
俺は必要とする機能を思い浮かべ、地面に書き起こし続ける。
基本的な動きは、独立したモジュールとして御者の命令に応じて呼び出す。
つまり、歩く魔法陣、走る魔法陣、止まる魔法陣、右へ曲がる魔法陣、左へ曲がる魔法陣を用意する。
これらが動作モジュールだ。
そして、御者の命令を聞きとる魔法陣を用意して、聞き取った命令を動作モジュールへ受け渡す。
ここはイフ文で条件分岐して、各モジュールに分岐。
モジュールにない命令は、エラーを返す。
これで最低限の機能、御者の命令を聞いて動くゴーレムのプログラム構成だ。
「あっ!」
俺は思わず声を上げた。
スキルが、また進化したようだ。
設計する機能が追加されたようだ。
スキルが補助をしてくれる。
必要な機能を思い浮かべ地面に考えをまとめると、魔法陣が頭に描かれていくのがわかった。
複雑な魔法陣が脳裏に描かれていく。
だが、これでは……、まだ足りない。
エネルギーモジュールが必要だ。
ゴーレムを動かすエネルギー源は魔力とし、コアの魔石から供給される。
魔力は外部から補給できるようにしよう。
それに、曲がる時の角度、走る速度を調整する必要があるな……。
夜間走行を考慮すると、ヘッドライトも欲しい。
光属性の魔法陣を組み込んで、目が光るようにしては?
俺は必要なファンクションをさらに洗い出し、地面に書き出す。
そして、スキルの設計機能が魔法陣を脳裏に描く。
どれくらい時間が経っただろうか?
一時間? 二時間?
かなり長い時間集中していた。
少し頭痛がする。
だが、ゴーレムのイメージはしっかりと出来た。
見た目だけでなく、機能面もバッチリだ。
俺は両手をかざしてスキルを発動した。
「スキル発動! マルチクラフト!」
左手から金色の光、右手から虹色の光。
体の中からゴッソリと魔力が抜けたのを感じた。
虹色の光が消えると、目の前にレンガ色の馬型ゴーレムが立っていた。
【ストーンゴーレム(馬型):中品質 耐久力普通 一日一回魔力供給が必要】
「出来た! 完成だ!」
ちゃんと動くだろうか?
俺はドキドキしながら、馬型のストーンゴーレムに命令を下した。
「歩け!」
馬型ストーンゴーレムは、真っ直ぐ歩き出した。
執事のセバスチャンが驚き目を見張る。
「おお! 素晴らしい!」
「まだまだ……、止まれ!」
馬型ストーンゴーレムは、俺の命令を聞くとピタリと停止した。
俺は馬型ストーンゴーレムの動作試験を繰り返し、馬車をつないで本番環境テストを行った。
問題となるバグは見当たらず、無事カットオーバーにこぎ着けた!
さあ、南へ向かうぞ!
※モジュール:一つの動作をするプログラムのブロック。
※カットオーバー:開発したシステムが完成し、お客様に引き渡す。本番サービス開始、つまりシステム開発作業の終了を意味する。
※要件定義:システム、ソフトウェアなどを開発する際に、どんな機能が必要かを検討する重要な作業。
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