第2話 国王の陰謀

 セバスチャンが王宮に使いを出すと、『すぐに参内さんだいせよ』と返事が来た。

 俺は急いで王宮へ向かった。


 ルナール王国の王都パリシイ。

 ルナール王国は、大陸でも一二を争う強国で、王都パリシイは『薔薇ばらの都』と呼ばれる。


 各貴族は地方に領地を持っているが、王都パリシイに王都屋敷を持つ。

 王都は何かと便利なので、王都に住む貴族が多い。


 俺が参内する王宮は、今代こんだいの王様が新しく建設したソレイユ宮殿。

 太陽が住まう宮殿という意味で名付けられたそうだ。


 薔薇の都に建つ壮麗なソレイユ宮殿で、ルナール王国貴族たちは夜な夜な華やかな社交を繰り広げているらしい。


 なぜ、『らしい』なのかというと、我がエトワール伯爵家は父がギャンブルで借金を作ったので社交界に参加するお金がないからだ。

 俺は伯爵家の子供だが、王宮に来るのは初めてだ。


「はぁ……」


 俺は人に聞こえないように小さくため息をつく。


 初めて参内したソレイユ宮殿は、美しい宮殿だった。

 白い壁に金の装飾が施され、床は白と黒の大理石が交互に敷き詰められている。


 あちこちに大きな絵が飾られ宮殿の風景を一層華やかにしている。

 さぞ高名な画家の手による絵なのだろう。


 目にも鮮やかな赤い制服を身につけた侍従じじゅうに案内されて、俺はソレイユ宮殿の廊下を歩き続ける。

 広大なソレイユ宮殿は、今も拡張工事の真っ最中で庭園やら劇場やらを造営しているらしい。

 どれだけ金をかけるんだ!


 俺は、あちこちに当て布をつくろったツギハギのある子供用のボロイ貴族服を身にまとい、すり切れた革靴をはき、栄養不足の小さな体で侍従の後を必死になって追った。


 ぜいを尽くしたソレイユ宮殿の中で、俺の身なりは非常にみすぼらしく見えるだろう。


「あの……。どこまで歩くのでしょうか?」


 もう、十五分以上歩かされている。

 俺は歩き疲れてきた。


 侍従は前を向いたまま俺に答える。


「太陽神の間まで、あと五分ほどです」


「太陽神の間?」


「はい。国王陛下が貴族の方々を謁見する場所です」


 侍従の口ぶりは、『そんなことも知らないのか!』といった雰囲気で、あからさまに俺をバカにしていた。

 俺は腹が立つよりも情けなさが先立ち、侍従の口調をとがめることが出来なかった。

 そりゃ、伯爵の息子なのに、王宮に来たことがないなんて、バカにされても仕方がない。


 息を切らせて侍従の後をついて歩き、太陽神の間にたどり着いた。


 太陽神の間は、バスケットボールが出来そうな広い部屋だった。

 神々しい天井画に、金色に輝く豪勢なシャンデリア。

 壁は赤い布が貼付けられ、金色の飾り付けが施されている。


 国王の力を否応なく見せつけられた気分だ。


 その国王は、豪奢ごうしゃな太陽の間の一番奥で、これまた豪奢な赤と金色にいろどられた玉座に足を組んで座っていた。


 国王ルドヴィク十四世陛下だ。

 年齢は二十四才。

 短めに整えられた金色の髪に、きれいな顔立ち。


 しかし、目つきは鋭い。

 何者も寄せ付けない冷たい眼差しだ。

 ひざまずく俺をゴミのように見つめ、やがて口を開いた。

 ザラリとした嫌な声だ。


「エトワール伯爵家のノエル? はて、舞踏会で見かけた記憶がないが?」


「……」


 俺は答えられずにいた。


『父がギャンブルで金を使い果たし、社交界に参加するための費用がありませんでした』


 などと答えられるわけがない。


 俺が黙って下を向いていると、部屋の横に控えていた壮年の男が進み出た。

 でっぷりとした体格とゆったりした服にもっさりした黒髪……。

 宰相マザランだ。


 宰相マザランは、よく響く声でゆったりと話し始めた。


「陛下。亡くなったエトワール伯は、賭博とばくに夢中になっておりました。借金も相当な額であったとか……。ゆえにエトワール伯爵家は貧しく、社交をするついえがなかったのでしょう」


「なんと! 真か!?」


「事実にございます。領地も! 領地の税収も! 借金のカタに差し押さえられております!」


「怪しからん! ルナール王国貴族にあるまじき行いだ! 宰相! エトワール伯爵家の存続を許しても良いのか?」


「大問題でございます! しんも疑問に思います」


「ふーむ……」


 雲行きが怪しくなってきた。

 コレは不味い!

 爵位継承がダメなのか?


「お、お待ち下さい! 確かに父はギャンブルに熱中しましたが、私は賭け事に興味はございません。陛下と王国のために一生懸命お仕えいたします!」


 俺は必死に訴えた。

 しかし、国王ルドヴィク十四世陛下は、興味なさそうにそっぽを向いている。


「もう良い! エトワール伯爵家は取り潰すことに――」


「陛下、お待ち下さい」


 宰相マザランが柔和な笑顔で、国王ルドヴィク十四世陛下を止めた。


「ノエル殿は、まだ十三才になったばかり。さらに妹御いもうとごは八才。放り出すのはあまりに哀れと存じます」


 俺は『おや?』と思った。

 先ほどまで、俺に対して批判的だった宰相マザランが、急に俺を弁護し始めたのだ。


 国王ルドヴィク十四世陛下は、宰相マザランの言葉に耳を傾ける。


「ふむ……。しかし、王国貴族が賭博で借金をして首が回らなくなるなど醜聞しゅうぶんはなはだしい。当人が死んだからといって、許されることではないぞ?」


「そこで臣に提案がございます。エトワール伯爵領を返上させるのです。ノエル殿が領地を返上することで、王国と陛下から許しを得る。いかがでございましょう?」


「なるほど、なるほど。考慮に値するな」


 領地を返上だと!?

 とんでもない話になって来た!


 そもそもルナール王国は、貴族の力が強い国なのだ。

 ルナール国王家はルナール王国の中で、もっとも有力な貴族、もっとも力のある貴族といった位置づけで、各地域の貴族が独自に政治を行っている。

 貴族は王国の危機に際して『兵を出す義務』があるだけだ。


 王家は各貴族家の領地や爵位を承認する存在で、領地を与える立場ではない。

 領地を返上するなどという話自体がおかしいのだ。


 俺は、すぐに抗議した。


「お待ち下さい! 我が領地は先祖が命がけで得た領地です!」


「しかし、今は借金のカタに差し押さえられておりますなぁ」


「グッ……」


 宰相マザランの指摘に、俺は言葉に詰まる。

 そして強烈な違和感を覚えた。

 何かがおかしい。


 宰相マザランは、俺のエトワール伯爵家を批判したかと思うと、俺を若年じゃくねんだとかばい、そして『借金のカタに領地が差し押さえられている』と、また立場を批判する側に入れ替えた。


 宰相マザランは、敵なのか味方なのか、よくわからない。


 そもそも爵位継承を願い出たら、その日のうちに参内が許されたのもおかしい。

 国王の謁見スケジュールは混み合っているので、有力貴族で数日、長ければ数ヶ月は待たされると聞いたことがある。


 それに、謁見したらしたで、エトワール伯爵家の内情について暴露されてしまう。

 なぜ、詳しく知っている?

 いつ調べた?


 何もかもが不自然……。

 この違和感は何だ?


 玉座に座る国王ルドヴィク十四世陛下は、肘掛けに寄りかかり頬杖をついてニヤニヤと笑っている。


「あっ……」


 国王ルドヴィク十四世陛下の表情を見て、俺はさとった。

 父を毒殺したのは、ルドヴィク十四世陛下と宰相マザランだ。

 ルドヴィク十四世陛下は、エトワール伯爵家の領地が欲しいのだ。


 エトワール伯爵家の領地は、王都の北方にあり交易路の要所……。

 狙われていたのか!


 宰相マザランが俺に近づき肩に手を置いた。

 口元は笑っているが、目は笑っていない。


「ノエル殿。陛下に忠誠を示すのです」


「し……しかし、領地を返上しては、私も妹も住むところを失います」


代替地だいたいちは私が陛下にお願いいたしましょう」


「代替地……」


 やられた……!

 代替地など簡単に見つかるはずはない。

 エトワール伯爵家をおとしいれる陰謀が仕組まれていたのだ。


 だが、今になって陰謀に気が付いても遅い。

 陛下と宰相が描いた絵の通りになっているのだろう。


 宰相マザランが、俺の肩に置いた手にグッと力を込めた。


「ここが肝心ですぞ!」


 俺に選択肢はない。

 俺は内心の激情を抑え、顔の表情を消して、父の敵である陛下と宰相が望む言葉を口にした。


「領地を返上いたします……」


「ウム! 良いだろう! ノエル! オマエの爵位継承を認めよう。以後、ノエルはエトワール伯爵を名乗るが良い」


「ありがたき幸せ……」


 ――屈辱。


 俺は湧き上がる怒りを必死で抑えた。

 いっそこの場で、国王につかみかかりたい。


 頭を下げる俺に、国王ルドヴィク十四世は、続けて言葉を投げつけてきた。


「ああ、それから、王都から出て行け」


「は?」


「エトワール伯爵家は王国貴族の恥だから王都から追放する! ――と言っているのだ」


「そ、そんな! ご無体な!」


 元々父の借金が原因で、他の貴族家とは疎遠になっていたが、追放されては絶縁だ。

 完全に社交界、貴族の世界からはじき出されてしまう!


 信じられない思いだった。

 これは国王の貴族に対する裏切りだ!


 貴族家当主を毒殺し、領地を取り上げ、王都から追放する。

 ルドヴィク十四世に国王の資格はない!


 俺は無言で立ち上がると、国王ルドヴィク十四世と宰相マザランに背を向けた。

 拳を握りしめ立ち去る俺の背中に国王ルドヴィク十四世が無慈悲に告げた。


「まあ、捨て扶持にどこか辺境をくれてやる。今日中に王都から出て行け!」

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