掃滅の最終兵器

第一章 最終兵器と魔法少女

序章 

 交番勤務の地域警察官は頭を悩ませた。


「もう一度聞くよ? 君名前は?」


 今年最大の寒波の下パトロール時に、川に落ちていたというよりも流されていた白髪の少年を見つけた。 緩やかな水の流れに身を任せ、浮いていたとも解釈できた。


 意識を失っているのかと思い、抱え上げるもそうではなく、かと言って抵抗するそぶりすら見せず、もはや人形なのではないかと疑った。 何故ならその少年は尾骶骨の辺りから尻尾が生えていたからだ。


 爬虫類のような形だが鱗はなく、ツルツルとした塩ビパイプに似た肌触り、ある程度の筋肉質な硬さで先端は鋭利な刃となっている長い尻尾。


 ただ持ち上げて数秒後、凍てついた指に伝わるのは確かな体温としっかりとした呼吸、そのあまりのリアルな質感に人形でないと理解した。


 少年は椅子に深く腰掛け、警察官を見上げる。


「最終兵器ゼキエル」

「うん、ふざけてる?」

「ふざけてない」

「いや、ふざけてるよね! あんまり大人をからかうもんじゃないよ!?」


 このやり取りを始めて数十分。 水温に奪われた体温はすでに回復していた。


 見た感じ十歳かそこら。 何よりなぜ尻尾が生えているのか警察官は早くその話題に移りたいと考えていた。 答えによっては、しかるべきに報告する義務が発生するからだ。


 警察官は一度空気を戻す意味も込め咳払いをした。


「正直に答えて、名前は?」


 少女ともとれる中性的な見た目、それこそ西洋の人形技師が造り上げた逸品と言っても過言ではない少年は、純白のまつ毛に隠れた琥珀を想わせる瞳で再度警察官を見上げた。


「最終兵器ゼキエル」

「苗字は? ゼキエルは下の名前でしょ?」

「最終兵器」

「──それ苗字かい!!」


 警察官は調書を取る為に使用していた電子タブレットをかち割った。


 その後、大きく深呼吸を二回して、机の中からもう一枚タブレットを取り出した。


「ごめんね。 驚かせてしまったね。 質問を変えようか、どうして川を流れていたんだい?」

「落された」

「誰に?」

二牟礼憂奏にむれうかな

「いやだれぇ!!」


 今度は膝蹴りでタブレットを真っ二つにかち割った。

 ──いやなんで俺割った!?


 よくよく考えてみれば何で割ったのか自分でも理解出来なかった。 誰という質問に対して、少年はその人物の名前を答えた。 何らおかしな事はない。 割らなければならない謎の使命感によって、言わば勢いに任せて国から支給されている物を割ってしまった。


 キョトンとした目を向けられながら、警察官は三度引き出しからタブレットを取り出した。


「その人の連絡先とか分かるかい?」


 苦虫を噛み潰したような引きつった笑顔を何とか保つ。 相手は子供、ペースを乱されてはいけない。 大人として警察官として威厳のあるしっかりとした対応を取らなければ、と気持ちをリセットする。


 しかし、リセットなど出来ていなかった。 少年を落した相手、もはやこの状況を作り出した犯人の連絡先を聞いているのだから。 犯人の連絡先を知っている被害者がどこにいる?


 聞く相手を完全に間違えた、とその事実に気付いた時にはもうすでに少年の口は動いていた。


「電話借りてもいい?」


 自分で聞いといてなんだが連絡先知っているのか、と驚きと戸惑いの中、少年に受話器を渡した。


 すると、少年は慣れた手つきで番号を素早く押し始めた。

『はいこちら──』

『あ、もしもしピザの注文いいですか?』

「なんで!? なんで今ピザ頼むの!? それに相場はかつ丼だよ! いや、かつ丼もおかしいけどね!」


 警察官は少年から受話器を取り上げた。


「やっぱり君ふざけてるよね!?」

「ふざけてない。 取り調べを受けた時はピザを食べていいって聞いた」

「誰に!?」

「二牟礼憂奏」

「にむれうかなぁ!!」


 これは取り調べではなく、補導の類、いや、もはや新手の悪戯を受けている。 さらに言えば、二牟礼憂奏がどんな人物なのか気になってしょうがなくなってきている。 なぜこの少年に取り調べ中はピザを食べていいという間違った情報を教えたのか、問いただしたいとまで考えていた。


『あの……すみません』


 受話器から女性の声が聞こえ、警察官は急いで耳を当てる。


『あ、すみませ──』

『申し訳ございません。 うちかつ丼屋なんですけど~』

『かつ丼かよぉ!!』

『えぇ!! かつ丼でごめんなさい!』


 若い女性が受話器の向こうで頭を下げている光景が脳裏に浮かび、警察官はその申し訳なさに目頭をつまみながら『すみません、間違えました』と受話器を置いた。


「ピザ、頼んだ?」


 純粋無垢な視線が警察官に向けられる。


「頼んでないよ。 君のその図太い神経に驚きを隠せないよ?」


 すると、今度はコンコンと交番の扉を叩く音が聞こえ、追従してごめんくださ~いと可愛らしい少女の声が聞こえた。


 噂の二牟礼憂奏が来たのかと警察官の心臓は高鳴り、はい! と返事をした。


 扉の前に佇むのは漆黒のドレスを身に纏う少女。 頭の左右で結われたリボンが黒いツインテールと共にゆらゆらと風でなびき、その妖艶な姿に警察官は自然と目を奪われた。


「──う、うぁぁぁぁ!」


 しかし、警察官はすぐにその異常さに気が付くと、背骨を抜かれたように座り込んだ。


 怪しく微笑む少女の頬は真っ赤な血に彩られ、右手にはハゼのように口を開く女性の生首が握られていた。


 時間が停止した瞳、青白い肌に同化した唇から血の線が出来た女性の顔。


「これ……落ちてましたよ?」


 さも当然の行いと言わんばかりに可愛らしい声で少女はそう言った。


 警察官は喉がはち切れる勢いの絶叫をあげながら少女を指差し、未だ塞がらない口を無理やり動かしてこう言った。

──魔法少女バケモノだ、と。

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