第8話 バレンタインデーキャンペーン

*** バレンタインデーキャンペーン *** 

  

 タバコを吸い終わってからお店に戻り、店長会議で決まったバレンタインデーキャンペーンについてチーフに話す。 

 バレンタインデーに向けての新作デザイン。本社のネイルデザイナーが作成した新デザインが二十数点、サーバー共有フォルダにアップされているので各ネイリストはそのデザインを習熟して施術できるようにすること。 

「ん〜結構ムズいデザイン多いですね。あ、でもこのデザイン、チョコレートっぽくてかわいい〜 あ、こっちはピンクベースにチョコレート色のフレンチ(フレンチネイル)か〜 茶色をベースに……ラメトッピングとか……あ、これはミラー(ミラーネイル)ね……うん、一度試してみますね!」と共用PCを見ながらチーフ。 

 さすが中央店のエース! この子がいなくなると、お店としてもかなりの痛手だ……。 

「なんたって、バレンタインデーは女の子にとって三大イベントの一つですからね。チョコ渡すときにネイルも当然相手の目に留まりますしね〜」 

 そうそうと、わたしはほくそ笑む……。 

「友チョコを交換するときだって目立つんじゃない?」 

「そうですね〜『おぬし、やるな!』ってね」 

「なんか昭和くさいぞ?」 

「え〜そうですかねぇ? あ、くさいといえば店長、女子ってるときにタバコ吸うと、髪がタバコくさくなってますよ、言いづらかったんで言わなかったんですけど……」 

「え、そうなの? 自分じゃわからなかった……ん〜そっか〜 そろそろ電子タバコも安くなってきたから乗り換えるかな……」 

「そうですよ……わたしも電子タバコですけど、あれって全然タバコくさくないですよ〜」 

「あれ? チーフってタバコ吸ったっけか?」 

「あんまり本数吸わないですし、お家でしか吸わないですよ。『あ〜今日も一日お疲れ様〜ラムちゃん❤︎』って、気分転換というかオンからオフへの切り替えですかね〜」 

「タバコで気分転換ってのはわかるな〜」 

  

 と、話が脱線してきたのでチーフに指示を出す。  

「今回もご新規でネット予約のお客様には十パーセントオフのクーポンをつけるよ。それと……キャッチコピーもあるといいな……」 

 コホンと咳払いし、「『チョコ渡す 貴女の指先 見られてる』……みたいな〜」 

「え〜なにそれ、川柳〜? 受けるぅ〜」 

「うっさい」 

「でも店長、それって実際そうですよね〜 さすが元男の子の意見!」 

「今でも男だわい。じゃ、中央店でのおすすめデザインをブログにアップして、色番号に合わせたジェルの発注も多めにするから、ぴーちゃんやバイトの子たちにも話して、どのデザインが良いか数点決めておいて」 

「え〜店長は参加しないんですか?」 

「ん。オレはオレで、いろいろ忙しいの!」 

「も〜店長、女子ったままオレって言わないでください!」 

  

 こうしてバレンタインデーキャンペーンが動き出す。 

  

*** 男……? 女……? *** 

  

 女子化する時、そして男に戻る時に身体はダメージを受ける。 

 そりゃ骨格から何から生殖器まで丸ごと生まれ変わるようなものなので、一旦女子化したら数日はそのままで過ごすように……と、これは初めて女子化した日に検査を受けた際、学園から言われたことだ。『TSトリガーがネイルなのは初めてのケースなので、頻繁に女子化・男子化を繰り返さない方が良いと診断する』とのことらしい。 

  

 トリガーがトリガーだけに、大学二年の夏までは自ら進んで女子化はしていなかった。 

 就活を始めたとき、ムツミさんが突然現れ『わたしのお店に来て〜 そして一緒にネイルサロンTS(仮)をやりましょうよ〜』と口説かれ――ムツミさん本人は『絶っっっ対、口説いてなんてないっ!』と言い張るが――アルバイトでネイルの修行をするまで……だったかな。 

 それで頻繁に女子化するようになったので、TS娘の卒業生に義務付けられている年一回の検査に行くようになったのもその夏頃だ。 

 他の子はTSトリガーが無くなると男に戻るので、短期間で女子化と男子化を繰り返しているので、かなりシンドかっただろうな……。 

 なので、女子化して店頭で施術や営業会議があったときは、その週はネイルオフせず男に戻らない。 

 バレンタインデーキャンペーンもデザインが決まり、ブログアップや本社へのジェルの発注が落ち着いた週の休日……。 

  

 ♪〜♪〜♪〜 

 ん、母からの電話着信……いったい何だ……胸騒ぎがする。 

  

「もしも〜し?」 

『あ、しのぶ? それとも今日は忍?』 

「ママなにボケてんのさ! 声でわかるだろー忍だよ」 

『あんた、もういい歳なんだから男でも女の子でもどっちでもいいけど、一緒になりたい子はいないの?』 

「あ〜! またその話ぃ? まだいないし、そのつもりもないってば! それに、どっちでもいいって何さ!」 

『ふふふ。あんた、だんだん女の子っぽい話し方するようになったわね〜 この際だから女の子に固定して早くいい男、見つけなさいよ〜』 

「な、何言い出すかと思えば……んだよ〜かんべんしてよ〜 いくら娘が欲しかったからって、固定化なんてできる訳ないだろ〜!」 

『はいはい、わかったわよ〜 今日お米を送ったからちゃんとご飯、食べなさいよ!』 

 プーップーッ……。 

 言いたいことだけ言って切られた……いつまでも子供扱いだ。 

  

 ……こ、固定化? それって……あり?……いやいやいや、絶対ないない! 

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