旅草

序文

「旅草（たびくさ）」とは、旅（たび）する人（ひと）を草（くさ）に喩（たと）えた言葉（ことば）です。己（おのれ）の見聞（けんぶん）を広（ひろ）げるため、生（う）まれ育（そだ）った故郷（こきょう）を離（はな）れ、未知（みち）なる世界（せかい）へと舵（かじ）を切（き）ること。

　それは、好奇心（こうきしん）をそそられて心踊（おど）ることですが、同時（どうじ）に、大（おお）きな不安（ふあん）や恐怖（きょうふ）を抱（いだ）きます。

　慣（なれ）れない世界（せかい）へ足（あし）を踏（ふ）み入（い）れ、そこで何（なに）か災難（さいなん）が降（ふ）り注（そそ）ぎ、もう二度（にど）と故郷（こきょう）に帰（かえ）れない事態（じたい）になってしまうかもしれません。

　故（ゆえ）に、人（ひと）の多（おお）くは、慣（な）れた地（ち）を離（はな）れることに尻込（しりご）みしてしまう。

　人（ひと）は、「安定（あんてい）」という言葉（ことば）が大好（だいす）きです。新（あら）たな刺激（しげき）を得（え）られない代（か）わりに、不安（ふあん）と恐怖（きょうふ）も少（すく）ないです。

　それでも、不安（ふあん）や恐怖（きょうふ）を拭（ぬぐ）い去（さ）って、危険（きけん）だって承知（しょうち）して、周囲（しゅうい）の言葉（ことば）にも囚（とら）われず、己（おのれ）の心（こころ）を一番（いちばん）に信（しん）じて船（ふね）に乗（の）り込（こ）む。

　そういう勇者（ゆうしゃ）を、ある人（ひと）は「旅草（たびくさ）」と呼（よ）んだのです。

「旅草（たびくさ）」とは、とてもかっこいい人（ひと）たちのことを言（い）うのです。

　私（わたし）もそんな人（ひと）になりたいと、海（うみ）に出（で）ることを決（き）めました。

　この先々（さきざき）には、どんなことが待（ま）っているのか、全（まった）く予測（よそく）ができません。特（とく）にこの世界（せかい）では、「あり得（え）ない」と思（おも）われることも普通（ふつう）に起（お）こり得（え）てしまうそうです。

「これが正（ただ）しい」というものは何一（なにひと）つなく、外（はず）れた道（みち）など山（やま）ほどあって、そちらもまた、魅力的（みりょくてき）だったりします。

　そんな世界（せかい）で楽（たの）しく生（い）きるコツは、自分（じかん）の中（なか）にある固定概念（こていがいねん）や正解（せいかい）、正義（せいぎ）を全（すべて）て取（と）っ払（ぱら）って、どんな事（こと）が起（お）ころうとも、それを「あり得（え）ない」と否定（ひてい）せず、「これもまた魅力的（みりょくてき）だ」と楽（たの）しむこと。多少（たしょう）の問題（もんだい）ごとなど気（き）に留（と）めず、大（おお）らかな気持（きも）ちで前（まえ）を見続（みつづ）ける事（こと）です。

　己（おのれ）の見聞（けんぶん）を広（ひろ）げることは、とても素晴（すば）らしいことです。

　本（ほん）や学校（がっこう）の教科書（きょうかしょ）を読（よ）んで得（え）られる「知識（ちしき）」というものは全（すべ）て、千歳（ちとせ）を生（い）きてきた人類（じんるい）が文字（もじ）に記（しる）して、後世（こうせい）に残（のこ）し、それを後世（こうせい）の人々（ひとびと）が見（み）つけて活（い）かして、新（あら）たな発見（はっけん）に繋（つな）げて、それをまた文字（もじ）に記（しる）して、未来（みらい）へと繋（つな）いでいく。

　こうして紡（つな）いで、築（きず）き上（あ）げてきた、人々（ひとびと）の歴史（れきし）なのです。

　本（ほん）を読（よ）んで知識（ちしき）をつけるということは、この世（よ）にいない過去（かこ）の人（ひと）や、遠（とお）く離（はな）れたところに住（す）んで、自分（じぶん）とは全（まった）く異（こと）なる人生（じんせい）を歩（あゆ）んできた人々（ひとびと）と繋（つな）がり、心（こころ）の中（なか）で友達（ともだち）になることができます。

　様々（さまざま）な人（ひと）と友達（ともだち）になり、多種多様（たしゅたよう）な見聞（けんぶん）を尋（たず）ねて得（え）た知識（ちしき）は、自分（じぶん）にとってかけがえのない武器（ぶき）になるでしょう。

　そして他（ほか）の誰（だれ）よりも、強（つよ）く賢（かしこ）く、豊（ゆた）かに生（い）きることができるでしょう。

　人生（じんせい）は一度（いちど）きり、しかも、時（とき）が過（す）ぎるのは早（はや）いです。一分（いっぷん）、一秒（いちびょう）を大切（たいせつ）に、悔（く）いのないように生（い）きたいものです。