『殺戮の聖女』ジェノサイトさんが今日で引退、ハッピーライフを送るんですってよ

uribou

第1話

「ウインドカッター!」


 今日もまた私は依頼を請けて魔物狩りのお供をしている。

 魔法で魔物の首を刎ね飛ばすと、仲間のハンターから喝采が上がった。


「助かった! さすが姐さんだぜ!」

「任せときなよ」

「血抜きしてバラしちまおうぜ」


 喜んでもらえると私も嬉しい。

 ああ、私は魔物退治している時が一番幸せだなあ。

 だから『殺戮の聖女』なんて言われちゃうんだろうけど。

 ハンターの一人が言う。


「そういやあ、ジェノサイトの姐さん。そろそろ聖女の年季が明けるんだろう?」

「ええ、来月なのよ」

「行先は決まってるのかい?」

「決まってないの。焦ってるんだけどね」


 我が国通称『聖女国』では一万人に一人くらいの割合で強力な魔力の女性、通称『聖女』が生まれる。

 血統的な要素があるのか土地の問題なのかはわからないけど、とにかく他国で聖女は誕生しない。

 もちろん私も正真正銘の聖女だ。


 聖女国では物心付くか付かないかの内に聖女検査が行われる。

 そこで強い魔力持ちだと判明すると、親から引き離されて国立聖女院に預けられるのだ。

 人権侵害だろうって?

 聖女国の法律がそうなっているんだもん。

 もっとも結構な違約金を払えば聖女として召集されずにすむらしいので、高位貴族とか豪商の聖女はいないね。


 聖女として徴用されると、二五歳の誕生日の当日まで働くことになる。

 何故二五歳かって?

 聖女としての力、要するに魔力が最も強くなるのが二〇歳くらいだからなのだ。

 多分予算かなんかの関係なんだろうけど、魔力のピークを過ぎた二五歳の誕生日をもってお払い箱なのが厳しい。

 一生面倒みてよ。


 二五歳って微妙だわ。

 これがせめて二〇歳ならばギリギリ結婚という手もあるんだろうけど、二五歳じゃ完全に嫁き遅れだもん。

 聖女院で教えられることって、読み書き計算と最低限のマナー、そして魔法の使い方だけだよ?

 世間のことなんてサッパリ。

 世の中にお金というものがあることは知ってるけど、使い方は知らないってレベル。

 潰しが利かないなんてものじゃない。


「姐さん美人だけどなあ」

「いやあ、聖女様じゃさすがに気軽に嫁に来てくれなんて言えねえしなあ」

「はは……」


 いや、ごめんね?

 お高く留まってるわけじゃないけど、聖女は無知だからさ。

 料理も裁縫も何にもできないのよ。

 平民のお嫁さんは務まらないわ。


「現実問題として、聖女引退後はどうするんだい?」

「どうしようかねえ?」

「姐さんほどの魔法の使い手は見たことがねえ。引退後も依頼を請けてくれるとありがたいんだが」

「この際プロのハンターになっちまえよ」


 魅力的な誘いではある。

 聖女は例外なく強大な魔力を持つけれど、もちろん各個人で得意不得意はあるんだ。

 私は割とオールラウンダーで、回復魔法だけじゃなく攻撃魔法や身体強化魔法を特に得意にしている。

 性格的にイケイケガンガンだったから、魔物退治で出張に出ることがやたらと多かった。

 好きこそものの上手なれというか、魔物退治の依頼が聖女院に出されるとあたしの出番だったのだ。


 『殺戮の聖女』の二つ名は、魔物退治の腕前からだ。

 二つ名持ちの聖女ってすごく少ないんだよ?

 これは私の誇りなんだ。


「プロのハンターかあ。考えておくよ」


 ハンター自体に不安はないけど、私は自分の身の回りのことなんて何にもできないからね。

 生活の方に大いなる不安があるのだ。

 誰か私の身元引受人になってくれないかなあ。


          ◇


「ジェノサイトさんを引き取りたいと仰る方が、お一人いらっしゃいましたよ」

「本当? よかった!」


 何がよかったかって?

 ようやく私の身元引受人が決まったからだよ。

 今日で聖女をクビになるところだったから、本当にありがたい。

 猶予期間の二〇日後までに聖女院を退院しなきゃならないのだ。


 一人で生きていけって言われるとワクワクもするけど、現実的にちょっと大変かなあとも思ってたから。

 基本的に聖女は世間知らずぬるま湯育ちだし、私も魔法関係を除くと何ができるってわけでもないしな。

 身元引受人が現れたことにはホッとした。


「一人でも私を引き取ってくれるって人がいて、本当に嬉しいわ」

「よかったですねえ」


 聖女院の係員と喜び合う。

 引退聖女はどうするのが普通かと言うと、魔法の力を買われて引き取られていくことが多い。

 もっとも聖女国では、たとえケガしたところで聖女院を訪れれば無償で癒してもらえるのだ。

 聖女院の支部のないド田舎ならともかく、引退聖女を引き取るメリットって実はそんなにないらしい。

 篤志家がお勤め御苦労様という意味合いを込めて、一日一回くらいヒールかけてもらうかって感じで元聖女を雇うみたいだね。


 ただし聖女の生まれない外国からは、もちろん引きが多い。

 でも二五歳にもなって世間知らずの女が、言葉の通じない外国に行くというのは相当心理的な負担が大きい。

 いや、中には嬉々として外国語を覚えてる人もいるよ?

 聖女院は望めば勉強できる環境ではあるから。


 外国との関係?

 良好だよ。

 もちろん聖女の魔法は強力な軍事力にもなるから、他所の国から攻められることはないし。


 聖女国から攻めていくこともないよ。

 昔の聖女国には隣国を征服してっていう邪な考え方をした君主もいたみたいだけど、全聖女&引退聖女のストライキにあって挫折したし。

 聖女がいるから世界の平和が保たれているというのは大げさではないよ。


 話が逸れたね。

 問題は私のことだ。

 聖女院が望めば勉強できる環境にあったのなら、引退後に備えて何かを学んでおくべきだっただろうって?

 その通りなんだけど、私は魔物退治ばかり行ってたんでダメだね。

 

 でもねえ、さすがに『殺戮の聖女』では通りがよくないというか、聞いた相手の腰を引かせる気満々というか。

 こんな私は引き取ってもらえないかもなあ、とは思ってたの。


 もし誰からも引きがなかったら、魔物退治専門のハンターをすることを真剣に考えてた。

 一緒に戦ったことのあるハンターに誘ってもらえたしね。

 私に世間一般の常識がないのはわかってるけど、出張で外に行く機会が多い分、普通の箱入り聖女に比べればマシだろう。

 外国行きよりはいいんじゃないかなと思ってた。


 まあでも進路に関する悩みも過去のことだ。

 私を引き取ってくれる方には、本当に感謝する。


「それでどうされます? 身元引受希望の方と面会されますか?」

「えっ? 今来ていらっしゃるんですか?」

「はい」


 先に言ってよ。


「ぜひ、お会いしたいです」

「ではお通ししますね」


 どんな方だろう?

 ドキドキ。

 身元引受希望の人は聖女の存在にそれなりに敬意を払っていることが多いとは聞くけど、中にはスケベオヤジもいるらしいから。

 いや、スケベオヤジは『殺戮の聖女』に声をかけたりしないか。

 もっと大人しそうな元聖女を選ぶわ。


「こんにちは」

「初めまして。ジェノサイトと申します」


 えっ? 若い?

 多分十代後半の貴族の令息だと思う。

 かなりの美青年というか美少年というか。

 すごく意外だ。


「初めてじゃないんですよ」

「そうでしたか。失礼いたしました」


 どこかで会ったことがあるらしい。

 でも私、魔物退治が多かったから、あんまり王都にいなかったのだけれど。

 少し機嫌が悪そう。

 私が覚えていなかったことに拗ねちゃったのかな?


「六年前、魔物に襲われた俺を、貴女が助けてくれたでしょう?」

「六年前ですか? ああ!」


 思い出した、どこかの領主の息子さんだ。

 魔物退治を見学したいとついてきて。

 護衛から離れた時に二匹の一角ウサギに突進された子。

 ちょっと危なかった。

 風魔法を飛ばして一角ウサギを倒したけど、その子確か転んじゃって。


「死ぬかと思ったです。魔法で仕留めてくださって、あの時は本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

「転んで膝を擦りむいた俺に回復魔法までかけてくれて……えっ? ジェノサイトさんがありがとうとは?」

「あの日全然晩御飯が足りてなかったんですよ。坊っちゃんが一角ウサギをおびき出してくださったおかげで、お肉が充実しました」

「聖女のセリフっぽくな……いや、ジェノサイトさんだものな。それより坊っちゃんと言うのはやめてください」


 何とお呼びすればよろしいだろう?


「オニールと呼んでくれ」

「オニール様」


 急に喋り方が粗野になった。

 あっ、嬉しそうな顔が可愛い。

 眼福だわ。


「要するに私はオニール様の領地で魔物退治をすればよろしいのですね? お任せください。得意分野です」

「いや、魔物退治の指導に当たってもらいたいのはその通りだが、もう一つ頼みがある」

「何でしょうか?」

「俺の妻になってくれ」

「えっ?」


 妻って。

 私は嫁き遅れで世間知らずの平民ですよ?

 年齢だってオニール様と一〇近く離れてますよね?

 どう考えても相応しくないのでは?


「ええと、お考え直されてはいかがですか?」


 いかに世間知らずとは言え、さすがにこれはないくらいのことはわかる。

 誰かの奥さんになる元聖女もいるけど、ほとんど後添えとかだ。

 一〇代の貴族令息の妻なんて聞いたことがない。


「俺の妻は嫌か?」

「全然嫌じゃないです。とても嬉しいです。でも……」

「魔物から救われた時、なんと凛々しくて素敵なお姉さんだろうと思ったんだ。あの時からずっと好きだった。ずっとジェノサイトさんを妻にすることを夢見ていたんだ」

「そ、そうでしたか」

「正式に引き取ることを決定したのは今日だけど、以前から手付金は払っていたんだよ」

「えっ?」


 全然知らなかった。

 じゃあ引退後のことをあれこれ思い煩わなくてもよかったじゃないか。


「どうして早めに身元引受人として名乗り出てくださらなかったんですか?」

「それはサプライズで盛り上げてごにょごにょ……」

「いえ、こんなにいい話をあらかじめいただいていたら、同僚に嫉妬されて面倒なことになっていたかもしれませんね。御配慮ありがとうございました」

「両親の了解も取り付けてある。だから……」


 オニール様の御両親の許可も出ているのか。

 では特に障害はなさそう。

 人生ってわからない。

 今日が転換点だ。

 諦めてた結婚なのに、こんなに可愛い男の子をゲットできるチャンスが巡ってくるなんて。


「よろしいんですね?」

「よろしいのだ!」

「ではよろしくお願いいたします」


 よろしくされちゃおう。

 わあ、聖女院の職員さんも泣いて喜んでくれている。


「えっ?」


 抱きしめられた。

 情熱的!

 男っ気の全くなかった私には刺激が大きい!


「六年待ったんだ。もう離さない!」

「クラクラしますわー」


 私の人生は流されてしまうようだ。

 もう受け身でいいや。

 オニール様に愛されよっと。

 私もオニール様の背中に腕を回した。

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