第81話 冬山の準備
タロを撫でながら、レックスが尋ねる。
「それで、ミナトは何をしに冒険者ギルドに来たんだ?」
「えっとね~。暴れている熊と虎のお話を聞きに来たの!」「わふわふ」
「熊と虎か。あれは子供には荷が重いぞ?」
「大丈夫! ジルベルトがいるからね!」「わふ~」
ミナトはカウンターでコリンの手続きを手伝っているジルベルトを指さした。
「あの兄さんは強いのか?」
「Aランクだよ? あ、僕はFだよ!」
「わぁふ~」
タロはFランクでもミナトはすごいと言っていた。
「A! それはすごいな」
「あ、Aランクのジルベルトって、剣聖伯爵の孫で聖女様の従者をしている、あの?」
「剣聖伯爵ってのは知らないけど、聖女様の従者だよ!」「わぁふ」
ミナトの言葉で、冒険者たちは一斉にジルベルトの背中を見る。
「おお、あの高名な……」「初めて見た」
「あ、そういえば、聖女様がノースエンドにいらっしゃったって聞いたな」
「てことは、聖女様が連れているでかい魔物ってのがタロか!」
どうやら聖女一行がノースエンドに来たことは、早くも噂になっているらしい。
「ミナトは聖女一行の一員なのか? 小さいのにすごいなあ」
「えへへ。それほどでもない」「わふふ」
ミナトが頬を赤くして照れると、タロも舌を出してはぁはぁして照れた。
「僕たち、この街についたばかりなのにねえ。もうしってるの?」
「聖女様が来られたってのは、それだけ大きなことなんだよ」
「ああ、今頃、神殿には人が集まっているだろうよ」
どうやら、聖女というのは人々にとって、非常に大きな存在らしい。
「だがなぁ。いくら聖女様一行でもやめた方がいいと思うぞ」
冒険者の一人が心配そうに言った。
「熊と虎はそんなに強いの?」
「もちろん強い。だがそれ以前の問題なんだよ。そもそも熊と虎と戦えない」
「どういう意味?」「わふ~?」
「それはだな……幽霊が出るんだ」
「そういう魔物がでるってこと?」
「ちがう。アンデッドの
「む?」「わふ?」
「実際に体験するまでは、は誰も信じないんだがな……。まあ俺もそうだった」
これまで熊と虎を討伐する依頼を受けたパーティはいくつもある。
皆、力量の高いベテランだったが、熊と虎と戦えたパーティはない。
「パーティが山に入ると、つかず離れず、ずっとつけてくるんだ」
「なにかってなに?」「わふ~?」
「だから、幽霊が、だよ」
魔力も気配も感じないが、若い女のぼんやりとした何かがじっとこちらを見ているのだという。
「みてるだけなら害はないと思うだろう?」
「うん。思う」「わふ」
「ベテランパーティだ。死霊とだって戦ったこともある。幽霊ってだけでビビったりはしない」
「ふむふむ」
「だがな、奥に進めば進むほど、恐ろしくなるんだ」
ものすごく恐ろしくなって、心臓の鼓動が早くなり息が荒くなる。
平静ではいられなくなり、まともな判断ができなくなり、どうしてもその場にいたくなくなる。
全員がパニックになり、奥に進むなんてとんでもないという状態になる。
「そうやって皆逃げかえって来るんだ」
「じゃあ、幽霊をたおそうってことにはならないの?」
「それは皆思う。だが幽霊は見えるが、そこにはいないんだ。それが死霊とは違うところだ」
「ん~?」「わぁぅ?」
「つまりだな。死霊とかの霊体はな。物理的な実体はなくともその場にいるから倒せるんだ」
「ほうほう?」「わふわふ?」
「だが、その幽霊はその場にすらいない。魔力も何もない、見えるだけなんだ」
何を言っているのかわからなくて、ミナトとタロは首を傾げた。
「まあ、聞いただけだと信じられないよな。だが本当だ」
「次に行った奴も、その次に行った奴も、その次も。みんな同じ目にあった」
「だから、やめておいた方がいい」
冒険者たちは真剣にミナトを心配している。
そして、レックスは険しい顔でじっとミナトを見つめていた。
そのとき、ジルベルトがミナトの頭をぽんぽんと叩く。
「普通の奴らに対処できないものに対処するのが聖女パーティだ」
「あ、ジルベルト! コリンは登録できた?」
「できたです。でも幽霊って、怖いです……でも、いくですよ!」
コリンは、やる気だった。その目からは強い意志を感じられた。
冒険者たちは心配そうに、
「やめた方が……」
と止めたが、ジルベルトたちの意思が固いと知ると、
「なら、俺も同行しよう。俺もBランクだ、足でまといにはならないはずだ」
とレックスが言った。
「レックスが? えー、大丈夫?」
「Bランクになってから俺を心配したのは、ミナトが初めてだよ」
呆れたようにいうと、レックスはジルベルトに言う。
「どうだ? 山の案内人がいたほうがいいだろう?」
「うーん。そうだな。……ミナトはどう思う?」
「ん? レックスが大丈夫なら、来てもらったほうがいいかも!」
「そうか。なら、来てくれ」
ミナトが同意したので、レックスの同行が決まった。
あっさり決まりすぎて、レックスの方が少しひいている。
「聖女様に相談しなくて良いのか?」
「まあ、いいだろ」
そんなレックスにミナトは右手を差し出した。
「よろしくね!」
「おお、よろしく頼む」
「じゃあ、アニエスたちを呼んで、さっそく山に行こう!」「わふわふ!」
「待て待て。今からか? 山を舐めるな」
レックスが慌てる。
「ん? 早い方が良いよ?」「わふ~」
「準備が必要だ。この時季なら。雪が降りかねんぞ?」
「雪!」「わふ!」
「雪山装備を調えた方が良い」
「わかった!」「わぁぅ!」
そして、ミナト達は冒険者ギルドを出て、神殿に戻った。
神殿でアニエスたちと合流すると、自己紹介を済ませて、装備を調えに店に向かう。
「ほんとに……あっさりしてるんだな」
店に向かう道中ぼそっと呟いたレックスの言葉に、サーニャが反応した。
「なにが?」
「いや、案内人として俺を同行させるか決めるまでに、もっと話合いがあると思ってた」
「ミナトが良いって言ったんでしょ? なら、いいでしょ」
「なぜだ?」
「だって、ミナトだからね」
サーニャはどや顔で、そう言った。
レックスはミナトが使徒だと知らない。
だから、五歳児の判断が信頼されている理由がわからなかったのだ。
防寒具を含めた雪山装備を販売している店に到着すると、
「ミナト、これはどうですか?」
「あったかそう!」
「なら、買っておきましょう」
アニエスが中心となって、ミナトの服を選んでいく。
ミナトの服はサラキア装備なので、新しく装備を買わなくても問題ない。
だが、もこもこの帽子とか、コートの上に羽織るもこもこな上着とか、手袋とかを買っていく。
「コリン。尻尾は中に入れた方いいの?」
「どっちでも大丈夫です。あ、でも、僕は毛があるので――」
「いいからいいから。あ、これ可愛い」
遠慮するコリンの服をサーニャが選んでいった。
服を選び終わったころ、ミナトがいいことを思いついた。
「あ、そうだ! そりも買おう」
「わふわふ!」
タロも嬉しくなって尻尾を振る。
ミナトとタロは、昔テレビで犬ぞりをみたことがあったのだ。
「レックス、でっかいそりって売ってないかな?」「わふぅ~」
「馬がひくそりはあるが……。それでいいか?」
「いい!」「わふわふ!」
ミナトは馬が荷物をひくためのそりを買ったのだった。
そりを手に入れたころには、日が沈んでいた。
「今から――」
「ミナト、馬鹿なことを言っちゃいけねえ。日没後に山に入るなんて、自殺行為だ」
「そうなの? 魔法で――」
「そりゃ、すごい魔導師の先生も居るんだろうが――」
レックスはマルセルを見る。
「魔法はパーティの命綱だ。それも限りある命綱だ。最初から消費してどうする?」
「なるほど~」「わふ~」
ということで、明日の早朝、日の出と同時にノースエンドを出発することになった。
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