第38話 急報

 王都散策した次の日の早朝。


「ふわぁぁぁ」


 ミナトは気持ちよく目を覚ました。


「あれ? ピッピがいない。お出かけかな?」

 まだ早朝だというのに、もう出かけたのだろうか。


「……心配だなぁ」

「わふ~……?」「ぴぎ~?」


 タロとフルフルは「ピッピはしっかりしているから大丈夫だよ」と言ってくれる。


「そっかな。そうかも?」

 宿坊の外で重い棒を振って朝練していたジルベルトが、ミナトの起床に気づいて戻ってきた。


「お、ミナト、タロ様、フルフル、起きたか。朝ごはん食べに行くぞ」

「いく~」「わふ~」「ぴぎ~」


 ミナトたちはジルベルトと一緒に食堂へと向かう。

 いつも、ミナトが起きると、ジルベルトは重い金属の棒を振っている。

 そして、一緒に食堂に行って朝ご飯を食べるのだ。


「ジルベルトは毎日棒を振ってるねぇ」

「日課だよ、なまるからな」

「そっかー。今度、剣術を教えてよー」「わふわふ!」

「お、いいぞ? 今日からでもいいぞ」

「やったー」「わっふ~」


 そんなことを言いながら、食堂に到着する。

 食堂には聖女一行のみんなと神殿長がそろっていた。


「ミナト、今日はクリームパンですよ!」

 アニエスが今日の朝のパンを教えてくれた。


「やった!」「わふ~」「ぴぎ!」


 クリームパン二個に牛乳、卵二個使った目玉焼きとウインナー三本と生野菜サラダ。

 それが今日の朝食だ。


 朝食にしては多いし、五歳児の朝食としてなら、なおさら多い。

 だが、ミナトは活動量が多いので、消費カロリーも多いのだ。


 このぐらい食べないと大きくなれない。


「おいしいおいしい!」「わふわふ」「ぴぎ~」


 ミナトたちがおいしそうにバクバク食べる姿を見ながら、みんなも朝ご飯を食べる。

 それが、ここ最近の日課だった。


「ピッピの分もとっておかないと」


 ミナトが自分の分を半分程、サラキアの鞄に入れようとしたので、アニエスが笑顔で言う。


「大丈夫ですよ。ピッピの分はこちらに」

「うわぁ! ありがと!」「わふ~」


 ミナトはピッピの分をサラキアの鞄に詰め込んだ。

 サラキアの鞄は神器なのでお皿ごと入れてもぐちゃぐちゃになったりしないのだ。


 ミナトが朝ご飯をほとんど食べ終わり、ゆっくりと牛乳を飲んでいると、

「大変です!」

 慌てた様子の神官が、食堂に駆けこんできた。


 あまりにぶしつけだが、あまりにも慌てているので、神官長は注意しないことにした。

 きっと礼儀を守れないほどの緊急事態が起こったのだろうと判断したからだ。


「どうしました? それにそちらの魔導師殿は?」


 神官は見習い宮廷魔導師の制服を着ている少年を連れていた。

 少年はアニエスの姿を見ると、必死の形相で語り始める。


「聖女様! 大変なことが――」

「落ち着きなさい。水を飲んでから、ゆっくりと話してください」

「は、はい」


 少年は水を一口飲んで、語り始める。


 王宮が化け物みたいに強い男に占拠されたこと。

 王も宰相も騎士たちも魔導師たちも聖職者もみな敗れて操られてしまったこと。

 そして、王室の象徴、フェニックスが二羽とも敵の手に落ちてしまったこと。


 少年自身混乱しており、要領を得ない説明も多かったが、アニエスは根気よく聞きだした。

 話を聞いて、ミナトは最後にやられたフェニックスがピッピだと気が付いた。


「ピッピを助けないと」「わふ」「ぴぎっ」


 ミナトとタロ、フルフルが駆けだそうとしたとき、

「待て! 危険すぎる」

 ジルベルトがとっさにミナトの手を掴んで止めた。


「とめないで! ピッピが大変なんだから!」

 そこに、神官が慌てた様子で駆け込んでくる。


「神殿長! 騎士たちと宮廷魔導師たちが神殿を取り囲み聖女を出すようにと」

「王宮を抑えたら次は神殿か。手が早いですね。ヘクトル。指揮を」


 落ち着いた様子の神殿長はヘクトルに指示を出す。

 神殿にはヘクトル達神殿騎士がいる。近衛騎士や聖騎士に比べて数は少ないが、精鋭だ。


「お任せくだされ。一兵たりとも神殿にはいれませぬぞ。ミナト、タロ様」

 そして、ミナトたちの前に膝をつく。


「ミナトとタロ様と過ごした時間は、得難いものでした。お会いできてよかった」

 ヘクトルはまるで今生の別れのように言う。


「うん、ヘクトル、気を付けてね」「わふわふぅ」

「いつか至高神様の元で、再会できることを願っておりますぞ」


 ヘクトルはミナトとタロの手の甲に口をつけると、走って部屋から出て行く。

 ヘクトルを見送るつもりなのか、タロは「わふわふ」言いながら部屋を一緒に出ていった。


「で、どうする。アニエス。神殿を囲む騎士たちの精神支配は解けるか?」

「難しいですね。元凶である呪者を倒す方が早いです」


「そのためには王宮に突っ込まないとな」

 ジルベルトが笑顔で言うと、

「囲みを突破して、王宮の壁を越え、聖騎士と近衛騎士と宮廷魔導師を倒す。大仕事ですね」

 マルセルも笑った。


 二人とも無理だと思っている。だからこそあえて笑っているのだ。


 笑顔のまま、ジルベルトは続ける。

「よし。王宮のことは俺たちに任せろ。サーニャは援軍を呼びに行け」

「なにをいうの。私だって――」

「サーニャが一番足が速い。アニエスとミナト、そしてタロ様を連れていけ」

「…………わかったわ。まかせて」


 聖女と使徒、神獣をここで失うわけにはいかない。それがジルベルトの言いたいことだ。

 精神支配を解くことをあきらめ、援軍を呼ぶ作戦に切り替えたのだ。


 それを理解して、サーニャはうなづき、神殿長のことを見た。


「神殿長も一緒に行くよ」

 神殿長は、覚悟の決まった笑顔で、ゆっくりと首を振る。


「老いぼれは足手まといです。それに王都から民を逃す指揮を執るものが必要ですから」

「……死なないでよ?」

「わかってます。サーニャこそ」


 そのとき、アニエスが言った。


「あれ? ミナトは?」

「フルフルもいないぞ!」


 ジルベルトも慌てる。


 ヘクトルがミナトの手の甲にキスしたときまでは腕をつかんでいた。

 それからもミナトは、近くにいたはずだった。


 タロがヘクトルと一緒に出て行ったことには、皆が気づいていた。

 なにせタロはでかい。出て行ったらさすがに気づく。


「あの……そこにいたお子様なら、先ほど普通に出ていきました」


 宮廷魔導師見習いの少年が、おずおずといった感じでそうつぶやいた。


「追うぞ! マルセル!」

「わかった!」

「こうなったら、私も追うわ!」

「先行する!」


 サーニャを先頭にして、ヘクトルを除く聖女一行はミナトを追いかけ始めた。

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