第36話 呪神の信徒再び

  ◇◇◇◇

 一方、王都の片隅にあるドミニクの屋敷で、呪神の信徒が緊急会議を開いていた。


「なぜだ! なぜ病人が減るのだ!」

「わ、わかりませぬ。思いもつかぬ事態にて……」


 呪神の信者たちは、下水道に呪力で動く道具、呪道具を設置し瘴気をばらまいていた。

 下水道は王都中に張り巡らされている。


 その下水道が瘴気で満ちれば、王都中に瘴気があふれ、疫病が蔓延するという作戦だ。

 加えて王都の下水道は複雑で、全容を把握できている者はいない。


 もし、下水道が瘴気で満ちていることに気づいたものがいても、即座に対処できない。

 呪道具を見つけて壊すより、王都が疫病で滅びる方が早いだろう。


「あの呪道具は使徒様お手製の神器に近いものだ。そうだな?」

「その通りだ」

「あれを壊そうとするならば、神器を使うぐらいしないと壊せないはずだろうが!」


 そう、その呪道具とはミナトがヘドロのような汚れだと思ったものだ。

 ミナトはそれを「ばっちいなぁ」と言いながら、神器サラキアナイフでこそぎ落していた。


「完璧な作戦だったはずだ!」


 ミナトは気づいておらず、単に掃除しただけだと思っている。

 だが、おかげで呪神の使徒と信徒が長い年月と手間と財力をつぎ込んだ作戦が崩壊した。


「ならば、なぜ瘴気が減っている! それに、なんだ、あの下水道は!」


 信徒たちは何が起こっているのか調べるために先ほど下水道に入った。

 汚水は、泳げるどころか、飲めそうに感じるほど澄んでいた。


 空気は清浄で、深呼吸すればすがすがしい気持ちになりそうだった。

 汚れ切っていた壁も天井も床も、汚れ一つなかった。


「あれではまるで王宮の中庭ではないか!」

「原因が、まったく、わからぬ。想像もつかぬ」


 信徒たちは冷や汗を流しながら「わからない」と繰り返すばかり。


「どれだけ、どれだけ時間と手間を費やしたと思っている!」


 作戦を実行しはじめたのは最近だが、準備自体は数年前から動いている。

 メレル湖が汚染される前から、動き出した作戦なのだ。


 壁の裏に沢山の隠し部屋を作り、瘴気を発生する呪道具を設置していった。

 数年の年月と手間と大金がかかっている。

 混乱する信徒たちに、これまで黙っていたドミニクが静かに語り掛ける。


「落ち着くがよい」

「ど、導師、落ち着いてなど!」

「慌てて事態が改善するならば、いくらでも慌てればよかろう」


 そうはっきりと言われて、信徒たちは黙り込む。


「瘴気が払われた原因に心当たりがあるものは?」

 ドミニクに問われて、信徒の一人がおずおずという。


「殿下、一つ不審なものが……」

「なんだ。言ってみなさい」

「あ、はい。下水道の入り口に……このようなものが」


 信徒は下水道の入り口から盗んできたタロが作った至高神の像を机の上に置く。


「なんだ、この直立した巨大な犬の糞みたいなものは!」


 信徒の一人が憎々しげに言った。

 ふざけている場合かという非難の目で、像を出した信徒をにらみつける。


「この像が何かわかりませんが、多くの下水道の入り口に神殿が設置したようです」

「…………この犬の糞の像をか?」

「はい。関連性はわかりませんが、瘴気が払われた時期と設置の時期は一致します」

「ふむ? ならば、可能性はあるな。実際、忌々しい神聖力を感じる」


 導師でもあるドミニクは、神聖力を感じ取った。


「なんと、神聖力を……」


 驚いた信徒たちはタロ製の像について喧々諤々けんけんがくがくの議論を始めた。


「糞が意味するのは……」「いや、何の糞かが重要だ」「なんのって神の糞だろう」

「違う! 糞自体に意味はなく、直立していることに意味があるのだ。つまり……」


 三十分議論しても、当然のように結論は出なかった。


「もうよい。今後、ゆるりと解析を進めればよかろう」

「かしこまりました」


 ドミニクが調査を命じて議論はひとまず中断となった。


「……して、どういたしましょう。メルデ湖の作戦も病魔の作戦も……」


 失敗してしまった。もう手はない。そう信徒たちは思って絶望していた。


「安心せよ。それらはすべて時間稼ぎに過ぎぬ」

「と、言いますと?」

「時は満ちた。国を落とす準備は整った」

「なんと!」


 信徒たちは目を輝かせた。だが一人の目が一瞬泳いだのをドミニクは見逃さない。


「どうした。ミゲル。目が泳いでいるぞ?」

「そ、そんなことは。準備が整ったこと、まことにめでた――」

「取り繕う必要はないぞ。お前からは呪神の臭いがしない」

「ちっ」


 次の瞬間、ミゲルが目にもとまらぬ速さで、懐からナイフを取り出し、

「グフっ」

 血を吐いた。


 ミゲルがナイフを投げつける前に、ドミニクが信徒たちの手元にあったペンを投げたのだ。


「遅いぞ、ミゲル。それでも近衛の精鋭か?」


 ドミニクの投げたペンは全部で五本。腹と両腕両足に一本ずつ突き刺さっている。


「クソが……。魔法ですらない……だと……」

「お前ごときに使う魔法はない」

「ば、ばけものが……」


 倒れたミゲルをドミニクは見下ろして言う。


「ミゲルは殺すな。使い道はある」

「御意」


 側近が、ミゲルを連れ出していく。

 ミゲルが連れ出されて信徒たちはやっと我に返った。


「さすが導師。お見事にございました」

「近衛の精鋭ミゲルを、赤子の手をひねるかのように……」


 ミゲルは、最近入信した信徒の一人だ。

 近衛騎士の精鋭でもあるミゲルは、呪神教団の荒事担当として期待されていた幹部候補だ。

 そのミゲルを圧倒した導師ドミニクの戦闘力に信徒たちは驚愕した。


「まさか王が間者を放っているとは」

「私は疑われて当然ではあるからな」


 ドミニクは素行があまりに悪く王都から追放された王族だ、それも亡くなった王兄の息子なのだ。

 王が警戒して間者を送り込むのは当然と言える。


「とはいえ、疑われているならば時間はない」


 ドミニクは信徒たちをゆっくりと見回す。


「早急に王宮を落とす。時間は貴重だ」

「御意」


 呪神の信徒は、即座に動き出した。

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