34:夏の終わりに、初めてのデート
「トオル、こっちだよ」
九月一日、今日は朝から晴れ渡っていた。
ザ・モールPart2の入り口に向かうと、夏もののワンピースと手提げ鞄、そして麦わら帽子姿の佳織が手を振っていた。
夏が終わって今日から秋だというのに、今日もこれから暑くなる。秋物の出番はもうちょっと先となりそうな季節柄、夏物を身にまとってのデートは一体どういうことなのだろうかと思っている人もいるだろう。なぜかというと、俺たち二人はアルバイトや合宿などがあってまとまった休みが取れなかったからだ。
☆
東北大学との合同合宿の間中、俺と佳織が付き合っていることを悟られるのを防ぐために、俺達は別々の班で活動することになった。俺はスピーチ班、佳織はディスカッション班を選んだ。
スピーチ班にはよりによって綾音さんが居て、二日目の飲み会にて酔っぱらった綾音さんから「アンタ達、何があったのか教えなさいよ」と問い詰められた。
俺は正直に終戦記念日の出来事と話すと、綾音さんは俺の背中をバンバンと勢いよく叩いては残念そうな口ぶりでこう話してきた。
「まさかアンタが佳織ちゃんとエッチしたなんてね~。お姉さん、狙っていたのになぁ……」
綾音さんは冗談めいた口ぶりで俺が佳織とエッチをしたことを悔しがっていた。七月の頭に遠藤とエッチしたことはノーカウントなのだろうかと思って突っ込んでみたら、あっさりと「ノーカンにさせて」と言われてしまった。まあ一度くらいはいい思いしたと思って……、な。人の彼女を狙わずに自力で彼女を見つけてくれ、遠藤。
合宿では長谷川さんや中村先輩に彼女が出来たことをさんざん突っ込まれたけど、お題であるスピーチ全文暗唱をこなせたからよしとしよう。
その後も頼子さんの店で二人そろってアルバイトをする日々が続いた。時折失敗しては頼子さんに注意されることもあったけど、大事までには至らずに与えられた仕事はすんなりとこなした。佳織からデートの誘いがあったのは昨日佳織に泉中央駅まで送ってもらったときのことだった。
「ねぇ、明日私たち二人とも休みでしょ。せっかくだから明日映画を見に行かない?」
車から降りるタイミングで佳織から声をかけてきた。
今日と明日は何にも予定がないから、部屋の掃除や新学期の準備などをして過ごす予定だった。それだけではつまらないし、佳織を抱いてから何もしないというのもこれまた分が悪いと思っていたところで、まさかのお誘いだ。断る理由なんてどこにもない。
「いいけど、どこにする?」
「う~ん、トオルさ、七月に大久保さんと一緒に映画を見に行ったじゃない。そこにしようよ」
「ムービックス仙台か」
確か、あの時はムービックス仙台に行ってヤンキー漫画の実写版を見に行った。その帰りに中華料理店でお昼を食べたけど、結構おいしかったなぁ。その時に大久保さんが吉田への想いを語ったのは意外だったけど。
「そう。トオルの住んでいるところから歩いてすぐだし、こないだトオルと大久保さんが一緒にお昼を食べたところにも行ってみたいかなぁ……なんて。どうかな?」
こないだこっそりと食べに行って餃子をこっそり買っては偶然を装って出していたくせに、何をぬかすのかこの娘さんは。
初体験の日に日中であるにもかかわらず三度もエッチして、結局部屋に戻ったのが夕方になってからというのをしっかりと覚えているよ、こっちは。最後はノリノリで……、イカン、こんなことを思い出したら確実に十八禁指定を食らってしまう。
まぁ、初のデートとしては悪くはない、かな。
「いいよ」
俺はそう答えると、佳織は「詳細は今日帰ってから送るね」と言って、初心者マークの付いた車を走らせて自宅のある方面へと消えていった。
ここ最近は夏休みということもあって佳織は自宅で過ごすことが多く、遠くの地からこっちに来ている自分としては疎外感を感じることが多い。だけど、社会人になったらめったなことでは帰省できないと考えれば、それくらいどうってことはないだろう。それから家に帰って自分で夕食を作って食べてそのまま寝て、デートの準備をして……。
☆
「何考えていたの?」
……今に至っている。
「いや、ちょっと昨日までのことをね」
まぁ、ここ最近はいろいろあったからなぁ。アルバイトもそうだし、それに合宿もあったし。
「変なの。それよりもほら、早くしないと席が取れなくなっちゃうよ」
そう話すと、佳織は俺の手を取って引っ張るように歩いて行った。
どの映画を見るのかについてだけど、いろいろ悩んでいるところで佳織から電話があり、「お前らはどう生きるか」を見ようということになった。
確かアニメ界の巨匠監督が十年振りに手掛けた作品で、内容が一切予告されていないことで知られる作品だったはずだ。パンフレットも最近になってようやく発売されたばかりだと聞く。果たして大丈夫なのか、心配になってきた。
「なぁ、大丈夫なのか? 事前予告なしで映画を見るなんて」
「いいの、いいの。大監督の作品なんだから、ドーンと構えていれば大丈夫だって!」
意気揚々と笑顔になっている佳織に導かれるように、あっという間にムービックス仙台の入り口まで来た。
果たして大丈夫なのかと思いつつ佳織からチケットを貰い、これまた映画館に来た時のお約束通りにポップコーンとドリンクを買ってからシアタールームへと足を運ぶ。
シアタールームには平日であるにも関わらず、夏休み真っ只中の大学生や年配の方々がちらほらと見受けられた。平日の午前中にデートでここに立ち寄っているのは、俺達くらいなもの……かな。
「ここにしようよ」
佳織が見つけた席は、スクリーンの中央沿いの少し離れたところだった。
こないだもここで映画を見たような気がするけど、あの時はあまりしゃべらなかったような気がしたな。
席に座ると、佳織が「楽しみだね、映画」と一言俺に声をかけた。俺が「そうだね」と答えると、スクリーンには予告編や映画泥棒のCMなどが流れ、そして……。
◇
「う~ん、なんて言ったらいいんだろうか……」
あっという間に二時間強が過ぎ、俺達は狐につままれるようにムービックス仙台を後にした。俺達はこないだと同様に三階にある中華料理店でお昼を食べていた。佳織は鶏中華そばを頼み、俺は煮卵が載っている中華そばを頼んだ。
二人で昼ご飯を食べながら、二人であの映画のことについて語り合おうとしても、なかなか言葉にならなかった。
あの大監督がここまで難解な物語を手掛けるなんて、俺達には全く想像もできなかった。
「タイトルだけ借り物にしていても、ここまで難解な内容だとはね……」
佳織はパンフレットを買ったものの、ずっと頭を抱えていた。ホント、なんでこんな映画を選んだんだろうかと頭を抱えたくなったよ。こないだ大久保さんと一緒に見たヤンキー映画や、中尾と見た中国の古代史を扱った作品のほうがよほど面白かったよ。
「何度も見ないと分からないな、これ」
「そうだね……。まぁ、まだまだ上映するから機会があれば見に行こうよ」
「ああ」
力なく返事をすると、俺は目の前にあるラーメンを静かに啜った。二人とも頭を抱えながら昼食を食べている様子は、周囲からはどう見られるのだろうか。おそらく倦怠期を迎えているカップルだと思われそうだ。
倦怠期と来れば、ボランティアサークルに彼氏がいる綾音さんはどうしたんだろうか。
「なあ、綾音さんってここ最近彼氏と上手くやっているのかな」
鳥中華そばを食べていた佳織は箸を置くと、口を拭ってから先ほどと違って神妙な顔つきをしながら話しかけた。
「なんかね、別れたって聞いたよ。こないだ私のところにLEINが入っていて、『彼氏が同じサークルの子と浮気していた』って、ね」
そういえば、こないだの東北大学との合同合宿で、佳織さんは終始不機嫌で窓の外を良く見ていた。淋しそうにしては溜め息をついている姿が印象に残った。それに、二日目の飲み会では俺のところを舐めまわすように見ていたような……。ただ、こればかりは何とも言えない。自分のことすらままならないのに、ましてや他人の恋愛なんてなおさらだ。
「そのことは深く考えないようにして、食べ終わったら買い物に行こうよ! ほら、また九月から後期の授業が始まるからさ」
そうだな。九月に入ると後期の授業が始まる。そうなればまた佳織と一緒に食事を作ったり、勉強したりの日々がまた始まる。
そうと決まれば……。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だな!」
「そうだね、落ち込むのはここまで! 食べたら買い物に行こう!」
さっきまで暗かった表情が嘘のようにパアッと明るくなると、俺達は目の前にあるラーメンをあっさりと完食した。もちろん、テイクアウトの餃子も一緒だ。……明後日はブレスケアしてからバイトに向かうか。
<あとがき>
あと2回で終わりです。
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