35:たっぷり愛してあげる
九月に入ると、太陽が傾くのはあっという間だ。
デートが終わってからは近所の生協に行って買い物をこなし、お互いの部屋に戻って掃除や洗濯を済ませた。佳織の選んだ映画がエンターテインメントどころか高尚な映画だったからか、甘い雰囲気はどこへやら。気がついたら、告白する前のいつもの俺と佳織に戻っていた。まぁ、佳織らしいといえば佳織らしい……かな。
買い物の帰りの話だと、今週末からは佳織もこっちで生活をするとのことなので、後期に入ったらまたいつもの佳織との生活が始まる。ただ違うところは「今夜、久しぶりにエッチしようよ」と、佳織からお誘いのLEINが届くことくらいだ。
しかし、腹が減っては戦が出来ぬというのは世の常で、俺と佳織はというと……。
「トオル、サラダの準備が出来たよ」
そう、今日は横須賀で買ってきて佳織に渡したお土産のよこすか海軍カレーを食べてみようということになった。もちろん、サラダに必要な野菜と牛乳は生協で買ってきたばかりだ。
サラダとご飯をこしらえたのは佳織で、俺はというとその脇でレトルトカレーを温めていた。
あとはご飯にカレーをかければ……。このスパイシーな香り、清水と一緒に食べた時の思い出が蘇る。いつか佳織にもレトルトじゃなく、本場の海軍カレーを食べさせたい!
お盆にカレーライスの入った少し大きめの皿を載せてから隣の部屋に向かうと、佳織はサラダの盛り付けや食器を並び終えたらしく、主役の到着を今か今かと待ち焦がれていた。
「お待たせ。持ってきたよ」
「ありがと♡」
佳織がウィンクすると、カレーライスが盛り付けられた皿を手に取って、テーブルに乗せる。俺も同じようにして皿をテーブルに乗せると、後は食べるばかりだ。
「いただきまーす」
「いただきます」
二人そろって手を合わせると、いつものように食卓を囲む。このひと時が本当にたまらない。
佳織と友達になった日から、彼女が居ない日を除いて夕食は二人一緒になって食べるようにしている。
俺は嘘告白と修学旅行での急襲が原因で女性不信に陥り、佳織は女遊びが好きな先輩のせいで男性不信に陥って高校時代はチアの活動と勉強に専念した。俺は志望していた国立大学には入れなかったものの無事仙台の地を踏み、そして女性不信を克服して女友達を手に入れ、そしてこないだ晴れて恋人同士となった。
今日は二人っきりで初めてのデートをしたけれど、映画のチョイスを間違えなければ気まずくなることはなかっただろう。まぁ、話題の映画だからといって安易に選んじゃだめだね。
「ホント、今日の映画はちょっとわからなかったな」
「そうだね。パンフレットも売っているから、今度買ってみよう」
今日見た映画だけど、パンフレットが販売されていたのはお盆休みに入ってからだった。公開開始が七月十四日だから……、一ヶ月近くも販売されていなかったのかよ! そこまでして細かいことをひた隠しにするなんて、この作品を作った監督の考えていることは一体……。
あの映画のおかげで普段通りの付き合いに戻ったけど、お誘いのLEINって一体どういうことなのだろうか。
果たして何が……う~ん……。
◇
洗い物が終わり、いったん自分の部屋に引き返した俺は歯を磨き、シャワーを浴びた。
今日のデートは失敗したけども、お誘いがあるってことは期待して良さそうだ。というか、それしか期待できない。真昼間に抱き合ったあの日から、俺達は一度も
「さてと、佳織の部屋に向かうか」
俺は鍵を閉めると、左隣にある佳織の部屋に向かい、インターフォンを押して「お邪魔します」と呼びかける。
「トオル、もう来たの? さっきLEINで指示した通り、スマホは持ってきた?」
「ああ、もちろん」
「くすっ、入っていいわよ」
すると、部屋の向こうからロックを解除した音が鳴る。……よし、入るか。
俺はいつものように玄関のドアをゆっくりと開けてから、佳織の部屋の中に入る。
「お邪魔します……」
いざ部屋の中に入ると、廊下の電機は消えていて、ついている明かりは佳織の部屋にある常夜灯だけだった。俺はその中を手探りで進んでいく。
真っ暗な中ですることと来れば……、
歩き回っていると、いつの間にか佳織の部屋に入り、そこで……。
「えいっ!」
……いきなり誰かに掴まれた。
いったい誰だ? と思ったら、腰の辺りまであるロングヘアで佳織だと分かった。
やたらとセクシーでレース模様が編み込まれている黒いブラに、これまたレース模様とリボンがあしらわれている黒いパンティを見ていると、まるで娼婦のようにしか思えない。
佳織は俺を押し倒すと、四つん這いの姿勢になって胸元を強調させながら俺に尋ねた。
「さっき話した通り、スマホは持ってきた?」
「え、ええ、まぁ……」
もちろん、持ってきたよ。……いったい何に使うのかはわからないけどさ。
「それ、私に貸して」
「そ、そりゃあもちろんだよ」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、佳織に渡した。
「何に使うんだ?」
「今のところは内緒だよ」
そう話すと、佳織はベッドから立ち上がってさっきまで一緒になって夕飯を食べていたテーブルの上に置いた。少しだけ起き上がってテーブルの上をよく見ると、佳織のスマホにこないだ使っていた
ってことは……、期待して良いのか。
「なぁ、アレがあるってことは、どういうことだ?」
佳織は俺の左隣に座ると、俺の体にくっついて離れないように腕を絡めた。
佳織の体からは、甘い柑橘系の匂いが漂って離れない。そして胸元からは、たわわな果実が俺の理性を狂わせようとしている。
……だけど、佳織は顔がちょっと真っ赤のままで俺と視線を合わせようとしない。エッチなことをするのかと思っていたら、佳織は思いがけないことを口にし始めた。
「実はね、ここしばらくの間欲求不満だったの。初めてエッチした翌日からずっとトオルが母さんとつきっきりだったじゃない、それでちょっと、ね」
「……頼子さんに、嫉妬していたってことか」
「そうなの。うちのママ、年の割に若く見えるじゃない。だから、かな……。それでね……」
そういや、ここ最近は佳織よりも頼子さんとよく話していたな。職場の上司である以上は仕方ないけど。
頼子さんはどことなく佳織にそっくりで、とても親子とは思えないほどに若々しい。まるでほんわかした声をしている声優さんと同じように若々しく、下手すれば二十代でも通用しそうな美しさを兼ね備えていた。
そんな頼子さんと一緒に居たとしたら、佳織が嫉妬するのも無理はないだろう。
「こないだちょっと無理してモールでこの下着を買ったの。似合う、かな」
佳織はもともと可愛いし、それにスタイルも良い。無理しなくてもいいのにと思ったけど、ここまでしてくれるならば……。
「似合うよ、佳織」
暗闇の中で見えないけれども、佳織はセクシーな下着には似合わない明るい笑顔を見せて、「ありがとう」と答えてくれた。
「そう言ってくれて嬉しいよ! ……だから今夜は、このままエッチ、しよ?」
「えっ?」
「だって、そのつもりで来たんでしょ?」
「うん、まぁ、そうだけど……」
「だよね。こないだはトオルの部屋でエッチしたから、今度は私の部屋でエッチする番だね」
すると、佳織はまたベッドの上に俺を押し倒した。
佳織は胸を軽く揺するとまた四つん這いになり、顔を近づけて……。
「今夜もたっぷり愛してあ・げ・る♡」
そう言って、またこないだと同じように舌が蕩けるようなフレンチ・キスを交わした。
終戦記念日の日の日中にした時と同じように、熱帯夜に負けない熱い恋人たちの夜が始まった――。
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