09:ありがちなシチュエーション
太陽が青葉山の向こうに隠れるか否かのところで、俺と綾音さん、佳織はようやく川内キャンパスの地に足を踏み入れた。
川内駅の南一番出口から延びる通路を歩くと、新緑の木々が目に飛び込む。
東側には真新しい建物があり、その脇には木々に隠れて少し見えないが講義棟が立ち並んでいた。
外から見た感じは建物自体に年季が入っているが、土樋キャンパスにある本館と礼拝堂に比べるとまだ新しささえ感じる。
「そういや、カレーがメインの食堂があったと親から聞いたんですが」
「ああ、以前の第二食堂? 今はなくなったわ。そこまで気になるってことは、徹君はカレーが好きなの?」
「ええ。横須賀に住んでいた時は一週間に一遍は食べていました。それに、引っ越しの時にはカレーマドレーヌを渡しましたから」
「綾音さん、トオル君が引っ越してきた日に私がカレーをごちそうしたんですよ」
「へぇ、そうなの」
「ええ。彼、涙ぐみながら食べていましたから」
「徹君、それって本当なの?」
え? なんで俺に聞くの?
そりゃあ、泣いたのは本当だけどさ……。
「ま、まぁ……。ちょっと横須賀に居た時のことを思い出しまして」
「ふーん、横須賀に居た時ってどんなことがあったのかしら?」
「そ、そりゃあいろいろありましたよ。この話は恥ずかしいからさすがに言いたくないんですが」
「いいじゃないの、話しなさいよ」
「駄目です……って、もう講義棟ですね」
ホントだ。話していたらあっという間に着いちゃったよ。
いざ入り口から川内キャンパスに足を踏み入れると、きれいに掃除されているからなのか、落書きの類は一切見られなかった。父さんが大学時代に英会話サークルの催し物で足を運んだ時は壁のあちこちに落書きがあったと聞いていたのに、ちょっと残念だ。
階段を上り、二階の明かりが見える教室にたどり着くと、ややたどたどしい英語で何かをしゃべっている様子が聞こえてきた。
「あの人たちって、昨日話していたウェルカム・ディスカッションの準備をしているんですか?」
「そうね。東北大学の人たちはすらっと英語を話せる人が多いから、英語科出身の佳織ちゃんもきっと驚くはずよ」
綾音さんは感慨深そうな目をすると、「そろそろ入ろう」と俺たちに目配せをした。
「What would you like to do during your four years in college? (大学の4年間で何をやってみたいの?)」
「I don't know what to do(まだわからないけど), えーと……、もし……ってなんだっけ?」
「仮定にはifを入れるんだよ」
「あ、ifか。but if I had to pick one, I would say study abroad. (ひとつ挙げるなら、海外に留学したいな)」
「For me(私は), ……法律の資格って……、I would like to get a law degree. Because...(法律の資格を取りたいなぁ)」
流暢に英語を話している上級生に対して、俺たちと大して変わらない新入生と思われる学生が何とか頭を振り絞って会話を成り立たせようとしている。
高校時代のコミュニケーション英語の授業を思い出すな。
数人のグループを作って英会話をするのだが、俺だけは英語ができる一方で周りの生徒たちはなかなか話せなかったっけ。
「遅くなりました。東北学院ESSの高橋です」
綾音さんが部屋の中に入って恰幅のいい男子学生に話しかけると、男子学生が立ち上がって綾音さんに向かって話しかけた。
「ほら、入ってもいいわよ」
すると綾音さんは俺たちのいる方向を指さして、部屋に入るよう案内した。
いいのかな、会話に交じっても……。
「お邪魔します」
入り口付近で頭を軽く下げると、俺と佳織は恐る恐る講義室の中に入った。
「だ、大丈夫かな……」
「大丈夫よ。ほら、早く」
佳織はいつの間にか綾音さんに連れていかれ、女子学生たちが座っているところに交じって話し始めた。
「H..., hi, I’m Kaori Horie. I'm a first-year college student of Tohoku Gakuin University. (堀江佳織です。東北学院大学の一年生です)」
佳織は少しつっかえながらも、はっきりした発音でT大学生に対して自己紹介をしていた。
オリエンテーションの時に泉第一高校の英語科出身だと話していたのを思い出したよ。俺なんて独学なのに。
男性陣の真ん中には、こないだの花見で一緒になった中村先輩が真ん中に座っていた。
俺を見るなり、「お~、鹿島。こないだぶりだな」と声をかけてくれた。
「花見の時以来ですね」
「そうだな。あの後はどうしたんだ?」
「佐久間先輩と一緒になって綾音さんの部屋に連れて帰りました。大事には至りませんでしたけど、綾音さんは肝心なことをすっかり忘れていましたからね」
「違いないな。酒が飲めるようになったからといっても、飲みすぎはよくないよな」
そうだな。来年には酒が飲めるようになるけれど、綾音さんのように節操なく飲まないようにはしないと。
「それじゃあ、椅子に座ったら英語で自己紹介してもらおうかな」
「は、はい!」
先輩に促されて椅子に座ると、気持ちを落ち着かせながら英語が下りてくるのを待った。
「コホン! I..., I'm Toru Kashima. I was born and brought in Yokosuka(俺は鹿島徹です。横須賀で生まれ育ちました). 」
ここまでは順調に喋れたな。さて、続きだ。
「After graduating in high school, I came to Sendai by myself. (高校を卒業してから仙台に来ました) I..., えーっと……法律を専攻するってのは……」
確かspecializeでいい……のかな。
「I specialize in law. (法律を専攻しています) 」
緊張しながら立ち上がって自己紹介をし終えると、ゆっくりと席に座った。
すると、真正面にいた眼鏡をかけた中村先輩が俺に話しかけてきた。
「Hmm..., I specialize in economics. (俺は経済学専攻かな) 」
ほかにも数名が自己紹介をすると、中村先輩が何を話そうか悩みあぐねていた。
すると、先輩はちょっと考え事をすると……。
「ウェルカムディスカッションの練習はこれくらいにして、とりあえず英語で高校時代のことを話してみないか?」
とんでもないことを言い出した。
先輩、そりゃ無茶もいいところだよ。
俺の高校時代なんて、黒歴史にしたいほどの女難まみれだよ。
「いいね、それ。本題から離れるけどやってみようや」
「面白そうじゃねぇか」
すると、周囲の男子学生が中村先輩に同調するように声を上げた。
「トップバッターは……、そうだな、学院の鹿島がいいや」
参ったな。俺の恥ずかしい話を言わなきゃならないのか?
助け舟を出そうにも、綾音先輩と佳織はいい感じで談笑している。
これは翻訳アプリを駆使して話すしかないか……。
「そ、それでは……。When I was in high school, I was badly mistreated by women. (高校の時に、俺は女の人からひどい目に遭いました) 」
出だしは好調だが、果たして幼馴染って何て言えばいいのだろうか。
「先輩、幼馴染って英語でなんて言うんですか」
「Older childhood friendだよ」
「そうか! My childhood friend was taken by my brother. (幼馴染は兄貴に取られ……) 嘘コクって何て言えば……」
「英語だとfalse confessionかな。動詞にするとfalsely confessでいいかも」
「よし。The most beautiful girl in my class gave me a false confession. (同じクラスに居る女の子から嘘コクされました) 」
「Please go on. (続けて)」
「On a school trip, I was sexually attacked by a girl on a school trip. (修学旅行では、女の子に襲われました) 」
周りの先輩たちに支えられながら、俺は恥ずかしさまみれで高校時代のありとあらゆる醜態をすべて話した。
日本語で言っても恥ずかしいというのに、英語だとなおさらみじめに感じる。
これでアメリカやイギリスの人に話したら、どう思われるか心配だよ。
「Mr. Kashima, what did she look like? (鹿島、そいつの見た目はどうなんだ?)」
「W..., what are you talking about? (な、何を言っているんですか?)」
左隣にいる男子学生が興味深そうに俺に聞いてきた。
これって英語で話せるか? 少なくとも胸は大きくて、髪は染めていたはず……。
とりあえず「胸」はbreastで、「髪を染めている」はdyeでいいはずだ。
胸に関してはスラングでも構わないけど、わからない人が多そうだから普通に行くか。
「She has large breasts, and her hair was dyed blonde. (そいつは胸がでかく、髪をブロンドに染めていました)」
後は布団を引っぺがしたってことを話せばいいよな。
英語で話すのは正直恥ずかしいけど。
「She approached where I was sleeping and..., (彼女は俺の寝込んでいるところに近づいて) 無理やり布団を引っぺがしたって……」
「Pull offでいいんじゃね? 布団はbed quiltでもいいらしいぜ」
「オッケー。...forcibly pulled off the bed quilt. I don't remember anything after that...(その後は覚えてません) 」
すると、隣の男子学生が「うらやましいぞ、それ」、「成人向け漫画にありがちなシチュエーションじゃないか」と日本語で囁いていた。俺からしてみれば災難だけど……。
ほかの男子学生は楽しそうに高校生活についていろいろと話していたけど、俺にとって高校時代は痛い目に遭ったことしか記憶にないな。
だけど、恥ずかしいからといって話さないのと話すのでは随分違う。
「いやぁ、本当に興味深い話を聞いてよかったよ。続いてだけど、やりたい奴はいるか?」
真正面の中村先輩は楽しんでいるみたいだけど、これは後の人が続くのかちょっと不安だよな……。
<あとがき>
英語セリフはDeepl翻訳を交えています。
時折日本語を交えて、拙い感じを出させています。
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