ガイスト――戦場で幽鬼と化した俺達の物語――東部戦線で戦車兵だった俺は死んだ

ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者

還らざる魂

 1942年秋。東部戦線。コーカサス地方丘陵地帯。ここで俺は死んだ。


「子爵」聞き慣れた声がした。


 元部下の声だ。


 俺達は毎年この日に自分達が死んだ事を確かめに戻ってくるのだ。


 一人、また一人と部下がやって来る。


 中にはこの場を生き延びた者もいたがたった二人だ。


 二人ともソビエトの捕虜になり、故国に帰ったのは一人。


 帰った者も一般的な幸せとは縁遠かった。


 *   *   *


 俺は新型戦車の試験運用担当という名目で左遷された戦車長だった。


 その戦車は量産に入っておらず、試験場から直に送られてきたのだが、何時も何処かが故障しているといった有様だった。


 俺と部下はその戦車を“家具運搬車”と呼んでいた。


 部隊に少数配備された新型は火力と装甲こそ今までの戦車より遥かにマシだったが、決定的に信頼性が不足していた。


 22歳で中尉だった俺は総統ヒトラーをまるで信頼していなかった。


 騎士の末裔の貴族の家系――中世の頃からの軍人一家に生まれた俺は――一族もだが――ヒトラーを成り上がりの平民とみなしていた。


 俺はヒトラーの為に戦ったのではない。結果的に手を貸したわけだが――ドイツの国民を守るために戦っていると思っていた。


 ナチスのやり方に俺は反発を覚えていた。


 同僚に銃を突きつけたのもそうだった。


 ユダヤ女を犯して銃殺してやったと自慢していたそいつの額に拳銃を突き付け、女を撃つ弾が有るなら敵を撃てと威嚇したのだ。


 俺は引き金を引いた――薬室に弾丸は入っていなかった――そいつは失神して尻餅をついた。


 俺は180センチを超える身長に金髪に青い目――模範的ゲルマン民族の外見を持っていた――それで注意処分程度で済んだのだ。


 貴族の家系だったおかげもあるのかも知れない。


 即席と言っていい戦車の慣熟訓練を部下とこなし、俺たちは戦線に向かった。


 部下は俺が選んだ。問題を起こした者が殆んどだった。


 彼らは俺を「子爵」と呼んだ。


 自ら望んだ事でもなかったが確かに俺の家は子爵家だった。


 俺たちは訓練に励んだ。


 この戦争が終わるまでは死ねない。


 俺には許嫁がいたからだ。


 幼い頃から決められていた、昔から交流が有った貴族だ。


 俺は彼女を愛していた。彼女も俺を愛していた。


 愛を交わしたことは無かったが、必ず帰って結婚すると誓いを立てた。


 そうして俺達は戦死はしたくないと全員で願いながら、一番死ぬ可能性の高い東部戦線へとやって来たのだった。


 *   *   *

 

 俺達は師団の先頭に立って前進していた。


 敵の抵抗は弱く、相手の陣地を抜けるかもしれない。


 チャンスだ――全速力で突進する。


 こちらの陣地に攻めてきた敵は退却にかかっていた。


 殆んど横並びに近い形で敵陣地に迫る。


 敵陣深くに切り込んだ――そう思った時、俺達は罠にかかっていた。


 地面の起伏に巧みに隠されたソ連軍の対戦車砲が一斉に火を吹いた。


 こちらの急降下爆撃シュトゥーカ隊は囮の陣地に爆弾の雨を降らせ、本丸を見つけられなかったのだ。


 数発の直撃弾にも“家具運搬車”は耐えた――装甲だけは。


「エンジン停止!」機関士が叫ぶ。


 同時に無線士も叫んだ。


「無線使用不能!」


 エンジンは止まり、無線機が故障した。


 味方の中で遥かに敵陣に肉薄していたのが俺達だった。


 バックハンドブロウ――敵の攻勢限界を誘って反撃を食らわす――俺達はまんまと罠にかかったのだ。


「脱出しましょう、子爵!」


 操縦士が喚く。


「狙撃手がいるかも知れん、外は危険だ」俺も大声で答えた。


「ここに居れば確実に死にますよ!」砲手も必死に反論する。


 部下達は全員逃げるべきだと主張した。


「分かった――総員脱出――これは命令だ。敵前逃亡にはしない――俺が帰らなかったら既に死んでいたと言え」


「これを持って行け」俺は婚約者から貰った指輪を外した。


「俺の許嫁の品だ、戦死した時これだけは持ち出せたと言えば頭の固い上官共も納得するだろう」


「子爵は――」


「俺は残る。味方が救援に来ないとも限らん」


「しかし」


「早く行け。俺は機銃で援護する」


「分かりました。ご武運を、子爵」部下達が敬礼して後部ハッチに向かう。


 結論から言えば、俺も部下も全て間違っていた。


 脱出した部下は4人とも狙撃兵に撃たれた。


 死んだ者が2人。捕虜になった者が2人。


 俺も助からなかった。


 機関銃の弾を撃ち尽くした俺は、主砲弾を一人で込め、手動で砲塔を旋回させて対戦車砲の有りそうな所をめくら撃ちしていた。


 そこへソ連の対地攻撃機が飛んできて俺の乗っている戦車に爆弾を投下した。


 爆弾はうすい天蓋をぶち破り内部で炸裂――俺の肉体は戦車もろとも木端微塵に爆散した。


 1639時、それが俺の死んだ時間だ。


 それ以来毎年、死んだその日に、俺と部下達――そのなれの果てか――はソ連軍が攻めてきた時から俺達の“家具運搬車”が破壊されるまでをここで追体験しているのだ。


 捕虜になった部下も、死んでからここに来るようになった。


 誰が何と言おうと、紛れもなく俺達はここで戦った――それを確かめる為に。


 「さらばです。子爵――」部下たちが敬礼する、俺も敬礼を返す。


 時間が来たのだ。


 長い時間を過ごした後、またここで俺達5人は再会する――それだけは絶対だった。


 あの時と変わらない太陽が俺達の瞳を焼く。


 俺達の戦いは全て無駄だった。


 俺達の祖国は無条件降伏――最悪の負け方を――歴史の汚点として残る国家ごと――消えた。


 だが、俺達の絆は無駄じゃない――何者にも消せない。


 国家の為でなく仲間の為に戦って死んでいった――それが俺達の誇りだ。


 俺は踵を返すと皆が消えた暗闇の中に入っていった。


 ――かつての戦場に束の間の安息が帰って来た――

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