第19話 式典の戦い

 盛大なファンファーレと共に七色の光が天井から差し、原色の花吹雪が舞い散った。紙吹雪ではない。本物の花びらが視界を埋め尽くさんばかりに降り続くのだ。


 船着き場で跳躍術士サン・ハーンを前にして直後、跳躍したと言うより、賓客ひんきゃくとしてもてなされる五十九名の彼らの感覚から言えば周囲の世界の方が一瞬で変わった。殺風景な港の景色から極彩色の王宮内へと。


 この展開と演出に、各国大使や軍関係者、および軍需産業の営業担当は息を呑むしかない。これが魔法王国サンリーハム。近代機械文明は発達していなくとも、決してあなどるべからざる潜在能力を秘めた国家との印象を強く与えられた。もちろん、それがサンリーハムの狙いである。


 そこに新たなファンファーレが。王宮正面に張り出したテラスに立つ紫色の大柄な影。事前情報が確かなら、これが摂政サーマインのはず。


「国外よりご訪問いただいた賓客の皆様に、これよりリリア・グラン・サンリーハム王が謁見えっけんいたします。サンリーハムでの儀礼に沿って行動せよなどとは申しませんが、各々国家を代表する立場にあることを自覚し、敬意ある態度で王をお迎えいただきたい」


 そう言って賓客たちを高い場所から睥睨すると、満足したかのようにうなずき、こう叫んだ。


「リリア王のおなりでございます! つつしんでお迎えください!」


 かすかな衣擦きぬずれの音と共にテラスに姿を現したのは、小柄ではかなげな十二歳の少女。


 摂政サーマインが声を上げる。


「リリア王からのお言葉です! 諸氏傾聴するように!」


 しんとした室内に、「みなさん」とリリア王の言葉が響いた瞬間。重い銃声が鳴り響いた。アメリカ大使は目を疑う。自身の男性秘書官が手に大口径の自動拳銃を持ってリリア王を狙っていたからだ。衛兵はもちろん、秘書官にも軍需産業関係者にも一切の武装は禁じてあったのに、いったいこれはどういうことだ。


 そもそも船着き場でサン・ハーンが武器を携帯している者を見定めていた。秘書官が武器を隠し持っていたなら、あの場に残されたはずである。しかしならば、この状況は何なのか。


 銃声は二発、三発と続いた。なのにリリア王は見えない壁に護られているのか、動揺すら見せない。そこに人の間を縫って走る白い風。白銀の剣士団長レオミスが聖剣ソロンシードを抜き放ち、秘書官の手から自動拳銃を弾き飛ばした。


 だがこれに秘書官はニヤリと笑みを浮かべると、一気に数メートルも高く飛び上がり、王宮の壁に垂直に立つ。その手にはいつの間にか自動小銃が握られていた。秘書官は右手一本で自動小銃を構え、リリア王に狙いを定めたものの、その目の前に宙に浮くレオミスが立ちはだかる。


「貴様、何者だ。正体を見せろ」


 しかしさっきまでアメリカ大使の秘書官だった男は、不敵な笑みを返すだけ。トリガーを引き絞りレオミスに銃弾の雨を降らしたものの、聖剣ソロンシードが横に一閃しただけで、すべての弾丸は床に落ちた。


「なるほど」


 秘書官だった男は初めて口を開き、感心したかのようにこう続けた。


「これが魔法王国サンリーハムか。確かにその名にふさわしい。ではその魔法王国に命じる。女王リリアを我らに差し出せ。さもなくば魔竜の群れがこの国を飲み込むことになるだろう」


「貴様はいったい何者だ。名を名乗れ」


 激高せず落ち着いたレオミスの言葉に、謎の男は合わせるかの如く淡々と話した。


「我は魔竜皇国ハイエンベスタ四方神の一人、風界のヒュードルを拝命致す者。以後お見知りおきを」


「ではヒュードル、貴様には聞きたいことがある。武装を放棄し投降・捕縛されよ」


 するとヒュードルはニッと歯を見せて笑った。


「残念、それは不可能というものだ」


 そう言いつつヒュードルは自動小銃を投げ捨てた。それが床へと落ちる寸前、ヒュードルは稲妻の速度で前に出た。これを迎え撃つ聖剣ソロンシード。ヒュードルの細い指先がレオミスに達するのを食い止める。しかし本来ならソロンシードに触れた手の方が切り裂かれて当然の状況である。なのにヒュードルの指先には傷一つ付いていない。


 いや、ごくごく小さな傷が付いたようだ。そこからひび割れるように、傷はヒュードルの全身に広がって行く。次の瞬間、まるで花吹雪が舞い散るようにヒュードルの全身から表皮が砕け落ちた。


 そこにいたのは、灰色の鳥。鋭く大きな目と先の曲がったくちばしは猛禽類を思わせる。二枚の翼は肩甲骨の辺りから生え、肩からは人間のように腕が伸びていた。下半身のスラリと伸びた両足の先には巨大なかぎ爪が。


「これが貴様の正体なのだな」


 レオミスがソロンシードをぐいと押し込めば、ヒュードルは人間のように五本揃った指先で軽々と受け止める。


「それを決めるのは私ではないよ」


 言うが早いか、ヒュードルは足を蹴り上げ、かぎ爪でレオミスの腕をつかもうとした。これを避けようとレオミスが後退した隙を突いて、ヒュードルは王宮の天井一番高いところにまで飛び上がった。そして逆さにぶら下がりながら、一言唱える。


「風震」


 室内に猛風が吹き荒れた。人が立っていられないレベルの、当たると痛みを伴うほどの風。さしもの摂政サーマインもこの攻撃は防げなかったと見えて、リリア王は床に倒れている。奪うならいまだ。だが。


「光雷壁!」


 レオミスの声が響いたかと思うと、瞬く間に室内は稲妻の形をした光の壁で埋め尽くされた。これでは風が王まで届かないばかりか、ヒュードルが壁を迂回してリリア王に近づくためにはパズルのような空間を縫って移動しなくてはならない。


「ほう、これは考えたな」


 だが驚くにはまだ早かった。この壁を放ったレオミス自身は、まるで何もないかのように光の壁をすり抜けることができるのだ。聖剣ソロンシードの強烈な突きを思わず両手で受け止めようとして、ヒュードルはその先端を左手のひらに深く食い込ませてしまった。


「これまでだ、ヒュードル!」


「やれやれ、そのようだね」


 ヒュードルの目が笑った。次の瞬間、そこに散らばるのは羽吹雪。敵の本体はすでにない。


――リリア王の命と体、しばらくは預けておこう


 ヒュードルの声が響く中を、レオミスはリリア王の側に降り立った。もはや歓迎式典どころではない。今回敵の名前はわかった。魔竜皇国ハイエンベスタ。だがそれを素直に収穫だと言えるだろうか。敵はこの展開を導き出すべく、関空連絡橋への出現を行ったと考えられなくもない。つまり我々はまんまと引っかかったのだ、レオミスはそう思う。


「賓客の皆様方にお伝え致します」


 声を張り上げたのは摂政サーマイン。


「このような事態となりました以上、歓迎式典は難しいでしょう。皆様方の中には商談を期待してここにお越しになった方も多いのでしょうが、我が国の置かれている現状はいまご覧になった通り。これを何とか解決できる方策をお持ちの方のみ商談に応じます。担当役人を向かわせますので後は各自のご判断で。各国大使とリリア王の個別の面会は中止致します」


 それだけ言うと、リリア王を連れて奥へと下がってしまった。




 まさか我が国のスタッフに敵方の刺客が紛れ込んでいたとは。いったい大統領に何と報告すればいいのか。わざわざ軍人と軍需産業関係者からなる使節団を構成してまでサンリーハムに乗り込んできたというのに、何の収穫もなしに戻らなくてはならない。屈辱だ。これ以上ない屈辱である。


 水中翼船に戻り沈痛な表情で頭を抱えていたアメリカ大使は、ふと違和感を覚えた。胸のポケットに紙が入っている。こんな物を入れた覚えはない。取り出して見てみれば携帯電話の番号。これはいったい……?


 大使の心の中に、悪魔がささやこうとしていた。

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