第225話 テスト運転

「この雰囲気!なんや、久しぶりの感じやなぁ」

 南郷のトボけた声が、ロボット格納庫に響いた。

 ここは生徒たち用教習ロボットの格納庫ではない。普段生徒たちが出入りすることのない、特別棟の格納庫だ。

「南郷センセ、ボクここに入ったの初めてやけど、この格納庫って何に使ってるんです?」

 南郷の声に答えたのは両津である。

 今日は久しぶりに、南郷クラスの単独授業だ。つまりいつものロボット部の面々はここにはいない。出席している生徒は両津一人である。

「特別棟っちゅーぐらいやから特別な使い方をしてるんや」

「そりゃそーでしょうけど」

 例によって、南郷の言葉に両津は苦笑した。

「今日はここで何するんか、分かるか?」

 南郷が実に嬉しそうにそう聞いた。

「もし分かったら……ジャ〜ンピ〜ングチャ〜ンス! 特別に得点三倍や!」

「いや、得点て何ですか? クイズ番組やあるまいし」

 両津は苦笑を深める。

「でもまぁ、分からんでもないですよ。たぶんまた、センセの試作ロボットのテスト運転でしょ?」

「おお!さすが両津くん、半分正解や」

 南郷がニヤリと口角を上げた。

「半分?」

 両津の疑問には答えず、南郷は倉庫の奥に大声をかけた。

「整備士のみんな!例のやつ、お願いや〜!」

 その声に合わせ、格納庫の奥に整列していたロボット整備士と思われる三名が、大きなボディカバーを引き剥がしていく。その下から現われたのは、両津が見たこともないロボットだった。おそらく市販車ではない。派手な塗装やマーク等は無く、車体塗装の前に塗られる下地塗料・サーフェイサーだけのシンプルな薄いグレーである。

「これ、センセの試作機にしてはカッコいいデザインですやん」

 両津が目を丸くしている。

「その通り!俺も日々進化してるんや!」

 南郷が誇らしげに胸を張った。

「南郷さん、ちゃんと説明してください!」

 整備士三名の紅一点、ひとりの女性が南郷の悪ノリを止めた。

「悪い悪い、そうやったな」

「センセ?」

 両津の不安げな顔を見つつ、南郷が右手で頭をポリポリとかく。

「こいつは俺の新作とちゃうんや。開発は別の部所で、それを任されてるのはこの三人や」

「整備の蒲田健太です」

「同じく、勝浦亮平です」

「素粒子整備の中尾久美子です」

 両津が困惑の顔を見せた。

「両津良幸です。あの、今日って南郷センセの試作機のテストじゃあ?」

「いえ。私たちのプロジェクトで開発中のロボットの試運転を、両津さんにお願いしたくて」

 細マッチョのイケメン風男性整備士が、両津に軽く頭を下げる。

「なんでボク?」

「そりゃ決まってるがな。俺が推薦したんや。テスト運転なら両津くんが一番やって」

「一番て、失敗ばっかりですやん!」

「失敗も立派なテスト運転や!」

 ホンマかいな?

 そう思った両津にはお構いなく、話が勝手に進んでいく。

「ほんなら、さっそくあれに乗ってくれるか?」

 南郷が新型ロボットを指差した。

「あんな見たこともないロボット、ボク運転方法知りませんけど?」

「大丈夫や、普段の教習用ロボと大差ないわ」

「ホンマですか?」

 両津はひとつ大きなため息をつくと、不承不承新型ロボットに乗り込むことにした。


 確かにその新型の運転方法は、両津にとって見慣れたものだった。

 左右の手で操作するレバーがそれぞれ付いている。それにプラスして中央に操縦桿らしきもの、足元には3つのペダルが見える。基本的には、普段両津が使っている教習用ロボットと同様のノウハウで運転できそうだ。

「センセ、エンジンキーが見当たりまへんです」

 両津が、ロボット用標準無線で南郷に問いかけた。

 チャンネルは、教習所内でよく使われる22にセットされている。

「両津さん、蒲田です。この機種にエンジンキーはありません。正面パネルの右下方に赤いボタンがあると思いますが、見つけられますか?」

 両津の問いに答えたのは南郷ではなく、蒲田健太と名乗った整備士だ。

 その声も、見かけにピッタリのイケメンボイス、イケボである。

 この人、声優できるんちゃうか?

 最近ロボット部で、奈央にオススメのロボットアニメを見せられまくっている両津の頭に、そんな思いが浮かんだ。

「はい、あります」

「それを押すとエンジンがかかります。やってみてください」

 この辺は最新流行の自家用ロボットといっしょやな。

 そう思いつつ、両津はそのボタンを右手の人差指で押す。ボタンは軽く沈み、同時にコクピットの照明が明るくなる。そしてメインディスプレイに周囲の状況が映し出された。

「すげー!これ、全天周モニターやないですか!」

 両津が驚くのも無理はない。全天周モニターは、自家用では最高級の車種にしか用意されていない超がつくほど高級なオプションだ。360度ディスプレイが、両津の座席のまわり全てで景色を映している。両津が座っているシートは、まるで空中に浮かんでいるようだ。

「それに、これめっちゃ静かですやん!」

 この時代の自家用ロボットは、21世紀に馴染みの深い自動車をリスペクトしている。エンジンキーを回すと振動が始まり、まるで内燃機関のエンジンのような音が響く。だが、この試作機にはその機能が搭載されていないらしい。かすかなスイッチ音やわずかな電子音だけが、運転席に響いている。

「両津くん、とりあえず立ち上がってみてくれへんか」

 南郷の言葉に、両津は左右のレバーをぐっと手前に引く。

 そして右端のペダルを踏み込むと、新型はゆっくりと立ち上がった。


「さぁ、どんな数値が出るやろか?」

 両津の乗る新型を前に、南郷と三人の整備士は食い入るようにパッドに見入っていた。

「彼は他の生徒さんたちより、共鳴しやすいんですよね?」

 久美子の問いに、南郷がうむとうなづく。

「そうや。これまではその真相がよく分からんかった」

 そう言って南郷は、ニヤリと笑った。

「Xだけやなくてこの新型には、袴田さんが開発したY素粒子のセンサーが内蔵されとる。はたしてどんな数値が出てくるかや」

 南郷と三人の整備士の顔に、不安と期待が入り混じった表情が浮かんでいた。

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