第210話 アイアンゴーレム

「こりゃまたすごいながめやなぁ」

 三井良子に追いついた南郷は、驚きとも呆れともつかない声を上げた。

 東展示棟の床に転がる黒スーツの男が五人。そしておそらく彼らがかぶっていたと思われる五つの黒いパナマ帽が、あちこちに転がっていた。

「三井さん、結束バンドとか持ち歩いてるんや」

 しかも男たちは全員後ろ手で、親指同士を結束バンドで固定されている。

「はい。いざと言う時のためです」

「いざと言う時って、どんな時や?」

 南郷が苦笑する。

「こういう時です」

 良子が優しい笑顔を見せた。

 良子の手に、すでにトンファーは無い。おそらく、取り出した時同様にスカートの下に収納したのだろう。

「しかし三井さん、ぜんぜん余裕みたいやなぁ」

 大の男五人を相手に格闘したというのに、彼女の息は全く乱れていない。自然な呼吸で、胸がゆっくりと上下している。モスグリーンのメイド服にも、全く乱れが無い。

 このロングスカートでどうやって戦ったんや?

 南郷は、もう少し早く到着していたら見られたのになぁと、少し残念な気持ちになっていた。

「あ、そうや」

 突然南郷が声を上げる。

「どうしました?」

「店内放送でロボットの暴走て言っとったけど、やっぱり違ったで」

 日本を代表する展示場だと言うのに携帯が圏外になっていたことから、二人はこれがただの暴走ではないと疑っていた。

「何が起こっているのでしょう?」

 南郷はひとつ息をつき、少し低めの声で言う。

「テロや。黒き殉教者のやつがロボットを乗っ取って暴れとるみたいや」

「もしかすると、こいつらも?」

 良子が転がっている男たちをいちべつする。

「それは分からへんなぁ。同じ一味なんかどうか」

 南郷がため息を漏らす。

「それに、先日の学食での誘拐未遂事件も、まだ解決してへんしなぁ」

 南郷が、困ったもんや、とばかりに肩をすくめた。

「で、宇奈月さんは?」

「展示中のロボットに乗って、出入り口の方へ向かいました」

「それってもしかして?」

「おそらく……テロリストと戦うためではないかと」

 ぎょっとする南郷。

「それアカンヤツやん!なんで止めなかったんや?!」

 良子がフフッと小さく笑う。

「そういう方ですので」

 二人がそんな会話を交わした時、突然入口近くの搬入用扉がギシギシと音を立て始めた。留めてあるネジや溶接箇所が悲鳴を上げている。

「なんや?!」

 搬入口の扉は巨大だ。東展示棟の天井の高さはおよそ12メートル。そして扉の高さは約10メートルにも及ぶ。展示用ロボットの出し入れが可能な入口だ。

 グワシっ!

 嫌な音を展示棟内に響かせて、搬入用扉がひしゃげていく。そして外側に引き剥がされるように吹っ飛んだ。ポッカリと開いてしまったその入口に、巨大なシルエットが立っていた。その大きな影は、ゆっくりと歩を進めて展示棟内に入って来る。そして天井の照明に照らされ、その姿が明らかになった。

「アイアンゴーレムやないか!」

 アフリカ大陸のスーダンと南スーダンに挟まれた国、リカヌ共和国で紛争に巻き込まれた経験のある南郷にとって、そいつは見慣れた機体であった。しかも、つい最近奥多摩でも出会っている。

「やつら、こんなもんまでビッグサイトに持ち込んでたんか!」

「これは?!」

「世界中のテロリスト御用達の闇ロボットや!性能は軍用と言ってもええやろ」


「こちらヴァイシャ、今東展示棟内です。これから来場者に脅しをかけます」

 アイアンゴーレムのコクピットで、一人の男が耳の小型無線機に触れながら報告した。奈央を襲った男たちと同じ、真っ黒なスーツ姿である。ネクタイに入った赤いマークが、唯一それが喪服ではないことを主張していた。

『こちらは少し手こずっています。しばらく加勢には行けませんが、一人で大丈夫ですか?』

 アヴァターラの声だ。

「もちろんです。お任せください」

『最悪、多少の犠牲はやむを得ません。ですが、人質としての価値を損なわないように、ある程度の人数は確保してください』

 ヴァイシャと名乗った男が、ニヤリと悪い笑顔を見せた。

「了解です」


「まずいやん!ここには玄関の暴走ロボットから逃げてきた来場客が山ほどおるんやで!」

 南郷が悲痛な叫びを上げた。

 逃げ惑う来場者たち。入って来たアイアンゴーレムと反対方向に、いっせいに駆け出していく。だが、展示棟の奥にある扉は、人間用の小さなものがたったひとつだけである。数十人が一気に押しかけても、すぐにここから逃げ出すことはできないだろう。

「なんとか時間をかせがへんとアカンけど……」

 何か方法はないかと、あたりを見回す南郷。

「南郷さん」

 その時、良子が真剣な目を南郷に向けた。

「私たちもロボットであいつを止めましょう」

「三井さん、操縦は?」

「もちろんです」

「じゃあ、それぞれ動かせそうなロボットに乗りましょか」

「分かりました」

 二人はダッシュで、展示されているロボットへと走り出した。

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