第25話 自習時間

「でも、よく飽きずに毎日暴走するわよね」

 奈々が両手を腰にひかりに視線を向けた。

「てへへ〜」

 ひかりは右手を頭の後ろに回して、なぜか照れた表情で笑顔になる。

 ひかりの暴走で、回避教習は中断されていた。完全に破壊されてしまった模擬弾射出機だが、予備があるとのことで、すぐに交換されるらしい。その待ち時間は自習である。生徒たちは皆自機を降り、草の上に輪になって座っていた。

「しかしあの機体、めっちゃ頑丈やなあ」

両津が呆れたように言った。

 模擬弾射出機に激突して壁にめり込んでいる火星大王を、教習所の修理班が重機で引き剥がしにかかっている。しかし、ものすごい勢いで激突したにもかかわらず、火星大王は装甲が少し凹んだだけで、大した壊れ方はしていなかった。この頑丈さがマーズキングの取り柄である。一時代を築いた大ヒットには、そんな理由もあった。

「とてもたくさん売れたのは、お買い得だったんでしょうね」

「愛理が小さい頃には、おうちにもありました〜」

 奈央と愛理も火星大王を見つめている。

「まあそのおかげで遠野さんに怪我がなかったんだから、古い機体も悪いところばかりじゃないわね」

 奈々の皮肉交じりの言葉に、ひかりがまた照れ笑いをする。

「てへへへ〜」

「照れてる場合じゃないでしょ」

 奈々の口からため息がもれる。

 今日何度目のため息かしら……。まあ遠野さんはそこが可愛いとも言えるのだけど。奈々は心のなかで苦笑した。

「でも君達3人、なかなかやるじゃないか」

 正雄がポケットから何かを出す仕草をして、右手で口元へ持っていく。そして何も持っていない左手で、ジッポーのふたを開けて火を付ける動作をした。

「あんた、ロボットだけじゃなくて生身でもするのね」

「休憩中のイップクは最高だぜ」

 正雄はぷは〜っと、煙を吐き出した……ような動作をした。

「ああっ!それが引火して、南郷教官のロボットが爆発したんやな!」

 両津は正雄のノリが嫌いではないようだ。

「泉崎くんも遠野くんも、結構すごいパイロットだね。まあこのクラスじゃ俺がトップだけどね」

 またぷは〜っと煙を吐き出す……動作をする。

「いや、あんたマリエちゃんに負けてたじゃない」

「それはそれ、これはこれ」

「どれよ?!」

 ひかりが首を傾げてそんな二人を見ている。

「両津くんこの前、この教習所には不思議なことが多いって言ってたわよね」

 奈々がそう言うとひかりの顔がぱっと輝いた。

「教習所の七不思議だ!」

 それを無視して奈々は、真剣な眼差しを両津に向けた。

「私、この回避教習もおかしいと思っているの」

 この場にいる全員の視線が奈々に集まる。

「これって何のための訓練なの?」

 奈々が右手の人差指をちょっと曲げて、顎の上においた。

「まるで敵の攻撃を回避するための訓練に思えないかしら」

 皆一様に、えっ?という表情になった。

「敵って、誰のことなんや?」

「それは分からないわ。でも教官も、銃で撃たれるって言ってたじゃない」

 確かに、陸奥もそう説明した。

「実は私、これと似た訓練を見たことがあるの。私の姉は警視庁機動隊所属のロボットパイロットなんだけど、以前その訓練を見学させてもらったことがあるのよ。模擬弾を避けながら進む」

 両津が恐る恐る聞く。

「それって、何の訓練なん?」

 奈々は一息ついて、ゆっくりと答えた。

「テロ組織に対する戦闘訓練よ」

 一瞬で静まり返る一同。無言の静けさに包まれた空き地に、冬の風の音だけが響いている。

「いや……さすがにそれは考えすぎとちゃうか?」

 両津だけではない。ここにいる全員が、信じられないという表情だ。

「私もそう思いたいわ。でも、たかが街乗り用のロボット免許の教習に、ここまでのことが必要なのかしら……。いくらA級ライセンスだと言っても」

 確かにそうだ。A級と言っても、街以外だとロボットレースに出場するぐらいの免許である。対テロ組織用のカリキュラムが入っているとは思えない。

「これじゃあまるで私達、軍事訓練を受けてるみたいだわ」

 ぷは〜っと、正雄の吐いた息が広がっていく。

「あれから南郷センセをつついてみたんやけど、今の所収穫無しや」

「あの〜、毎日暴走してる私が言うのもどうかとは思うけど、増えてるロボットの暴走事故と何か関係あるのかな?」

 ひかりの指摘に奈央がハッとする。

「もしかしてこの教習所って、暴走ロボットを効率よく抑える治安部隊の養成所だったりして」

 う〜ん、と奈々が唸る。

「さすがにそれは無いと思うけど……それは姉がいる機動隊の機動ロボット部隊がやっているし」

「謎は深まるばっかりやなぁ」

 両津の声が皆を不安にさせた。

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