第19話 素粒子

 調査船ハーフムーンの医務室は、地球ではまだ見ない随分と未来的な内装になっている。真っ白でシームレスな壁、部屋の真ん中の治療用ベッドは、素人にはその用途がまるで分からない様々な機器にかこまれている。

 そんな医務室からつながっているドクターの研究室も、まるでSF映画の宇宙船のひと部屋を思わせた。壁に多数のモニター画面が埋め込まれ、それを操作するためのPAD類がテーブルの上に並んでいる。

 この部屋にいるのは5人。情報システム部の3人と、彼らをここへ連れてきたドクター竹田、そしてこの船の船長である館山俊彦だ。

 研究室のドアが開いた時、船長の存在に驚いた結菜と正明は「船長?!」と、同時に声をあげていた。

 あかりがいぶかじげに問いかける。

「船長までいらっしゃるなんて、そんなに重要なお話なのですか?」

 館山は静かに頷いた。

「ラボのみんな、わざわざすまないね。だが、どうしても君たちに話しておかなければならないことがあってね。と言うか、そんな状況になってしまったんだよ」

 そう言って館山はドクターを促した。

「これを見てください」

 ドクターが指し示したディスプレイには、不思議なものが映っていた。

「これは……電子顕微鏡で何かを高倍率で見ているような感じですね」

 結菜が少し首かしげた。何が映っているのかは分からないらしい。

「これってもしかして……半導体の内部ですか?」

 画面をじっと見つめながら正明が自信なさげに言った。そんな正明に、ドクターがちょっと視線を向ける。

「そうです。これは、あなた方にも調べていただいている、故障した全自動調理機の部品です。その動作の全てをコントロールしていた、ある回路の半導体の高倍率映像です」

「電子顕微鏡にしては、倍率が高くないですか?」

 あかりのそんな言葉に、ドクターが少し驚いた。

「よくお分かりですね。これは、まだ世間に発表されていない新技術を使ったもので、名前は袴田顕微鏡と言います」

 聞いたことのない名前だ。ラボの三人はそう思っていた。

「電子顕微鏡の倍率はせいぜい100万倍程度です。この袴田顕微鏡はもっと小さいものや、通常では目に見えないものを可視化する能力を持っています」

 三人とも驚きを隠せない。現代にそんな技術が生まれていたのか、と。

 あかりがドクターの視線に目を合わせる。

「もしかするとこれって……素粒子を見ることができる?」

「遠野主任の推理力には驚きました。正解です。素粒子を検出する方法はいくつもありますが、使っている原理はだいたい同じものです。素粒子をなにかにぶつけて、光や荷電粒子を出させ、それを検出する」

 ニュートリノを検出するハイパーカミオカンデなども、同様の仕組みで動いている。通常あの規模が必要な機能を、宇宙船に積み込める程度に小型化したと言うのだろうか?あかりは驚愕していた。

 ドクターは続ける。

「この袴田顕微鏡が優れているのは、検出した素粒子を、人が認識しやすい形や色に変換して見せてくれるのです。これまではイメージしづらかった素粒子を、身近な物体のように認識できる、そういう顕微鏡なのです」

「すごい」

「すごいな」

 再び結菜と正明の言葉が重なった。

「名前からすると、開発したのは東郷大学の袴田教授ですか?」

 ひかりの推理にまた、参ったと言う表情のドクター。

「そのとおりです」

「袴田教授は宇宙物理学の権威ですからね」

 正明がすごいなぁ、と言った表情のままにそう言った。

 そんな会話に、館山が割り込んでくる。

「ドクター、顕微鏡の解説はこのくらいにして、そろそろ本題に入ってくれ」

「分かりました」

 ドクターは少し居ずまいを正すと、深呼吸をひとつして、ディスプレイのある部分を指差した。

「ここを見てください。もっと倍率を上げますね……」

 ドクターがPADを操作すると、画面の一部分がぐいっと大きく映し出される。

「これは……?」

 画面の真ん中あたりに、英語のXのような形をしたものが複数うごめいている。

 アリの群れ?それとも蜂の巣に群がる働き蜂?真っ黒いXの群れ動く様に、その場の全員が息を呑んでいた。

「これは袴田素粒子と呼ばれています。ドイツの宇宙学者ユルゲン・ハーネストワルフと袴田教授が、共同研究で発見したものです」

 驚きのあまり正明が大声を出した。

「この素粒子のせいで、自動調理機の半導体が暴走したってことですか?!」

 船長の目線が正明に向けられる。

「我々はそう考えている」

 そんな船長の言葉に、ドクターが付け加える。

「この船内で大量発生している様々な機器の故障……それらに内蔵されている半導体を調べると、全てにこの袴田素粒子が見られるのです」

「ちょっと待ってください、主任これって?!」

 結菜の声はあわてていた。

 正明も、怯えたようにつぶやく。

「空気感染……」

 あかりが否定した、機械同士の空気感染。それが現実のものになってきたのだ。

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