第9話 呼び出し

 「そもそも何が原因だったのかね?」

 雄物川の、低い声が所長室に響いた。だが、ここには深緑色の落ち着いたじゅうたんも、マホガニーの大きな机も、雄物川が大切にしていた盆栽も無い。重厚な雰囲気をたたえていたあの所長室はがれきの山と化してしまった。入り口に掲げられた「仮設所長室」の掲示が悲しい。

「私が悪いんです!」

 所長室に呼び出されたのは暴走事件の当事者と思われる五人。遠野ひかり、泉崎奈々、棚倉正雄、宇奈月奈央、そして伊南村愛理。横一列に整列させられている五人の前に、雄物川が奇跡的に無事だった革張りの豪華なイスに座っている。

「私の操縦がへたっぴだから、火星大王さんが暴走しちゃったんです!」

 ひかりが一歩前に出た。

「遠野君……だったね」

「はい!」

「陸奥君に聞くところによると、君のロボットが暴走したのは今回が初めてではないそうじゃないか」

 勢いよく前へ出たひかりだったが、雄物川の言葉を聞いて小さくなってしまった。視線を床に向けたまま、

「は、はい……三回目です」

「ここへ来て、まだ三日……それじゃ毎日と言うことになる」

 ますます小さくなってしまうひかり。

「操縦技術が未熟だからこそこの都営第6ロボット教習所にやって来た……それは分かる。だが、ここへ来て最初に習ったハズだ。ロボットを暴走させない方法をね」

「すいません……私、何やってもポンコツだから……」

「何をやっても?」

「そうなんです……勉強も、生活も、何もかも……」

「て言うか、火星大王ってのが問題なんじゃないですか?」

 奈々が一歩前へ出る。

「ほう……どういうことかね?」

「あのロボット、古すぎます。なんだかガタピシしてて、暴走したって当たり前って感じだし」

「なるほど」

「遠野さんのせいだけじゃないと思います」

「奈々ちゃん……」

 ゆっくりと立ち上がる雄物川。豪華なイスの前には、仮設とは言え所長室の名には似つかわしくないスチールのデスクが鎮座している。雄物川はその横をまわり、五人の前に立った。

「火星大王はいいロボットだぞ。十五年くらい前には私の家にもあって、よく娘と一緒にドライブに出かけたものだ」

 思い出すように視線をちょっと上に向ける。

「確かにアレは旧型のロボットだ。だが我が校の整備スタッフはそれにも増して優秀だと思うが、どうかね?」

 雄物川は、自分の後ろに立っていた陸奥に肩越しに視線を向ける。

「そうですね。日本でも有数のスタッフを揃えているつもりですが」

「私のせいです!私がダメだから……だからいつも奈々ちゃんに迷惑かけちゃって!」

 ひかりがもう半歩前へ出る。

「遠野さんは黙ってて」

「奈々ちゃん……」

「しかも遠野さんは私達と同じA級ライセンスコースです。あの火星大王でAクラスの操縦技術をマスターできるとは思えません!」

 ずい分と遠野君のかたを持つじゃないか……もしかするとこの二人は、いいコンビになるかもしれん。雄物川は心の中でそう思っていた。

「みんなの意見はどうなんだ?正直に言ってみたまえ」

 こじんまりした仮設所長室に沈黙が流れた。厳しい異常気象の冬を、まるで穏やかな春のよに変えている暖房の音だけが静かに響いている。

「あの〜……」

 それまで高見の見物を決め込んでいた奈央がゆっくりと前に出た。

「泉崎さんのおっしゃることはもっともだと思います。でも、おりからの不景気でこの教習所の台所も、恐らくラクチンさんではないでしょう。そういうことを考えますと、火星大王の継続使用も仕方のないことかと」

「そうなんだ!俺達も苦労してるんだよ!もう少し予算があれば……」

 思わず漏らしてしまった陸奥の嘆きは、雄物川の咳払いにかき消された。

「私が言いたいのは、どちらにも事情があると言うことです。ここは遠野さんの操縦技術と、ここの台所事情とのバランスをとって仲良く手打ち……と言うのはいかがでしょう?」

「宇奈月さん……」

 ひかりにニッコリと微笑む奈央。肩に少しかかるくらいのサラサラの髪が美しい。

「私もその意見に賛成です!」

 愛理が加勢する。

 どうやら遠野君はみんなに好かれているらしい……それも大切なことだ。

 そんなことを考えながら、雄物川は正雄に目をやった。

「棚倉君、君はどう思うね?」

 それまで一言もしゃべらず事の成り行きを見守っていた正雄は、ゆっくりと目を閉じ、ニヤリと笑うとフッと息を漏らした。

「暴走ロボットは俺が止めてやる……いつでもこのジョニーを呼んでくれ!」

「ジ、ジョニー?」

「彼のニックネームです」

 奈々がフォローを入れる。

「ニックネームはマイトガイさ!」

「じゃあ、ジョニーってのは何なのかね?」

「名前さ」

「名前は棚倉正雄じゃないのか……?」

「うわぁぁ〜〜っ!コイツと話してるとこっちが変になりそうだからもうやめましょう!」

 奈々はキレる寸前だった。

 雄物川は陸奥に目をやる……このマイトガイもパイロット候補なのか?

 その視線を受けて、バツが悪そうに苦笑いする陸奥。

 仮設所長室に再び沈黙が流れる。一同を見渡す雄物川。小さなため息をつくと、ゆっくりとした足取りでスチールデスクの脇をまわり、総革張りのイスに再び腰を下ろす。

「うむ……まぁ、いいだろう。今回はそういうことにしておこう。だが、もう二度とこんなことの無いように気をつけたまえ」

「ありがとうございます!遠野さん、あなたもお礼を言いなさいよ!」

 奈々がひかりの頭をグイグイと押し下げる。

「あ、ありがとうございます!これからは暴走しないようにきっときっと気を付けます!」

「きっとじゃなくて絶対!」

「は、はい!ぜ〜ったいに気を付けます!」

 小さく吹き出してしまう雄物川。

 やはりこの二人のコンビネーションは、なかなかいい……。

 陸奥も同じ事を考えているのか、微笑まし気な表情で見守っていた。

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