第8話 医務室
両津が目を開けたとき、彼の目に入ってきたのはひたすら真っ白な壁だった。いや、そうではない……彼は直感的にそう思ったのだが、それは壁ではなく天井だった。両津はベッドに寝かされていたのだ。
窓の外には明るい日差しが広がっている。冬だというのにポカポカとした春のニオイが感じられた。もちろんそれは両津の勘違いに過ぎない。ここ数年の日本は異常気象で、夏はとことん暑く、冬はとんでもなく寒い。春と秋はほとんど感じられず、日本の四季はすでに二季と言ってもいいほどの異常さだ。暖房のよく効いた部屋から外を見ている両津が、ぼんやりとした頭で、なんとなく春を感じているに過ぎない。
どうしたんだろ……確か南郷センセと一緒に格納庫にいたハズなんだけど……。
眠い目をこすりながら、ゆっくりと記憶の糸をたぐる。
南郷の試作した新型ロボットのテスト運転。
過剰なエネルギーが飽和点に達して真っ赤に変色していく新型ロボット。
突然格納庫の壁を突き破って倒れてきたアメリカ製ロボット。
そして……
「うわっ!」
両津はベッドの上で飛び起きた。左腕に取り付けられた点滴のチューブが引っ張られ、ベッドの横のスタンドに掛けてあるガラスびんがゆれる。窓から差し込んでいる日差しで、透明な液体がキラキラと光り、屈折した光のあわい模様が天井に踊った。
あわてて自分のカラダをパンパンと叩いてみる。胸、腹、足……腕。
「俺……生きてる?」
「もちろんや」
ビクッとして声の方へ目をやると、隣のベッドには南郷が横になっていた。特に怪我をしている様子でもないが、両津と同様に左腕からは点滴のチューブが伸びている。
「生きてるで。俺も、両津君も」
「でも……凄い爆発が!」
「確かに凄い爆発やった。この俺がたまげた位やもんな〜」
南郷はいたってのんきである。目の前で南郷自身が作った試作ロボットが大爆発を起こしたと言うのに、気にしているそぶりさえ見せていない。
「なんで……なんで僕ら生きてるんですか?」
「言うの忘れとったけど、万が一のためにあのロボットには俺が発明した爆発防止シールド、名付けてボルケ〜〜〜ノを、付けてあったんや」
「爆発防止って……爆発しましたよ!」
「そや」
「それじゃ全然防止になってないですやん!」
「爆発を止めることはでけへん。でも、その衝撃をやわらげることはできる」
「あ……シールドって、衝撃波を?」
南郷は勝ち誇ったように、二ヤリと笑って見せた。
「さすが俺の生徒や。その通り!そのシールドは爆発の衝撃波を包み込んで閉じこめてしまうんや。すごいやろ」
「確かに……そんな技術があるんですね」
「ああ、この教習所のシールド技術はちょっとしたもんなんやで」
「へぇ……でも、そしたら何で僕らは医務室にいるんですか?」
「ま、俺でもたまには失敗するってことやな。シールドが破れてしもてな、もれた衝撃波が俺ら二人をノックダウ〜〜ン!」
南郷はベッドに横になったままボクシングのアッパーカットの真似をしている。しかもテレビ中継の決定的瞬間のスロービデオのように思いっきりゆっくりと。
「たまじゃなくて、失敗ばっかりやないですか!それに、ボルケーノって、爆発防止やなくて噴火の意味ですよ!」
寝たままの姿勢で器用にガクッとして見せる南郷。
「あらま、そやったんか。そら衝撃波も漏れるわな……はっはっはっは!」
豪快に笑う南郷。深いため息をつく両津。
「ところで両津君、この点滴ちょっと甘すぎるわ。君のと取り替えてくれへんか?」
「何アホなこと言ってるんですか!センセは血管で味がわかるんですか!」
「血管だけやないで〜。最近糖尿の気があるのか、甘くて甘くて」
「そんな所で味を感じないでください!」
「冗談やがな。両津君も単純やな〜、うわっはっはっは!」
またもや大きなため息をつく両津。今度は点滴のチューブを引っ張らないように、ゆっくりとした動きでベッドに横になる。またもや目の前に広がる真っ白な天井。
「でもセンセ……どうして教習所なのに、シールドの技術が凄かったりするんですか?」
豪快に笑っていた南郷が突然静かになった。
「センセ?」
ほんの数秒だが、二人が寝かされている医務室に耐え難い沈黙が広がった。
聞いたらマズいことやったかも……。
両津はそう思い、南郷から視線をハズした。
「知りたいか?」
南郷の声はいつになく真面目で、地の底から響いてくるような凄みを持っていた。
やっぱりマズかったかも……。
そう思いつつも、好奇心に勝てる両津ではなかった。珍しい物好きで好奇心旺盛。小さな頃からの性格なのだ。
「知りたいです!」
「それはなぁ……」
「それは?」
「ひ・み・つ!は〜〜〜っはっはっは!」
ため息をつくのもばかばかしくなった両津は、南郷とは反対の方向に寝返りをうつと目を閉じた。シールドから漏れた衝撃波のせいか、軽い頭痛を感じたからだ。
いや、きっとこの頭痛は南郷センセのせいに違いない。
そんな両津の考えは……正しかった。
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