議会は踊り、パンは……
さらに10日が過ぎた。
その間、マゼロン侯爵は5回宮殿に行き、議会に出席し、議論を重ねた。
そしてその結果は……
「はあ……」
「マゼロン侯爵……その、今日はどのような結果に……」
「昨日と同じだ。――なかなか決まらない」
――貴族議員と平民議員の立場が完全に同じになって開かれた新たな議会は、具体的な決定を何一つ出せずにいた。
農民の略奪行為に対し、武力弾圧で黙らせるか、別の解決策を取るか。
同様に、商人による買い占め行為に対し、強硬手段で止めるか、対話を試みるか。
――こういうの、タカ派とハト派って言うんだっけ――双方は激しい議論を繰り広げ、いつまで経っても平行線。
多数決をしようとしても、数え直すたびに多数派が変わる。しかもどちらの意見も一理あり、無下にはできない。
「悔しいが、現実性で上回るのは強硬策だからな……」
……マゼロン侯爵がずっと主張しているように、武力による強硬策は相手の反感を買う。革命勢力に不満を抱いた人々が、宮廷貴族や王家側の残存勢力と結びつくかもしれない。そうなれば最悪だ。
しかし、平和的な解決法がなかなかないのも事実。
それまであった貴族特権の廃止や、貴族や聖職者への支出を大幅カットして資金を作ってはいるが、農民や商人へ利益が行き届くようにし、貧困層への支援とかもこなそうとすると、正直いくらお金があっても足りない……そんな状況。
「生きていくのに必要なお金は出せないけど、こちらに抵抗するのはやめてくれ」
そんな都合のいい要求が通るわけない。
結果、どっちもどっちということになる。
「どうやって農民や商人を納得させるんだ! こちらにはそんなに潤沢な資金は無いんだぞ」
「暴力に訴えて問題を解決してもダメだろう! 商人が俺たちに資源や武器をよこさなくなるぞ」
かれこれ半月以上、議会は前に進まず、マゼロン侯爵は疲れ果てて屋敷に戻ってくる。
「あの、侯爵様……多数決で決まらないのなら、議長の一存にするとか、とにかく何かしら強引にでも決めないとダメなのでは……?」
「議長には特別な権限は無い。全ての人間が平等でなければ、新しく議会を作った意味が無い」
わたしの考えを、マゼロン侯爵はあっさりと切り捨てる。
……でも、議会が何も決まらないのでは、革命前と何ら変わらないではないだろうか……
「すみません、またパンが値上がりしているようで……」
夕食の時間、アンはそう話す。
……わたしたちの前にあるのは、変わらない食事だ。
パン。サラダ。スープ。干し肉と漬物を炒めたもの。
……でも、パンが一回り小さくなった。
肉の量も減ってる気がする。
「やはり食料が手に入る目処は……」
「はい、ニッペン商会が在庫を放出して物価高騰を止めようとしてはいますが、他のある程度規模がある商会はどこも売り渋って……我々のような貴族が金を出そうとすることで、さらに売値が上がっていっています」
アンは、マゼロン侯爵家の使用人と一緒に、食料調達の仕事を任されている。
貴族の使用人であることは極力出さず、街へ出て住民に混ざり店へ行き、食材や調味料、ついでに他の商品などの物価を確認している。
だけど、大貴族であるマゼロン侯爵家の資金力でも、おいそれとは買えないほどの値段って……
「もう一般市民が買えることのできるパンは、この王都には無いでしょうね……」
「じゃあ、平民はいったいどうやって生活を……なあ、俺の師なんかは、どうしてるんだ……?」
アンの言葉を受けて、兄が机を叩いて立ち上がる。
行き場のないやるせなさを、どこかにぶつけているかのよう。
「……わかりません。ですが、ここ数日で……街の治安は悪くなっているかのように思えます」
アンがすっと、わたしたちから目をそらしてうつむく。
買えないならば、無理やり強奪するしかない……アンが全部言わなくとも、わたしにだって容易に想像がついた。
「――やはり、強硬派を説得するしかないのか……」
「できるんですか?」
わたしが言うと、マゼロン侯爵も机を叩いた。
なんとかしたい、という気持ちは確かにあるのだ。
……でもそれはきっと、強硬派の人々も同じはず。
同じはずなんだけど、な……
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