平穏を望む転生貴族令嬢は恋と市民革命に巻き込まれる

しぎ

第一章 今度こそ平穏に生きたかった

貴族だからって左うちわじゃない

「娘さん! 〇〇さんの麻薬所持の件ですが、あなたも以前から交流があったと伺っています! 何かありますか!」

「あなたの家にも麻薬が持ち込まれていたという証言もありますが!」


 寮の門から一歩出た瞬間に、焚かれるフラッシュ。迫りくる、マイクとカメラ。

「知らないですよ。こっち来てから、実家には帰ってないですし」

「ですが、少なくとも一年前、あなたが家にいた当時にはすでに疑惑が出ていました。ご両親の関与を疑う報道も出ていますが?」


「だから知りません!」

 わたしは伸びてきたリポーターの手を払いのける。

 その途端、押し出されてきたカメラマンの持つ機材が眼前に迫ってきた。


 鈍い衝撃、視界が黒くなり――



 ***



 ……ああ、またこの記憶だ。

 これでもう、3日連続である。


「お嬢様、おはようございます」

 上体を起こすと、メイドのアンが部屋に入ってくるところだった。


 高校の寮にいた頃の自室より、何倍も広い寝室。

 天蓋付きの、ふかふかのベッド。

 装飾がされた、豪華な鏡台。

 右を向くと、窓の向こうに広がるのは畑、荒れ地、そして遠くに山。


「今日は起きてらしたのですね」

「その言い方、普段起きていないみたいじゃないの」

「少なくとも起きていない時のほうが多いと思いますよ。……ああ、でも最近はちゃんと起きるようになりましたかね」


 そう言いながら、アンはベッドに寄って、わたしが降りた後のベッドを軽く整える。


 よくあるイメージ通りの、白と黒のメイド服に身を包んだアン。

 彼女は別にコスプレ趣味とか、そんなんじゃない。本当に、わたしのメイドだ。

 それを見て改めて、わたしは貴族の娘になったのだと実感する。

 

 それも、世界史の授業で習った昔のヨーロッパ、とかではない。

 ここはベルールリアン王国南部、ファイエール子爵領の小さな田舎街。

 街の一番見晴らしのいい場所に建つファイエール子爵邸の一室であり、わたしの寝室。


 ……わたし、アリア・シャニック・ファイエールは、領主の娘であり、異世界転生者である。



「おはようございます、お父様、お母様」

「おはよう。今日も早いわね、アリア」

「アリアももう成人だからな。むしろこれぐらいの時間に起きてくれないと、色々とやっていけないだろう」


 両親の声を聞きながら、わたしはテーブルにつく。

 平皿にすっかり冷めた野菜のスープ。別の皿に、塩漬け肉を小麦の生地に乗せてパイにしたもの。その隣にはパン。

 朝食としては、見た感じ一般的じゃなかろうか。

 

「いただきます」

「……アリア、最近気になっているのだが、その食べる前に手を合わせるのはなんなんだ?」


 しまった。

 つい転生前の癖が出てしまう。


「あっ、いえ、これは……本に書いてあったのです。食事が美味しくなるおまじないだそうですよ」

「そう……なのか?」


 変に転生のことを勘ぐられては面倒だ。

 適当にごまかして、パンを手に取り一口。


 ……硬い。

 その上パサパサ。


 水分が欲しくてたまらなくなるので、スープを口に入れる。


 ……正直日本にいた頃と比べると美味しくないのだが、贅沢は言うまい。

 明らかに産業革命以前の文明水準であるこの世界で、三食満足に食べられるだけでいいのだ。


 

「それはそうと、アリア。王都で見ておきたいものはあるか?」

「見たいもの……です?」

「ああ。お前は初めての王都だからな。どれぐらい時間があるかわからんが、もし行きたいところがあったら……」

「そうですね……」


 王都にどんなものがあるかは、お父様の話や本を読んだ知識で大体知っている。

 王族が住み、公務を行ったり、議会が開かれることもある宮殿。王国最大の大聖堂。街を守る要塞や、巨大な時計台。


 最も、成人の儀をするために、大聖堂は必ず行かなきゃいけない。逆に王族の住む宮殿など、地方の零細田舎貴族に過ぎないファイエール子爵家が理由もなく行けるものだろうか。


 ……そう考えると、わざわざ時間を作って行くほどのものでもなく思えてきた。

 


「いえ、馬車から見るだけで十分です」

「いいの? せっかくの機会なのに。王都なんて遠いんだし、今後どれだけ行くかわからないのよ」

「まあ本人が言うんだからいいじゃないか。成人の儀に集中したいんだろう、アリア?」


 本当はめんどくさいだけだけど、そういうことにしておこう。


「そうですね。それに今、王都は少し騒がしいともお聞きしましたので……」

 

「あ、ああ……今朝も、ポーレットから手紙がきたところだ。

 『新たな議会が開かれて一ヶ月が経つが、決まったことは何一つ無い。その間も相変わらず王室からの知らせは無く、街は行き場をなくした貧民で溢れている。自分のいる研究室の師も、相当の節約を余儀なくされている』

 ……かなり苦労しているようだ。久しぶりに会ったら、ねぎらってやらないとな」


 ポーレットというのはわたしの兄、ポーレット・シャニック・ファイエールである。

 わたしの3つ年上の18才。今は魔力の適性を認められ、王都にある魔法大学校で学んでいる。

 ファイエール子爵家の唯一の跡取りでもあり、両親にとっては全面の信頼を置く自慢の息子だ。


 ……そして同時に、ファイエール子爵家にとって王都の様子を知る唯一のパイプでもあり、この兄がいるから、妹のわたしが(他の貴族のように)嫁入りを急かされないということで、わたしの暮らしにとってもありがたい存在なのだ。


「そうですね。兄とはもうずっと顔を合わせてませんから」

 兄が魔法大学校に入り、この家を離れたのは3年前。ちなみに、わたしが転生前の記憶に目覚めたのは半年前なので、兄の顔はそれ以前のアリアの記憶から引っ張り出すしかない。


 ――正直、結構なイケメンである。



「アリアは寂しくないの? もっと駄々をこねてもいいのよ」

「大丈夫ですよ。わたしだってもう15才です」

「アリア……本当に立派になって……」


 わたしの返答に、逆にお母様が涙ぐみそうになる。全く、どこの世界でも親バカというのは変わらないものなのか。


 ……この世界では15才が成人である。貴族の子は成人すると『成人の儀』を王都で受け、一人前の貴族として認められる。

 そしてわたし、アリアは10日後に15才の誕生日を迎える。


 ……本音を言うと、成人の儀が無ければ、王都だって特段行こうとは思わないぐらいだ。

 権力渦巻く国の中心に行くなんて、何があるかわからない。



 わたしは、王都から遠く離れたこの地方の田舎で、できれば一生を終えたいのだ。

 もう前世のあの記憶のような、いろんなものにまみれた騒がしい暮らしはしたくないのである。

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