第13話 選択し



 馬車の死肉を漁っていた魔獣を手際よく始末しながら思い出す。


 手配書でも見たことがあったな、彼。


 度々、旅人やその馬車を襲い、更には村をも壊滅させた事のあるレートB-の竜人族バイガン。


 討伐隊も組まれた事があったけど、その時は姿を見せず討伐はできなかったんだっけ。



 けど、それよりも今は。



「あの、怪我とかは無かったかな?」


「......あ......は、はい......」


「そっか、良かった」


 見たところ外傷も無いようで良かった。精神的には辛いとは思うけど、命があって本当に。


「それより、あなたこそ......脚を斬られてましたよね? なんで治って......」


「ああ、僕、これでも白魔術師、ヒーラーだから」


「えええっ!? と、言うことは......ヒールで治したということですか、斬られた脚を......一瞬で!? そ、そんな凄い腕前の白魔術師なんてきいたことない......」


 あ、あー、そうか。


 五年もこんな事ばかりしていたから、普通にやってしまったけど、僕のヒールは普通じゃないんだった。


 しまった......どうにかごまかさねば。


「え、えーっと、まあ、あははは......と、とにかくあなたが無事で良かった。 ......他の方々は残念だったけど」


 いや、ごまかしかた下手かよ!!


 しかし、少し戸惑いながらも、彼女は応じてくれた。もしかすると僕が困っていたのを察してくれたのかもしれない。


「そう、ですね。 けれど、あなたがバイガンを倒し追い払ってくださったので、これからは彼による被害はおそらく少なくなるでしょう......ありがとうございます」


 十二歳なのにこの状況で落ち着いてるなぁ。大人っぽい。


 そういう風に躾られたのか?


 ......バイガンは殺してはないけど、「死に触れる」という最も重く強い恐怖心を刷り込めたはず。だからこの少女が言うとおり、ここら辺でもう人を襲うことはないだろう。


「......しかし、君は本当に奴隷なの? その、あんまりそういう風には見えないんだけど」


「?」


 きょとんと小首を傾げ、こちらをみる彼女。


「いや、言葉遣いとか、雰囲気が」


「あ、えっと、私はそれように教育された奴隷なので」


「それよう?」


「家事や戦闘、店番などで使えるように教育されてるんです」


「教育された、奴隷か。 知らなかったな」


「ご存知ないのも無理はありません、そうしたあらかじめ訓練を施された奴隷と言うのは最近できたモノと聞いてますので」


「最近......そうか」


 ずっとダンジョンに籠っていた弊害か。少しずつ時は動き、時代が変化してゆく。以前であれば奴隷は単純な力作業に使われるだけのモノだった。消耗品として壊れれば捨てられる。


 簡単に替えがきいて、安く手にはいる家畜。今思えば、僕がダンジョンで捨てられたのも必然だったのかもしれないな。


 しかし、今はそうじゃないのか......だったら、ネネも、もしかすると。


 少しは幸せな生活を送れている可能性もあるのかもしれない。


「けれど、物凄くお強いんですね......彼は......バイガンはとてつもなく強い魔族で有名なんですよ。 群れを作らないタイプの魔族ですが、彼一人で村を壊滅させたり、王国騎士も何人も殺されました......それを、こんなあっさりと」


「あー、うん......確かにバイガンは僕も話には聞いたことがあったし、手配書も見たことはあった。 今回は逃がしてしまったけど、あれなら簡単に殺せるから大丈夫」


「か、簡単に......?」


 ひ、引かれている?訂正、訂正。


「あ、いや、ごめん何でもない。 僕は運が良かったみたいだな、あはは」


 僕はするりと唇をなぜる。


「そ、そんな......Bレートの力を持つ上級魔族が、簡単......」


 唖然としている彼女。しかしいつまでもここで立ち往生している時間もない。


「それより君はこれからどうするの?」


「あ、そ、そうですね......どうしましょう。 仮契約者であるご主人様はお亡くなりになってしまいましたし」


 仮契約者が死んだ......と言うことは彼女は一応自由の身になれたと言うことか。


「じゃあ、どこかで仕事をさがさないとね。 奴隷としてではなく、普通に生きていけるチャンスだ」


「それが、そうとも......私の手に刻まれた奴隷の証は消えず、ずっと抱えて生きてかなければいけません」


 彼女の手の甲に刻まれているものは、奴隷の登録時につけられるもので、それに飼い主が魔力を流し同調させ、逆らえなくさせる。


 深く刻まれたそれは決して消えることのない、魔法であり呪いだ。



 ......わかっていたのに、つい迂闊な事を言ってしまった。



 僕は包帯でぐるぐる巻きにし、隠しているその証を見つめた。逃げられないこの証は生きている限り、ついて回る。


「......それに、出どころのわからない奴隷は、買い手もつかないんです。 それを使用した者にも厳しい罰則があるので」


 そうなった奴隷の末路は、僕も見たことがある。魔物や獣の餌か、体を売るか、死を選ぶかだ。




 ......だったら。




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