第9話 誰もが使えるような初級の魔法しか使えないけれど最強です
ハーランドがサンダーを撃ち終わった時、ブラントは拍手をした。
「いやー、素晴らしい。魔法に言葉を修飾して強化する。最早、なんでもありだな。これなら初級魔法のサンダーしか使えなくても問題ない。むしろ、他の魔法はいらないまでもある」
「え? それじゃあ、サンダーアローの習得はもういいんですか?」
「そんなのは、ハーランド君の能力の前では無意味なこと。威力が上がっただけの魔法ならば、修飾で強化してあげればいくらでも代用が効く」
まるで自分のことのように喜んでいるブラントではあるが、その一方でハーランドは浮かない顔をしていた。
「そんな万能なものじゃないですよ。今の広範囲のサンダーも範囲が広がった分、威力が減衰します。それを補うために強い威力の広範囲のサンダーを撃つと今度は俺のエネルギーが尽きて、次の魔法が撃てなくなる」
「なるほど。確かに、ハーランド君が強力な魔法を撃った時にエネルギー切れで気絶したっぽいな。ハーランド君の魔力エネルギーの範囲内で実現しようと魔法が自動で修正しているのか……? だが、それは修行次第でいくらでも解決できる。魔法を使うためのエネルギーは魔法を使えば自然と上がっていく。そうすれば、エネルギー切れの問題もなく、君は強い魔法を撃つことができるさ」
「魔法って使い続ければエネルギーも上がるんですね。なるほど。勉強になります!」
自分が強くなれる道が見えたことでハーランドはがんばろうと前向きな気持ちになった。
「さてと。そろそろ見張りの時間だ。今夜はなにごともなければいいね」
「はい!」
ハーランドとブラントは羊を狙うモンスターの見張りをすることにした。幸いにもこの夜はモンスターに襲われるようなこともなく、ただ見張っているだけで時間が過ぎて明け方になった。
「よし、見張りの時間は終わりだ。この時間にもなれば、モンスターに襲撃されることもない」
「なんか、意外とあっさり終わりましたね」
「まあ、この仕事はこれが普通だ。初日は色々と運がなさすぎた。本当はあんな大変な仕事じゃないんだ」
流石に初日の時のような強敵に襲撃されることはなかった。仕事を終えたハーランド。しかし、まだ下山するわけにはいかない。
「確か山菜取りの護衛が今日だったな……」
レイチェルに事情を話して指定された時間になるまで、牧場に待機させてもらっていた。その間、やることがなかったのでハーランドはレイチェルの仕事を手伝っていた。
「いやー。助かるね。仕事を手伝ってもらって」
「いえいえ、こちらも時間まで暇ですので」
羊のブラッシングを手伝うことにした。動物の世話が好きなハーランドはすぐにコツを掴んだ。
「コケーッ!」
「クックルドゥドゥ!」
その間、ニワトリたちは周囲を駆け回っていた。開放的な牧草地帯は動物たちのストレスを軽減させる。
「そろそろ時間ですね。それじゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けるんだよ」
ハーランドは山のふもとまで下りた。そこにいたのは、鎌を持った白髪でヒゲの生えた老人だった。
「あの、山菜取りのジェイクさんですか?」
「ん? ああ、あんたが斡旋所から来た冒険者か? ふーん、まあよろしく頼むよ」
なにか含みがありそうなジェイクだが、ハーランドは特に気にすることもない。
「はい、よろしくお願いします。あ、そうだ。俺の名前はハーランドです」
「別に名乗らなくても良い。“お前さん”で十分。わざわざ名前を呼ぶような関係になるまい」
なかなかに偏屈そうな老人。だが、ハーランドは表情を崩さずにニコニコとしている。
「じゃあ、行くぞ。本当は護衛なんぞいらんが、婆さんが無理やりつけやがって。全く、ワシ1人でも十分だと言うのに」
「へー。ジェイクさんって腕に覚えがあるんですか?」
「当り前よ! このワシを誰だと思っている! ワシは雷神と呼ばれたほどの凄腕の冒険者じゃったんだぞ! まあ、もう引退はしとるけどな。だが、まだ現役の冒険者に負けるつもりは、ゴホッゴホッ」
「だ、大丈夫ですか?」
胸を抑えてせき込むジェイクにハーランドが心配してかけよる。
「これくらい平気じゃ。ちょっとむせただけ」
「気を付けて下さいよ」
「ふん、年寄扱いするんじゃあない。いくぞ」
不愛想なジェイクの後をついていくハーランド。ジェイクはある崖の前に立つ。
「ちょっと待ってろ」
そう言うとジェイクはハーランドを崖下に残して、老人とは思えない速度で足場が悪い崖を登っていく。
「この崖は穴場だ。中々ここの山菜を採取できるほどの身体能力の持ち主はいないからな」
ジェイクが山菜を採取してこれまた軽快に降りていく。ハーランドはその身体能力の高さを見て、若い頃に腕が立つ冒険者だったことが本当だと思った。
「すごい身体能力ですね」
「ふん、ワシが現役だったころはこれくらいできなきゃ冒険者は務まらんわ。しかし、最近の冒険者は軟弱すぎる」
「軟弱……」
駆け出しの自分はともかく、ブラントが軟弱とは思えないハーランド。だが、年老いてもまだ身体能力が高いジェイクを見ていると、彼の若い頃は本当にすごい人物であったことが想像できる。
「さて、ここから先は登山道から外れた危険な道になる。登山道に比べて強力なモンスターも出て来る可能性はある。心してかかるんだ」
ジェイクがハーランドにそう忠告する。登山道として整備されていない道なき道。それを鎌で開拓しながら進んでいく。
ジェイクの目の前にモンスターが現れた。クマのモンスターで両腕にするどいかぎづめが装着されている。
「ぐしゃああああ!」
クマのモンスターは明らかに敵意むき出しの状態で吠える。戦闘は避けられない。
「リッパーベアだ。ここはワシに任せろ」
護衛のはずのハーランドを差し置いてジェイクが鎌を手に、リッパーベアに突撃する。
「あ、ちょ、ちょっと」
ハーランドは護衛対象の勝手な動きにため息をつく。いざとなったらサンダーで攻撃して敵を倒す覚悟だ。しかし――
ザシュ。そんな音が聞こえるとともに叫び声。リッパーベアの左目がジェイクの鎌によって切り裂かれた。
クマよりも素早い動き。すかさず、ジェイクが蹴りを入れて追撃をする。その華麗な体術にハーランドは思わず見とれてしまった。
「きゃいいいん」
リッパーベアはそんな甲高い情けない声をあげて逃げ出してしまった。
「す、すごい! すごいですね。ジェイクさん。まるで鬼神のような洗練された華麗な動き」
「だから言っただろう。ワシに護衛はいらんと。ただ、婆さんがつけたから仕方なくだ。ただ、お前さんもワシに付き合ってもらって悪い。ついてくるだけで報酬はきちんと渡すからそこは心配しなさんな」
ジェイクはあくまでもハーランドの助けになるつもりはない。俺の身だけでモンスターを倒せる。その絶対の自負がある。それに、若いものには負けたくないというプライドもあり、ハーランドの手助けは絶対にいらないと決めている。
「でも、ジェイクさん。そんなに強いのに、奥さんには頭が上がらないんですね。いくら勝手に護衛をつけられたと言っても突っぱねればいいのに」
「…………まあ、なんだ。お前さんも結婚すればわかるようになるさ。機嫌を損ねた時の女房はクマよりも恐ろしいってことがな……」
先ほどのリッパーベアを退けたジェイク。その目は遠くて、彼の言葉の説得力と重みがより強くなるハーランドだった。
「どうしてそんな恐ろしい人と結婚したんですか?」
「察しろ。結婚前はお淑やかな性格だったんだ。それが、息子を生んでからは変わった。夢を追い続ける冒険者のあなたが好きと言っていたのに、いつの間にか子供のためにも危険な仕事をやめてきちんと定職就けと怒鳴ってきてな。あれには度肝を抜かれたなあ」
好きだと言っていた部分を思い切り批判される。独身のハーランドにはよくわからない世界の話であった。
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