第8話 主人公の才能にいち早く気づいてそれを伸ばそうとしてくれる理解者

「やあ、ハーランド君。お疲れ様。今日も仕事の前にちょっとした魔法のトレーニングをしようか」


「はい、ブラントさん。よろしくお願いします」


 仕事の時間になる前にやってきたブラントは見張りの時間になるまでの間にハーランドの魔法の特訓に付き合ってくれることとなった。


「ハーランド君。君はとてつもなくすごい才能を秘めている。サンダーだけであのアサルトリザードを倒せるほどだ」


 また、アサルトリザードを倒したことを引き合いに出すブラントだが、当のハーランド自身はその時の記憶が全くない。だから、未だにその時のことを言われてもピンとこないのだ。


「というわけで、次はサンダーより一段階強い魔法を教える。サンダーであれほど強いんだ。もっと威力が強い魔法が使えれば、君は最強の魔法使いになることも夢じゃない」


「最強……いい響きですね! 最強の魔法使いかー。なってみたいな」


 「強い」に「最も」を修飾して最強。シンプルな修飾ながらもハーランドはこの言葉を気に入った。


「やる気があるようだね。それならオレも教えがいがあるな。じゃあ、早速やってみようか」


「はい、よろしくお願いします」


「サンダーをより強化した魔法。サンダーアロー。線状のサンダーは放ったエネルギー全体に均等にエネルギーが割り振られる。でも、サンダーアローは先端の部分に威力が集中させるイメージだ。丁度、矢の矢尻みたいな感じだね」


「なるほど。ちょっとやってみます」


 ハーランドはブラントに言われた通りにイメージした。先端に威力が集中したまるで矢のようなサンダー。それがサンダーアロー。


「サンダーアロー!」


 ハーランドはサンダーアローを使おうとした。しかし、指先がバチっと鳴っただけでサンダーアローはおろか、サンダーすらできなかった。


「うーん、ちょっと難しかったかな。いきなり成功する方が珍しいからじっくりやってみよう」


「はい!」


 こうして、ハーランドはサンダーアローの特訓を開始した。1回でダメなら2回、2回でダメなら3回。そうして練習を積み重ねて100回目の挑戦。


「サンダーアロー!」


 またしても、ハーランドの指先がバチっと鳴るだけでサンダーアローは出なかった。


「あ、あれ? おかしいな。ハッキリ言うけれど、ハーランド君の魔法の習得状況はかなり異質なものになっている。魔法を教えた初日でサンダーを安定して使えるようになるのは、才能がある方だと思う。1日目でサンダーを撃てるようになるのは珍しくないけれど、成功率は良くて7割程度。ハーランド君は今のところサンダーを1回もミスってないから、とんでもない素質を持っていると思ったんだけど……」


 ブラントはアゴに手をあてて首を傾げた。


「この素質の持ち主がサンダーアローに100回挑戦して1回も成功しないなんて何かがおかしい」


 ブラントはハーランドの体を隅々と見た。ブラントはハーランドの才能を買っている。だから、サンダーアローが習得できないのは何かしらの理由があるはず。それを探っているのだ。例え、初級魔法のサンダーしか使えなくても、ハーランドが落ちこぼれだと断ずるようなことはしない。


「ちょっと試しにサンダーを撃ってみてくれ」


「はい。サンダー!」


 ハーランドがサンダーを放つ。魔法初心者そのもののサンダー。しかし、きちんと成功している。


「なぜだ! なぜサンダーアローが習得できない!」


 なぜかブラントの方が焦っている。しかし、当のハーランドは気楽なもので100回程度の失敗では全然堪えていない。就職試験で100連敗した者のメンタルは強かった。


「ハーランド君。ちょっと強めにサンダーを撃ってもらってもいい?」


「ええ。強めですね……サンダー!」


 ハーランドはサンダーを撃つ。直前に撃ったサンダーよりも威力は高くなっている。しかし、それは誤差の範囲内。アサルトリザード戦で見せた威力には程遠い。


「ん? うーん……なぜだ。あの時、見せた魔法はまぐれか? いや、まぐれで2連続であれほどの強い威力のサンダーが撃てるわけがない。というと火事場の馬鹿力というやつ?」


「火事場の馬鹿力ですか。うーん、確かに。ここに来る前に俺はモンスターと戦闘したんですよ。確か名前はオーガジ……だったかな?」


「オーガジ……群れで襲ってくるモンスター?」


「はい。群れで襲われました」


「群れで襲われたのによく生きていられたなあ。サンダーは攻撃範囲が狭いから多数を相手にするのには向かないのに」


 ブラントはハーランドが生きていることに感心した。下手したら命に関わるほどに危機的状況だったかもしれない。


「え ? サンダーって範囲が狭い魔法だったんですか? 自由に範囲が広げられる魔法だと思いました」


「え? あ、いや。確かに雷属性の中にもエレンジと言う広範囲に広がる魔法はあるにはある。だが、それはサンダーとは違う魔法だ。サンダーの範囲を広げるなんて聞いたことがない」


 ブラントとハーランドはお互いに頭をかいて悩んだ。どうも話が合わない。


「それはないですよ。エレンジなんて魔法。俺は見たことも聞いたこともない。使えるわけがありませんよ!」


「うん、それはオレもそう思う。いくら天才でもエレンジを初心者が使えるはずがない。この習得難易度は中の上。中堅どころの冒険者で使えるかどうかってレベル」


 普通ならば嘘だと断定してもいいレベルのハーランドの話。しかし、ブラントはその話をまるで嘘だとは思わなかった。実際にアサルトリザードを倒したハーランドを見ているし、なによりもハーランドの目はまっすぐで誠実そのもの。とても嘘を言っているようには見えない。


「ちょっと試しにそのサンダーを見せてくれないか?」


「ええ。いいですよ……」


 ハーランドは意識を集中させた。あの時と同じ感覚、同じイメージ。五指から放たれる広範囲に広がるサンダー。


「サンダー!」


 放たれたのはハーランドの人差し指から1本だけ。何の変哲もないサンダーだった。


「あ、あれ……? おかしいな? なんで出ないんだ?」


 これには流石のハーランドも焦った。広範囲のサンダーを見せられなければ自分の話が本当だと証明できない。だが、ブラントは例え、その証明がなくてもハーランドを信じている。


「ハーランド君。その広範囲のサンダーを撃った時になにか変わったことはなかったか?」


「変わったこと……? うーん、結構、がむしゃらにやっていたので、あんまり詳しいことは、赤ん坊の時の記憶と同じくらいには覚えていないのです」


 ハーランドのこの修飾が長い言い回し。それにピンときたブンント。ハーランドは覚えてなくても、ブラントはあの夜の戦いを覚えていたのだ。


「そう言えば、ハーランド君はあの時、サンダーの前に何かをつけていた。強いサンダーとか」


「ん? ああ、そうだ。思い出しました。あの時はこれまでにないくらいに必死だったので、つい自分が思っていることが口に出ちゃったんですよね」


「広範囲のサンダーを撃った時は?」


「えっと……確かに普通にサンダーとは言ってませんでしたね。なんて言ったかまでは覚えていませんが」


 ブラントは気づいてしまった。ハーランドが持つ特性。それは魔法の常識を覆すもので、実際にそんな例が確認されたというわけではない。ブラントも魔法には詳しいが、それでも初めて聞く話だ。


「ハーランド君。試しに広範囲に広がるサンダーって言いながら魔法を撃ってくれないか?」


「ええ。いいですよ……広範囲に広がるサンダー!」


 ハーランドの五指からサンダーが出る。そのサンダーはそれぞれ拡散して広範囲に広がるサンダーとなった。


「で……出た……?」


 なぜか出したはずのハーランドが驚いている。さっき、出なかったからそう簡単に出る魔法ではないのだと思っていた。だが、ブラントは笑みを浮かべていた。


「なるほど。これが君の素質か。魔法になにか言葉を修飾することによって、その魔法を強化する……信じられないけれど、事実だ」

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