第7話 世界樹


新居完成からおよそ一ヶ月が経ったころ。


「ゴン、そろそろ話してもいいんじゃないか?」

俺はタイミングを見て声を掛けた。

本当は言い出すまで待とうと思っていたが、真面目なゴンは抱え込んで言い出さないのでは無いかと思ったからだ。


「えっ、何をでしょうか?」


「前に、創造神様が来たことがあっただろ?その時からお前、ずっと何かを考え込んでないか?」

ゴンが下を向いた。何とも話しずらそうにしている。


「あっ、そのことですか・・・私が話をして良いことか、ずっと分かりかねてまして」

分かってましたよ、だから今話を振ってるんだよ。


「せっかくだから言ってみろよ。創造神様の話って、あれだろ、この世界の神気が薄くなっているってやつだろ」


「えっ!どうして分かるんですか?」

ゴンはこちらを向いた。


「分かるに決まってるだろ、あの話があった時に、お前の表情が変わってたもん、もろバレだよ」


「そうですか、察してらしたんですね。分かりました、ではお話しさせていただきます」

ゴンが姿勢を正した。


「実はこの島の山の頂上には、世界樹があります」

世界樹ってなんだ?


「ほぉー、それで」


「世界樹は、世界に神気を循環させる樹なんですが、私には細かい事は分かりませんが、百年ほど前に、その世界樹が枯れてしまったようなのです」

百年前ということは、人々がこの島から居なくなったタイミングだな。


「枯れた?」


「何故だか枯れて、世界樹の葉を付けなくなったんです」

世界樹というからには樹なんだろう、ならば葉は付けるだろうな普通は。


「世界樹の葉?」


「はい、世界樹の葉はとても貴重な植物で、煎じて飲めば、万病にも傷にも効いて、中には欠損した手まで生えてくるとさえ、言われています」

欠損した手まで生えてくるって、どんな治癒力だよ。

さすが異世界なんでもありだな。


「ふーん。そういうことね」


神気を循環させる樹か、そんな樹が枯れてるから、神気が減っているってことなのかな?ちょっと安直すぎやしませんかね・・・でもまぁ、ゴンはそう考えたってことで、そんな大事な事を自分で告げていいのかと、悩んでいたということね。


まだまだ真面目過ぎる性格は治らないというか、遠慮があるんだろうな。


「いいんだよゴン。よく教えてくれた。ありがとう、辛かっただろう、そういうことは気にせずに話してくれていいんだぞ。家族なんだからな」

ゴンは申し訳なさそうにしていた。


「はい、ありがとうございます」

行ってみますかね、世界樹の処へ。


しかし、そんな貴重な物があるのか、そうなると・・・




俺はエルに跨り、頂上までやってきた。

前に上空から山の頂上を見た時には、何も気にならなかったが、言われてみると確かに枯れ木が一本植わっていた。


目の前には、俺の腰ほどぐらいの高さしかない、小さな枯れ木があった。


これが、世界樹か・・・ただの枯れ木にしか見えないけど・・・良く見渡すと確かに違和感はある。

頂上付近には、木や植物は一切無く、生命の息吹をまったく感じない。


世界樹を良く眺めてみる。根本や枝の部分に傷などは見当たらない。

土に触れてみたが、多少の湿気はある。


植物にとって重要なのは、水と土壌。

水に関しては、土に触った感じからして、問題はないと思うが、土壌についてはさっぱり分からない。


ゴンの話によると、神気を循環させる樹ということだったが、神気を発生するということは、神気を与えても意味がないということになるだろう。


何と循環させているのか?


神気の反対に位置するもの・・・思いつくのは大気の汚れや地中の汚れなど。

又は、この世界そのものの汚れ。


いまいちピンとこない。


それに、ゴンのニュアンスとしては、百年前に急に枯れたという話だった。

土壌が理由で枯れたとは考えづらい・・・

分からないことは本人に聞くしかないか・・・


俺は腹を決めた。


「エル、これから少しの間集中するから、物音を立てないでもらえるか?」


「分かりましたの」

エルは答えると、俺から距離をとった。


俺はその場に座り込んだ、胡坐をかき、腕の力を抜いた。

背筋は真っすぐ、だが、力は込めない。

呼吸に意識を集中する、複式呼吸開始だ。


吸って、吐いてを何度も何度も繰り返す。

どんどんと自己催眠状態へと入っていく。

呼吸と共にまずはこの世界樹に人格があることをイメージする。


植物といえども同じ生き物だ、意識があっても決して不思議ではない。

世界樹というほどの立派な木なら、意識があると考えてもいいはず。


催眠の状態になれば、意識を同調することができると思う。

吸う息に、目の前の世界樹が吸う空気をイメージする。

そして吐く息も、世界樹が吐く息をイメージする。


更に自分の足が、根となり、地面と同化していくイメージを強くする、

胴体は幹となり、腕は枝へと変わっていく。

俺自身が、目の前の世界樹になることを強く、より強くイメージする。

世界樹となり、風を感じ、土を感じ、生命を感じる。


あともう少し、


世界樹の生命の波長を感じる・・・

世界樹の波動を感じる・・・

世界樹の意識を感じる・・・

すると遠くで音が聞こえた。


ピンピロリーン・・・


世界樹の意識と繋がった。


話かけてみる。

「聞こえるかい?・・・」


回答は無い。


更に話かけてみた

「聞こえるかい?・・・」


「わ・・・・せ・・・を・・め・・・ば・・・い」


返事とも言えない言葉が返ってくる。


もっと同調しなければ・・・


俺の意識を、世界樹の意識にもっと近づくように、イメージを深める。


世界樹の波動を強く感じる。


「わた・は・・ちょう・とめな・・ば・けない」


世界樹と波長を合わせる。


「わたしはせいちょう・とめな・れば・けない」


「私は成長を止めなければいけない」

はっきりと聞こえた。


「君は成長を止めなければいけないのか?」

俺は聞いてみた。


「私は成長を止めなければいけない」


「それはなぜ?」


「私が成長を止めなければ、人々が争うから」


世界樹の気配が変わった。

こちらの存在に気付いたようだ。


「あなたは?・・・」


「俺は守・・・今あなたと意識を同調している・・・人間だよ」


「守・・・同調・・・人間」


「そうだ、君と同調することで、話ができないかと試してみたところ、どうやら上手くいったみたいだ」


「・・・あなたからは・・・神の気を・・・感じる」


「ああ、ずいぶん体に溜まっているらしい」


「本当に人間?」


「ああ、本当に人間だよ、ただ訳あって、ちょっと普通の人間とは違うらしい」


「・・・」


「それで、何で君は成長してはいけないんだ?」


「私は、成長すると、世界樹の葉を付けてしまう」


「それで?」


「世界樹の葉をめぐって争いが起きてしまう」


「争いが?」


「そう、かつて人々は、世界樹の葉を求め、この島までやってきた。世界樹の葉を使って体を癒し、傷の手当てをした。人々の役に立てたと、私も満足だった。しかし、人々は過剰に世界樹の葉を採取するようになった。やがて、世界樹の葉を求めて争いがおこるようになり。奪い合いが始まり、せっかく癒した傷も、また傷になった。争いは激化し、人々は互いを傷つけあった。暴力の連鎖がはじまり、そして命を落としていった者も・・・」


「・・・」


「私は思った、世界樹の葉で争うなら、葉を付けなければいい」


「・・・」


「だから、私は成長を止めなければいけない」


「そうか・・・あなたは自らの意思で、成長を止めたのですね?」


「そうです、私は人々に争って欲しくないのです」


「では、私を通じて今のこの島を感じてみてください・・・」


世界樹の意識が俺の中に流れこんで来る。


「・・・ああ・・・随分変わりましたね・・・どうやら島に平和が訪れたようですね・・・」


「今、島にいる人間は私だけです・・・あと私の家族もいますが・・・」


「おや?そのようですね。まぁ、神獣様もいらっしゃる・・・」


「ベビードラゴンのギルですね、やんちゃで困ってますよ」


「ありがとう、どうやら私は元に戻ってもいいようですね・・・」


「どうぞ、そうしてください。今後、島であなたをめぐって争いが起きないように、私の家族達で見張っておきますよ」


「ありがとう・・・守さん・・・ひとつお願いしたいことがあります・・・」


「何でしょう」


「このあと、枝を持ち帰って、あなたの許で次木をしてはもらえませんでしょうか?」


「いいですが、どうして?」


「やがてその木は成長し、生れるべき時に生まれてくるでしょう、きっとあなたのお役にたつでしょう。その子は私の分身ですので・・・」


「そうですか、私にはよく分かりませんが、そうさせていただきます」


「では、私は成長させていただきます」


ふいに視界が明るくなった。

目を開けてみる。

俺の目の前で、世界樹は光輝き、ゆっくりと、葉を付けた。

そして、神気を大気中に放出し出した。

俺は一番太い枝を貰い、世界樹に結界を張ってから、家族のもとに帰った。




帰宅した俺は、まず創造神様の石像の傍に、次木を植えた。

神気を土に流すと、次木が根を張った。


皆を集めて、世界樹での出来事を話すことにした。

以外だったのは、誰よりも真剣にギルが話を聴いていたこと。

彼はもう既に言語理解を取得している。


全てを話し終わったところで、ゴンが話し出した。

「納得がいきました、百年前、人々が島から離れていったのは、世界樹が葉を付けなくなり、島にいる意味が無くなったと、いうことなんでしょう。同時に中級神様が島を離れたのも分かります。犠牲者が出たことに責任を感じ、無事島を離れるのを見守る為に同行したんでしょう。そして、自分の代わりにと、ドラゴンの卵を社に奉納し、島の新たな守り神になるようにと、考えたんだと思います」


ゴンの意見は、あながち間違ってはいないだろう。筋は通る。

だが、それではあまりにも、ギルに対して無責任だ。

それにゴンを置いてきぼりにした事も、許しがたい。


「その中級神は元々この島の守り神だったのか?」


「そうです、ただし、初めは下級神として、この島の守り神をしていました。それが、いつの間にか、中級神になっていました」


どうやって昇格したのか・・・


「そうか、下級神から中級神に、どうやってなったかは分からないとうことか?」


「そうです、申し訳ありません」


「いや、謝ることではない」


少し引っかかるところはあるが、大筋はそういうことなんだろう。

だが、正直気に入らない。

中級神の行動に理解はするが、ギルとゴンに対して無責任過ぎる。

もし本人に会う事があったら、問いただしてやりたい。

お前本当に神なのかと。

余りにも慈悲が無さすぎる。




とにかくドラゴンの成長スピードは速い、まるでスポンジが水を吸い込むように、どんどんと成長していく。


ギルが家族になってから二ヶ月ぐらいだろうか。

獣型だとノンよりも頭一つは大きい、俺が面と向かって話すには、見上げないといけないほどだ。


既に人化はできるようになっているが、尻尾や角は、まだ人化しても残っている。

人化すると、身長は俺よりも低く、百六十センチぐらいかと思われる。

金髪で、顔つきはやんちゃ小僧そのもの、相変わらずノンとじゃれ合っているのは微笑ましい。


人語発言も無事習得し、今ではスムーズな会話ができるようになった。

ここは、エルお姉ちゃんの献身によるところ、ただし、今だに納得できないことが、一つある。


初めて発した言葉が「ノン」だったことだ・・・


そりゃあ嫉妬もするでしょうよ、悪かったね、親バカで。

まぁ冷静に考えてみれば、誰も俺のことを「パパ」や「お父さん」なんて言わないし。

実際ギルが初めて俺のことを言った言葉は「アルギ」って、言ってたもんな。

全力で、違うよ「パパだよ」「パパ」と言いって訂正したけどね。


ちなみに今のギルのステータスはこんなんです。


『鑑定』


名前:ギル

種族:ベビードラゴンLv3

職業:島野 守の子供

神力:309

体力:1563

魔力:2053

能力:人語理解Lv5 浮遊魔法Lv3 火魔法Lv3 風魔法Lv3 土魔法LV2 人語発言Lv3 人化魔法Lv2


せっかくなので、他の3人も


『鑑定』


名前:エル

種族:ペガサスLv12

職業:島野 守の眷属

神力:0

体力:1936

魔力:3567

能力:風魔法Lv17 浮遊魔法Lv16 氷魔法Lv14 雷魔法Lv14 治癒魔法Lv5 人語理解Lv7 人化Lv5


『鑑定』


名前:ゴン

種族:九尾の狐Lv13

職業:島野 守の眷属

神力:0

体力:1414

魔力:2459

能力:人語理解Lv6 水魔法Lv17 土魔法Lv15 変化魔法Lv14 人化Lv4 人語発音Lv5


『鑑定』


名前:ノン

種族:フェンリルLv15

職業:島野 守の眷属

神力:0

体力:3843

魔力:2304

能力:人語理解Lv6 火魔法Lv14 風魔法Lv17 雷魔法Lv16 人化Lv4 人語発音Lv5


みんな順調に成長しています。

ちなみにギルは他の三人と違い、神力を保持することができる。

神獣と聖獣の違いということなんだろう。

今度ギルに神気操作を教えようと考えている。


俺はどうなっているのかって?それはまた、おいおい・・・




今、非常に重要なことを考えている。

最重要事項と言っても過言ではない。


その内容はと言うと、どうサウナを改築するのかである。

前にサウナ建設の話をしてから、実はいろいろと手は加えている。


順を追って説明していこう。

まずは、露天風呂を造った、もちろん屋根付き、岩をふんだんに使った広めの風呂、家族全員で入れる。

岩の隙間にコンクリートを流し込み、最後に『合成』で仕上げた。


後は細かい話だが、水風呂に屋根を付けた。

そのおかげで水風呂の水の温度が、十六度前後を保てるようになった。


さらに行ったのは、レモン・カモミール・オレンジ・ジャスミンの栽培、これをロウリュウに使う水に混ぜて、アロマ水として使っている。

やはり、匂いが在るのと無いのとでは大きく違う、特に女性陣に人気だ。


さて、今回考えているのは、サウナの拡張と、塩サウナの建設。

特に塩サウナは重要案件と捉えている。

何故かというと、塩サウナ後のサウナのパフォーマンスは、格段に違うことを、俺はその身を持って知っている。


塩サウナの塩で肌の角質を取り除き、更に毛穴の汚れを除いた肌から流れる汗は、サラサラの汗となる。

すなわち、塩サウナ後のサウナは、短時間で大量の汗がかけるというメリットがあるのだ。

パフォーマンスを中心に考えるならば、これは非常に重要な要素と言える。


ただ、塩サウナを、現サウナの近くに設置ができないのが難点。

その理由は畑に近いからだ。


塩サウナから流れ出る大量の塩が、三十メートル近くは離れる位置にはなるものの、風が吹いて塩が飛べば、畑に影響するのでは?と考えたからだ。


それで、距離は離れるが、いっそのこと、浜辺に一番近い森の一部を切り開いて、そこに設置してしまおう、という結論に行きついた。

塩サウナの後は、しっかりと体に付いた塩を流す必要がある為、大きな瓶も用意した。


そして、サウナ本体の改装を行う。

今回、贅沢にもサウナストーブを一台増設する予定、サウナ室自体も倍の広さにしたいとの考えからだ。

サウナストーブ一台では、さすがに高温になるまでに、時間が掛かり過ぎるだろうと考えた結果だ。


出費は痛いが、ここにはお金を掛ける意味がある。

というのも、人型になれるようになったギルが、サウナデビューしたからだ。

まだまだ『黄金の整い』は浅いが、それでも楽しめているようだ。


あと、世界樹が活動を再開したせいか、大気中の神気の濃さが少し増したような気がする。

これで少しでも、この世界の崩壊が、遅くなってくれたのであればいいのだが・・・今の俺の知るところではない。


ちなみに、ノンは俺の指導の下、現在熱波師の猛特訓中です。

頑張れノン!良い熱波を期待しています。




ただいま絶賛サウナの改築を行っている最中である。

予定道り順調に進んでいる。

既に、サウナ室の拡張と二台目のサウナストーブは設置済み。


今は、塩サウナの建設中だ。

先にも考えを述べたように、サウナから離れた所に建設の予定だ。

木を切り、設置場所を確保する。


自然操作にて地面を造っていく、草を刈り、土を耕す。

不要な石などを取り除き、その後耕した土を固めていく。

ここで一つ手を加えなけばならない。


サウナルームを設置する箇所は平行にするが、それ以外の地面は、海に向かって下がっていくように傾斜をつけなければならない。

大量の塩が発生する為、少しでもその塩が海に流れ込むようにしたいからだ。


自然操作を使用し、地面を造った。

そしてここからは塩サウナの建設。


塩サウナにとって、最も大事な要素は、湿度の高さだ。

その為、木製では心もとない、そこで、外部は木製のままだが、内側の床から壁、更には天井までをタイル張りにすることにした。


ありがたいことに万能鉱石は粘土にもなる、それを『加工』にてタイルを造っていく。

そのタイルを『合成』で、木目に張り合わせていく。


これをサウナルーム内の床、天井、壁に行う。

更にサウナストーブにも手を加える、加熱部分の上盤の上に水が入るように、容器を造った。

これで湿度は早い段階から高くなると考えている。


最後に、大きな瓶をサウナルーム内の中心に設置し、大量の塩を入れて完成した。

これで整いは深くなるだろう。


さっそく皆で塩サウナを体験してみた。

予定通り、湿度の高いサウナルームとなっていた。

肌がツルツルになると、女性陣は大喜びだ。

ギルは普通にサウナとしても楽しいと感じている様子。


ノンに至っては、気合を入れ過ぎて、

「塩が目に入った!」

と大騒ぎしていた。


塩は目に入れるものではありません。

サウナ満喫生活は順調に行っていると言っても、過言ではないだろう。

満足度が日に日に増していっている。

重畳、重畳。




雨の日の過ごし方について話をしよう。

基本的に雨の日は、家の中で過ごす。

狩りにも行かないし、畑にも行かない。


そもそも雨の日は珍しく、週に一度降るか降らないという程度で、降っても一日中雨が降ることはまずない。

半日もすれば止んでしまう。

ゴンによると、年中こんな感じらしく、特に雨期なども無いらしい。


身体にとっては、とても良心的な天候であるといえる。

気温も特に変化がなく、大体日中は二四度前後、身体に優しく大いに結構。

雨の日は少ない為、雨の日は持て余し気味だった。


そこで、雨の日限定のゲーム大会を行うようになった。

ゲームと言っても、一番行う頻度が高いのはジェンガ。

その次にやるのはダーツ、たまに行うのは、暗算大会。


まず、ジェンガだが、特別ルールが設けられている。

それは、五秒以内にパーツを抜かなければならないということ。

きっかけは、慎重になり過ぎたゴンが長考し、苛立った俺が追加ルールを加えた。


次にダーツだが、これは通常通りに行っている。

追加ルールは無し。


そして、異色の暗算大会は、実は、ギルが人型になったのを機に、俺が皆に読み書き計算を教えだしたのがきっかけだった。


夕食後に、三十分間の勉強の時間を設け、計算を中心に授業を行っている。

エルとゴンは、元々足し算と引き算はできていたが、掛け算と割り算はできていなかった。


今は特に覚える必要はないかもしれないが、学んでおいたほうが何かと今後役に立つだろう。

基本的な算数は会得しておいて欲しい。


そして、意外や意外、ここ三回連続で暗算大会のチャンピオンはノンだった。

ものの見事に計算を行う。二桁と二桁の掛け算の問題では、出題後直ぐに答えてしまう俊才ぶりだった。


それに負けじと、負けず嫌いの我が家の息子と娘達は。

今ではたまに、思い立っては、地面に数字を書いては、計算をしている。

良い傾向だ。


後、読み書きも順調に覚えていっている。

基本的な勉強は、今後何かしらの役に立つと俺は思うのだ。

今から勉強をする習慣をつけて欲しいとも思う。




夕食後、今日は授業は止めて、お話をしようと皆に伝えた。

片付けを終え皆でテーブルを囲んでいる。


「なぁ皆、この先やりたいこととか、あったりするのか?」

問いかけてみる事にした。


突然の俺の問いかけに、皆、考えこんでいる様子。


するとノンが話しだした。

「僕は、強くなりたい。まだ、主には一度も稽古で勝ったことは無いけど、主を守れるような男になりたい!」

ふぅ、あの甘えん坊だったノンが、こうまで成長するとは・・・少し寂し気もするが・・・

空気感としては違うが、思わずノンの頭を撫でてしまった。

俺は親バカだ。


ゴンが続けて話し出した。

「私も強くなりたいですが、私は魔法の研究というか、鍛錬というか、主が能力の開発を行っているように、私は魔法の開発を行いたいと、思っております」


「ほう」

思わず関心してしまった。


「私には、主のように神力を扱うことはできないです。でも魔法は使えます。魔法には適正があると言われていますが、それだけでは無いんじゃないかと、主を見て思うのです。ですので、私は魔法の研究がしたいです」

ゴンらしいといえばそれまでだが、それはそれで良いと感じた。


「いいじゃないか、やってみろよ」


「はい」


すると、エルが俺を見ながら徐ろに話しだした。

「私くしは、一度天使の村の兄弟達に、会いたいと思いますの」


「うん」


「村を飛び出して、そのままこの島にずっといますので、心配しているのではないかと、気にかけてますの」

そうだな、今まで気遣え無くて、申し訳無いとすら思う。

一度帰らせるべきだな、ただ、この村の秘密は伏せて貰うように話しをすべきだな。


「そうだな、一度帰ったほうがいいだろう」

頷くエル。


そして、ギルは下を向いていた。

他の皆が、次はお前だとギルに視線を送っている。


ギルが意を決したという表情で、俺を見た

「僕は・・・僕は・・・パパの様になりたい!」

ギルが振り絞る様に言った。


「そうなのか?」

意外な発言だった。


「うん、パパの様になりたい・・・パパは人間で・・・でも神様なんだ」

ギルが一生懸命話そうとしているのが分かる、必死に言葉を探している様子。


「そうなのか?」


「そうだよ、パパはいろんな能力を持っていて、強いし、何よりも凄いじゃないか、僕もそうなって、この島を、世界樹を守らないと・・・」

やはりそう想うのか・・・


「どうして世界樹を守ろうと思うんだ?」


「どうしてって、僕、世界樹の話を聴いた時に思ったんだ。おそらく僕は、中級神様がこの島の守り神として、僕をここに置いていったんだって。ゴン姉ちゃんもそう言ってたし、だったらそうしないと、いけなんじゃないかって・・・それに世界樹がまた、酷い目に合わないように守ってあげなきゃって・・・」

思った通りだな・・・ギルがそう思うのはしょうがないが、本当にそれでいいのか?


「そうなのか?」


「そうだと・・・思うんだ・・・」

下を向いて、何かに耐えているような表情を浮かべている。


「そうか、ギル、お前は優しいな、俺はお前のパパになれて本当に良かったよ。ありがとう。でもなギル、中級神の目論見通りになる必要なんてあるのか?お前は自分の好きなようにしたら良いと、俺は思うんだけどな・・・」

ギルが顔を上げてこちらを見る。


「そうなの?」


「そうだよ、中級神には中級神なりの考えがあったのかもしれない。でもな、俺から言わせてもらえば、まだ生まれても無いお前を社に置いて、あとはよろしくってのは、無いと思うんだ。はっきりと言わせてもらえば、無責任なんだよそいつは。それにゴンを置き去りにしやがって、腹が立つんだよ。そんな奴の思う通りになんてなって欲しくないな。俺は」

ギルはまた下を向いた。


「・・・」

ギルは言葉に詰まっている。


更に俺はたたみ掛けた。

「違うか?ギル、勝手に役目を背負う必要なんて無いと思うぞ。お前はお前の好きなように生きなさい。全てはこのパパが引き受けてやる。いいな!」

言いたいことを言ってやった。


もしかしたら、俺の自己満足かもしれない。

しかし、これを間違っていると俺は一切思わない。

思いたくもない、だってそうだろう?

生れてすぐに、何にも分からないまま、勝手に自分の知ら無い所で、勝手に役目を与えられる。

こんな勝手があるもんか!

生きとし生ける者、その全ての者が、自分の思うが儘に、目指したい自分があっていいと思う。

それすらも無いなんて、あまりに一方的な話は、俺は容認できない。

ましてや、自分の家族にそれは許せない。

勝手な奴だと思われてもいい。

でも、生まれながらに自由を奪われるのは、俺には絶対に許せない。


「うん!分かった!」

ギルは目を輝かせていた。


「よし、いい返事だ!」

見回すと、皆の目が輝いているのが分かった。

ゴンはうっすらと涙を浮かべていた。


「じゃあ、俺からいいか?」

皆が俺の方を向く。


「今のすぐじゃないから心配しないで欲しいんだが、この島を出ようと思う」


「「「「えっ!」」」」

四人が固まっていた。


「いやいやいや!驚きすぎ」

皆が正気を取り戻すまで待った。


「いいか、皆、俺は人間だ」

四人がブンブンと縦に首を振り回している。


「でも、普通の人間じゃない、自分で言うのもどうかと思うが・・・まぁ、皆の知っている通り、神様の修業中だ。そして、この体にはたくさんの神力を宿している。そして、いろんな能力も持っているし、今後も開発していくつもりだ。でも俺が思うに、これ以上の能力の開発には、そろそろ限界が来ていると感じている。そしてなにより、この世界の神様達に会ってみたいんだ。一人で旅に出ようかとも考えたが、俺には皆を残して旅にでることは出来ない。だから、皆と旅に出たいんだ。それに神様に会う事は俺だけじゃなくて、ギルにも必要なことだと俺は考えている」

ギルが頷いていた。


「なので、準備が整い次第、この島を出ようと思っている」

間をおいてから、ゴンが言った。


「それはいつなんでしょう?」


「だから準備が整い次第って」


ギルが体を乗り出して言った。

「世界樹はどうなるの?」

明らかに四人はまだ動揺している。


一度手を叩いてみせた。


「はい、注目!島からの旅出は、ちゃんと準備が整ってから。万全の態勢を整えてからとなります。いいですか?」


「「「「はい」」」」


少しは落ち着いたかな?


大丈夫そうだな。


「なので、早くても半年後、になります」


「「「「おおー!」」」」

皆で顔を見回している。


「準備にはしっかりと時間をかけます」

頷く四人。


「そこで、皆に前持って話しておきたいことがある」


「何?」

ノンが食い気味で反応した。


「まず、これだけは守って欲しいルールが三つある」

皆が姿勢を正した。


皆を見回してから、俺は話し出した。

「まずは、世界樹については、絶対に外部には話さないでくれ、特に世界樹の復活については言ってはならない。下手に漏れて、また、同じ悲劇は繰り返さない必要がある。世界樹とも約束したしな・・・分かるだろ?」

皆、集中して話を聞けているようだ。


「次に、これは創造神様との約束だから絶対に守って欲しい、『黄金の整い』の方法を明かさないこと」

フムフムといった様相。


「最後に、俺についてだ、俺の能力についてだが、お前達以外の人の前では、使わないようにしているのは分かっているな?分かりやすい話しとしては、アグネスだ。俺は、アグネスの前では、『収納』の能力以外を見せていない。あえてそうしている。ただの転移者の人間だと思われるようにしている」

ノンがそうだったのかという表情をしていた。

マジかノン、お前以外は皆なは分かってたみたいだぞ。

ギルですら頷いてるぞ。


「以上だが、守ってもらえるか?」


「「「「はい」」」」

口を揃えて返事が返ってきた。


「あっ、次いでだから話しておくと、世界樹なんだけど、俺の結界に守られているから問題ないと思う。神力を扱えない者は、近づけ無いようにしてある。あと、前に世界樹と同調してから、世界樹とは交信が行えるようになったんだ。何でも世界樹が言うには、この世界のほとんどが、地下で根っこが繋がっているらしい。だから俺の近くに草花があれば、どこでも交信は可能らしいんだ。今は毎朝、世界樹に話し掛けれられているよ。とは言ってもほとんどが天気の話だけどな。だから、この島を離れても、何かあれば連絡が取れるってことだ」

皆が胸を撫で下ろしていた。


まだまだ先のこととはいえ、島を離れることに俺は少し、興奮してる。

新たな出会いを求めて、そして刺激を求めて、見たことの無い景色を見てみたい。

こいつらとなら、もっともっと楽しめそうだ。




旅立ちの準備が進められている。その中心は俺の能力の開発と、この世界の勉強。

無理なく順調に進んでいる。


この世界の常識の話しをすると、一年は三百六十日、一週間は七日、一ヶ月は三十日とほとんど地球と変わらない。


時間も十二進法で何も問題はない。距離と重さの単位は街や国によって違うので、一概には言えなく、世界の共通の単位はないらしい。


以外だったのは休日という概念が無いらしく。又、祝日も無いということらしい。

祭りや祝祭は、各街や村で行われることはあるらしいが、年に一度程度。

この世界の人々は働き者なのか?遊びを知らないのか?休みたいと感じないのか?どうしてもこれには違和感を感じる。

もしかしたら娯楽が少ないからなのか?


生活様式は街によって随分違うらしく、特に、全世界共通というものは無いらしい。

まぁ多種族が暮らす世界だから、そうなのだろう。


礼儀作法もあるにはあるが、それを気にするのは一部の者達だけらしい。

その点は助かる。

不作法ですいません。

こんなところだろうか。




今は、俺以外の四人はエルを中心に、人化のレベル上げと、更にギルは浮遊のレベル上げを頑張っている。

獣耳や尻尾がなかなか消せないようだ。


俺はというと、いくつかの能力を獲得していた。


『変身』『念話』『探索』


『変身』は同調で得た感覚をもとに、自分の体が変わっていくことをイメージしていたらあっさりと身に付いた。


ノンにフェンリルの格好に変身したところを見せた時には、無茶苦茶ビビられた。

やっぱりノンのリアクションは、ハズレがない。

いつも楽しませてくれてありがとう。


『念話』は、世界樹との交信の延長みたいなもので、直ぐに身についたし。

今では四人全員との『念話』が可能になった。

ただいくつか、条件があって、少し不憫さはある。


まず、能力の発動には神力が必要な為、ノン・ゴン・エルは神力が切れている時は、使えない。

彼らは神力を体内に保っていられないのだからしょうがない。


全員通話は『黄金の整い』後の、数時間に限定されている。

これでは、俺とギル間でしか、無制限で繋がれない為、ゴンに魔法による『念話』を取得するように話してみた。


俺のサポートを受ける形で、魔法開発を行ったところ、無事に成功した。

全員と繋がる時は、神力と魔力の両方を持っている、ギルを介して『念話』を行うようにしている。


使用時に若干のタイムラグがあるが、無いよりはよっぽどましだ。

というより、この能力は島を離れる上では必須の能力だ。

人前で話してはいけない時があることが、考えられるからだ。


そして『探索』も狩りの中で身についた。


脳内マップをイメージし、獣の気配を辿ることを繰り返し行っていたら、脳内マップに気配を感じた獣が示されるようになった。

今は獣しかマッピング出来ていないが、レベルを上げていくことで、その対象を広げれるようになると考えている。


いやー、順調!順調!




順調ではなくなっていた。

壁にぶち当たっている、今獲得を目指している能力が『転移』

既に開発を始めて一ヶ月以上が経っている。

まったくもって獲得できる気がしない、気配すら感じない。


この能力の獲得無くして、島を離れることはできない、と言うより離れられない。

島への行き来が、片道切符では何かあった時に困るからだ。

なにより、島を離れるといっても、一時的なものと考えている。

なんなら、毎日島に帰ってくるぐらいに俺は思っている。


時には、現地で宿泊するのも良いとは思うが。

お金もかかるだろうし、旅とは言っても日帰りぐらいにしか考えていない。

なので、転移はないと話にならない。


旅の目的はあくまで神様に会うことと、この世界を見ることだ。

厳しい長旅なんてする気はサラサラない。


能力の獲得に向けて、いろいろなイメージをしてみた。

五メートル前にいる自分をイメージした。

目に見える場所に移るイメージをした。

行きたいところを強くイメージし、そこに自分がいるところをイメージした。


扉をイメージし、別の場所にある、もう一つの扉に繋がっているイメージをした。

イメージした時に全身に神気を纏ってみた。

自己催眠の状態でもやってみた。

思いつくことは大半やった。


だが決定的な何かが足りないと自分でも感じる。

一体何が足りないのか?


時に脱線して『転移』と『転送』の違いについても考えてみた。


『転移』は自分自身が移動すること。

『転移』は物が移動すること。


どうなんだろうか?あっているのだろうか?微妙だな・・・

それはさておき。


能力の獲得には、強いイメージ、具合的なイメージが必須であることは、これまでの経験から分かっている。

でも『転移』に関しては、それだけでは通用しない。

何かが足りない?


こうなったら、一から考え直してみる。

まず言葉の意味『転移』とは、一瞬にして自分が移動すること。

転は転がる、移は移動のこと、いまいち飲み込めない。

どういうこと何だろう・・・


あれ?何かが引っかかる。

一瞬にして移動する・・・一瞬とは・・・ゼロ秒・・・時間!


分かった気がした。

時間をイメージに重ねる必要があるということか?

又は、それをトリガーにするということなのか。


まずはやってみる、五メートル前に自分がいることを強くイメージした。加えて時間をイメージする。過去・現在・未来、イメージは現在。


時計の針をイメージする、その時計の針がゼロ秒を指す時に能力が発動する。

更に、全身に神気を纏わせる。


ゼロ秒を時計の針が刺した。


シュンッという音がしたような気がした。


五メートル先に自分がいた。


ピンピロリーン!


「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」


やった・・・何だかどっと疲れた気がする。

気晴らしにノンでも驚かせてこよう。

ノンの前に突然現れてみた。

「ピギャー!!」

ノンは素晴らしいリアクションをしていました。

やっぱりこれ好き。


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