獲得の嵐

―◆◆◆―


 交合渉がクラブハウスに姿を現わさなくなって、1カ月が経過していた。

 その代わり、彼の助手と名乗る童顔男が、秘書室の角に自身のテリトリーを作って居座ることとなる。


「ねぇ」

「……」

「ねぇってば!」

「なんですかぁ~?」


 秘書の内田紗枝は、パソコンをカタカタとしている有馬湊へと話しかけた。


「君のご主人様はどこに行ったのよ」

「さぁ。ずっとブロッカー状態だから、把握ができないんだよねぇ~」

「せめて社長ぐらいには連絡をすればいいのに。ほんっと、どうしてあんないい加減な男を――冗談よ。だから、そんな恐い顔で睨まないでよ」

「内田さんは買収前からここで秘書を?」

「ええ、そうよ。急に買収だのオーナーが替わるだのって社内はずっとバタバタしているし、皆、自分のクビが飛ばないかビクビクしちゃっているの」

「ふ~ん。でもそれって、自分が無能だからそう思うんですよねぇ~」


 会話中にあるにもかかわらずカタカタと手を止めようとしない上、なんとも失礼な発言をした湊に眉をひそめた内田。


「みんな、才能があるわけじゃない。才能がない人がいるから、あなたみたいに特殊な才能が光るのよ。覚えておいて!」


 怒りをぶつけるように書類の束を机に置いた彼女に対し、どうして彼女が不機嫌になってしまったのか理解できない湊。


「ごめん」


 とりあえず謝っておく。周囲の人間の顔色を窺うつもりはないが、結果的に部屋の一部を借りている身分だ。ここは下手したてに出ておいたほうが良さそうだと、湊なりに考えたのだった。


「じゃ、駅前のケーキ屋さんのモンブランで許す」


 女というのは、スイーツ一つで機嫌が良くなるものなのか。

 湊は苦笑を浮かべながらも、渉に依頼されたリストアップを完成させていくのだった。



―▽▽▽―


 音沙汰なしの交合渉に、段々と頭にきていた私。


「まさかあの人、投げ出したんじゃないでしょうか」


 祖父の言うように、彼の意見を尊重してやること自体は問題ない。

 だが、意見もなにもあれから何も聞かされていない状態。


 早速、設備の増強をするため、敷地内のあちこちで工事がやかましく始まっている。元々山を開拓して作った場所なので、広い敷地を持て余していたのだった。


 プレスト倉敷FCは勝っては負けを繰り返しており、順位は相も変わらずに停滞している。少しテコ入れを加えれば、JSO2の上位ぐらいには入りこめそうだ。

 だが、祖父も交合さんも目指すところはもっと上のところにあるようで、今の面子ではさぞ、ご不満のようだ。


 プルルルル。

 秘書室からの内線電話。


『オーナー。入口に見慣れないマイクロバスが来たのですが』

「マイクロバス?」


 オーナー室の窓から下へと見下ろした。

 確かにグレーのマイクロバスが走行して、正面玄関前に停止するのを確認する。

 なにかの取材でも入れていたかしら?


「わかりました。私もすぐに行きます」



 クラブハウス前では既に、見知らぬ男がズラリと降り立っていた。


「あ、貴方たちは一体……」

「やぁ、オーナー」

「え」


 すると、黒キャップに黒いマスクを身に付けた男が顔近くに寄り、マスクをずらして露にする。


「あっ、交合さっ……!」

「シー。できれば、俺の正体は隠してもらいたい。Mr.スカウトマンって知られたくないんで。今の俺は“佐藤”で通っている。頼むよ、オーナー」


 頼み込まれた私は、慌てて自身の口を噤んだ。


「フリー選手を7人、コーチを3人と引っ張ってきた。しばらくの間、こいつらは“フリーセブン”と名付けるとしようか」

「引っ張ってきたって。この一か月、お一人で?」

「現地調達が俺流だからな。一人を除いてここにいる奴ら全員、評価A以上だ。ギャハハハ、わくわくしてくるなぁ!」

「評価A?」

「渉の自己評価制度ですよぉ~。A-は、JSOリーグでMVPや得点王などの称号が狙える能力値で、A+になれば五大リーグでレギュラーを張れる程度。ま、あくまでも渉の考えた基準値なんですけどねぇ~」


 小柄の男、湊が説明役を買って出る。

 彼は交合さんの助手としてやってきたが、その実、何者かははっきりとわかってはいない。


 それにしても、彼が連れてきたという者たちはどことなく不気味というか個性的というか。些か近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


「で、では契約のほうを……」

「必要はない。こいつらにはちょっとしたトライアルを受けてもらう。夏までに合格できなければ、ここから去ってもらう」

「せっかく評価して連れてきたのにですか?」

「あくまで俺が評価したのは潜在能力。それを引き出せないのであれば、ゴミらしく廃棄処分するしかないだろう」


 なんという横暴な言い方なのでしょうか。

 まるで我がチームが名門チームと勘違いをしているのではないのか。


「俺の意見は尊重するんだよな?」

「ええ、もちろん」


 無理矢理に笑顔を作って承認する。

 Mr.スカウトマンのやり方をしばらくは静観すると決めた手前、あれこれと口を挟むような野暮なことはしない。


「では、コーチの方々もテストを設けるのでしょうか?」

「もちろんだ。選手の能力値を上げられない指導者なんぞ、ただのお飾りに過ぎねぇだろ。そんな奴らに大事な金を払うことはない」


 正論なのかもしれないが、この人はとことん極論を言っているような気もする。


「くくく、夏になったらこのチームはどうなっているんだろうな。夏の大改革作戦とでも名付けておこうか」


 この世で一番悪い顔をしているのではないかとさえ思えた彼の顔。


 私なりにMr.スカウトマンについて調べたことがある。

 その眼識力は肉体能力に限らず、その他の素質やスキルあるいは性格さえも覗き込めるものとし、さらにその人の能力の伸びしろ――つまり、潜在能力を確認する力を有しているとされている。


 俗にいう【超能力】の類と認識され、彼の能力を“卑怯”だとか“チート”だとかで否定する者は多かった。


 生まれ持った能力。たとえそれが【超能力】であっても、私は彼の能力を否定するつもりはない。どんな力であれ、自分が生まれ持ったものであるのなら、遠慮なく使えばいいとさえ思う。


 ただ、彼にはMr.スカウトマンの他に異名があることを知っている。

 “Mr.嫌われ者”

 この名が示す通り、彼の横暴なやり方は多くの者の憎しみを買っている。

 四年経った今もなお、彼は同じやり方をしているようだ。


 同じ過ちを起こさないか。

 私は四年前に起こった事件の記事を思い返し、これからのプレスト倉敷FCの在り方を見極める必要があった。

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