3-1:一難去ってまた一難、ぶっちゃけあり得ないと思いたかった。

 あれから1週間。

 俺の怪我は、まだ完治こそしていないものの、少しは動けるようになった。ので、今はもっぱら、恵美須屋の前の掃除係である。

 ・・・恵美須屋って、万事屋だよな。ぜーんぜん仕事の話とか来ないケド。そもそも、ウチに人が来る気配もないし。1週間経ってこれだぞ、なんで万事屋続けられてるんだ・・・?

「・・・おい、暇か?・・・シュコー」

「え?あ、はい、暇ですけど。」

 唐突に恵美須さんがいつもの”シュコー”と共に声をかけてきたので、つい反射で暇だと答えた。

「まぁ・・・シュコー・・・その様子で暇や無いって言われたら・・・シュコー・・・・・・それはそれで困るけどな・・・」

「・・・まぁ、確かに。それで、何の用です?」

「シュコー・・・とりあえず、中入り。」

 恵美須さんに促されたので、店の中に入った。なんだ、重大な話か?


「ええか、よう聴け、東・・・シュコー」

「はい。なんでしょう。」

 正直、面と向かってこう言われるのも慣れてきた。俺の人生の中で一番聞いたことのあるフレーズじゃなかろうか、”よう聴け”。

「お前今・・・シュコー・・・・・・狙われとる。」

「・・・はい?」

 割と重大な事言っといて、遊びの”シュコー”は忘れないんだもんな、恵美須さんも暢気なもんだ。

「狙われてるって、誰にですか。」

「・・・シュコー・・・”私立探偵”や。」

「・・・はぁ。」

 この数々の犯罪が集まって渦をなす新世界に、私立探偵が居たとは。・・・まぁ、マトモな奴では無さそうだな。

「で、なんで俺が?」

「シュコー・・・1週間前の騒ぎや。」

「あぁ、借金取り立てた、アレ。」

「せや・・・シュコー・・・・・・そん時お前、大声出したやろ・・・」

 あぁ、まぁ、確かに”どけどけ~”だのと叫んだ記憶はある。朧げに、だけど。

「その後に銃声や・・・シュコー・・・皆お前を”殺人鬼”やと勘違いしとる・・・シュコー・・・」

「・・・は?」

 これはこれは。乱暴に叫んだからマークされたんじゃなく、あのクソアマの放った銃声が原因でマークされたと。

「それって・・・濡れ衣じゃないっすか。」

「・・・・・・シュコー・・・・・・・・・」

 ・・・なんか言ってくれよ・・・・・・


「・・・で、その探偵とやらはどうあしらったらいいんですか。」

「まぁ・・・シュコー・・・・・・いつも通りにしとけ。」

 なんだ、それだけでいいのか?マークされてるのに?しかも殺人鬼としてだぞ?このまんまその私立探偵とやらが、”アイツが正真正銘、殺人鬼です!”と雇い主に言ってみろ。俺はたちまちいわれの無い事で殺人鬼にならなきゃならんのだぞ。しかも、あの場に於いて誰も死んで無いだろうに。ガルシアの野郎も、荷物全部恵美須さんに没収されて、素寒貧すっかんぴんになったけどなんならピンピンしてるぞ?

「・・・というか、俺がマークされてるのに、恵美須さん、えらく軽く捉えてません?」

「あぁ・・・シュコー・・・それにも理由はある・・・あのな・・・」

 ”ドンッ!”

 恵美須さんが喋ろうとした折、猛烈な勢いで急に店の戸が叩かれた。客・・・にしては荒々しい・・・まぁここの人みんな荒々しいけど・・・。

「なんや!今出る!・・・」

 恵美須さんがそう言って戸を開ける。すると、そこに立っていたのは・・・

「・・・あァッ!」

「・・・うるさいなぁ、客人に対して失礼やろ・・・」

 絶賛進行中で俺に濡れ衣着せようとしてるあのクソアマじゃねぇか!

「お前!どのツラ引っ提げてここに来てんだ!」

「だァァもう!うるさい言うてるやろ!黙れや!もっかい蹴ったろか!」

「・・・シュコー・・・・・・お前もうるさいわい。」

「・・・っ」

 いいぞー、恵美須さんよく言った!ちょっとスカッとした!いよっ!店長!


「ほんで・・・シュコー・・・・・・何しに来てん。」

「・・・まずは、この前の詫びや。」

「何がこの前だ。今だって被害被こうむってんだぞ。」

「・・・まぁ、それも含めて、すまんかった。この通りや。」

「なんか誠意ってのが感じられないけど。」

「なぁ、恵美須のおっさん、コイツいっぺん殺してもええ?」

「ウチの看板ビジターを殺すな。・・・シュコー・・・・・・」

「ん?恵美須さん、コイツ、知り合いなんですか?」

「シュコー・・・まぁな。」

 なんだ、それなら最初から言ってくれればいいじゃん。俺がコイツに邪魔された事言った時くらいに。

「で?結局何しに来たんだ、お前は。」

「・・・それ、なんやけどな。」

 俺が訊くとクソアマは急にしゅんと女の子らしくなりやがった。なんかずるい気がする。

「・・・アタシ、組を追い出されたんや・・・」

「組をね・・・ん?組?」

「せや・・・アタシがあん時、お前なんかに負けたから・・・」

 時々俺の事を馬鹿にするように言いやがって。怪我が完治したら覚えとけ・・・?

「シュコー・・・東は知らんかったな。」

 恵美須さんがクソアマを指さして言った。

「コイツの名前は”旭”。”あさひ 涼子りょうこ”や。」

「・・・紹介された通りや。よろしく。」

「ほーん・・・」

 旭涼子、ねぇ。・・・本当はよろしくなんて思ってない癖に。まぁ、名前がわかったので、クソアマと呼ばずに旭でいいか。

「で・・・シュコー・・・こっちがウチのビジター、東や。東・・・」

 恵美須さんが俺の紹介をしようとしたところで、何故か言い淀んだ。

「あの、東ですけど、なんかおかしかったっすか?」

「・・・いや・・・・・・シュコー・・・西成から、”下の名前”聞いてないなぁ・・・思て・・・シュコー・・・」

 ・・・あぁ、下の名前ね。そういえば、全然言ってなかったっけ。皆苗字で呼ぶし。では、改めて・・・

「俺は”あずま きょう”な。よろしく。」

「・・・・・・ん?」

「・・・シュコー・・・・・・」

 ・・・あれ?なんか俺変な事言った?自己紹介しただけなんだけど。何?この冷たい視線は・・・。


「・・・”あずま”、やっけ。」

「なんすか。」

「漢字で書いたら?」

「東。」

「・・・で、”きょう”、やっけか。」

「なんなんすか。」

「・・・漢字で書いたら?」

「京。」

「・・・なぁ、恵美須のおっさん?」

「・・・シュコー・・・訊きたい事は分かる・・・が、言うてみ。」

「コイツ、どっから来たんやっけ。」

「・・・””・・・やな。・・・シュコー・・・」

「・・・え??そんな事ある??」

 何?なんで急にコイツら人の名前で遊んでちょっとウケてんの?え?俺自己紹介しただけなんだけど?

東京とうきょう生まれの・・・東京あずまきょうさんて・・・ンな・・・あぁ・・・しょーもな・・・くくッ」

 お前何人の名前馬鹿にして笑ってんの??何、”しょーもな”って。散々人の名前で遊んで出る言葉がそれかよ、おい。お前クソアマって呼ぶぞ?

「東・・・シュコー・・・ふふっ・・・」

 おいおっさん。笑ってんじゃねぇよ。

「なんすか。」

「確認で訊くけど・・・シュコー・・・それ、本名?」

「そうですけど。」

「・・・シュコー・・・・・・お前の親、変わった人やろ。」

 今度は親イジんのかよ。俺個人をイジんのは百歩譲ってヨシとしても、親はイジるなよ。今まで自己紹介してイジられた事なんてなかったんすけど。ちょっと浅田の気持ちが分かったわ。ごめんな?散々韻踏んで馬鹿田なんて呼んで。俺なんかストレートの本名でイジられる立場だったようです。


「もういいっすか。」

 半ばキレ気味に俺が訊いた。

「あぁ、ごめん。東な、覚えとくわ。うん。」

 ちょっと悪い気してんじゃねーよ。

「・・・で。・・・シュコー・・・組を追い出された奴が、何の用や。」

「あぁ、それな・・・いや、こんな事言いにくいんやけど・・・アタシもここで働かせてもらわれへんやろか。」

「え。」

「・・・シュコー・・・・・・ほう?」

 帰る巣が無くなったから、新しい巣を求めてる、みたいな感じか。にしたって、なんでここを選んだんだ?

「アタシな・・・組長に破門って言われたけど・・・まだ、組の事を捨てたワケや無いねん。せやから、その傘下の筆頭の恵美須屋ここに来たんや・・・」

 なるほど、まだ未練は断てないのか。まぁ確かに、ここに居れば何かと萩之組の仕事も回ってくるかもしれないし。考えとしては妥当か。

「・・・で、どうするんすか、恵美須さん。」

「・・・ん?・・・・・・シュコー・・・ええよ。」

 返事軽ッ。もうちょっと考えろよ、人通りのある所で玩具とはいえ、あんな銃もどきぶっぱなした奴だぞ?

「ほんまに?」

「シュコー・・・ただし、条件がある。」

「条件?どんな条件やの?」

「東と・・・シュコー・・・ウチの看板ビジターと組め。」

「・・・は?」

「え?そんなんでええのん?」

 待て。話を勝手に進めるな。俺を置いてけぼりにするな。俺は一言も良いなんて・・・

「シュコー・・・ええよ。」

 返事軽ッ!!俺の意見とか聞かないの?ねぇ?ちょっと?あのー?もしもーし??

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