15

「確かに悪くない」


 ふっ、と表面では微動だにしないぺぺは平然とした様子だった。

 一方で僅かに眉間へ皺を寄せるクレフト。


「だが所詮は人間。全ては悪足掻きに過ぎん」


 そして柄を握り瞠目したミシェルは目の前をただ一点に見つめ、口は半開き。信じられない、とその表情は微動だにしない口の代わりに大声で叫んでいた。

 その間もまた一滴と滴る鮮血。


「この程度で俺を殺せるとでも思ったのか? 仮にそうだとしてもそのまま殺すことも出来ないとはな」


 眉一つ動かさないルシフェルだったが、その左手からは血に塗れたミシェルの剣が顔を出していた。あと一歩届かぬ喉元を見つめ泪でも流す様に血を滴らせる剣先。貫通した手から溢れる鮮血は血管のように剣身を流れ、一定のリズムで滴り続けていた。

 一方で依然と喫驚し続けるミシェル。


「寸でで止めればそれで終わりとでも思ったか? ぺぺ様のめいはこの命より重い。その為なら腕の一本でさえ安過ぎる」


 その言葉を証明するように手は自ら奥深くへと突き進み、生々しい音と共に鮮血を更に溢れ出させていった。

 寸止めされた剣へ自ら突き刺さった手は一気にガードまでいくそのまま剣とミシェルの手を鷲掴みにした。それから流れるようにもう片方の手で顔も鷲掴みにし、地面へと叩きつけた。容赦ない、だがそれでいて殺さずの命令を忘れない加減された一撃。

 更にルシフェルは手を止めず、左手に突き刺さった剣を顔から離した手で引き抜くと、クルリ回転させて逆手持ちしそのまま躊躇なく振り下ろした。刃はミシェルの頬を紙一重で避けると顔の真横の地面へと突き刺された。


「そのまま寝てればこれ以上は無い」


 それだけを言い残し、剣を手放したルシフェルはミシェルに背を向け片手から滴る血を気にも留めずその場を後にしようと歩き出す。その背後で仰向けのまま地に背を着けたミシェルは嘲笑うかのように清々しい空を見上げていた。ただじっと、感情が後頭部へと落ちた表情を浮かべ動かない。

 しかし勝負は決しそのまま終幕に思えたその時。ミシェルはまさに戦場に立つかのような表情へと変わると無駄のない動きで立ち上がりそのまま剣へ手を伸ばすのと同時に走り出した。

 そして地面を一蹴し跳び上がると頭上で剣を構え斬りかかった。軋む程に握られた剣は綺麗な直線を描きながらルシフェルへ。鋭く、殺す事を躊躇わない。それは戦場の一振りだった。

 空気すらも切り裂くそれは瞬く間にルシフェルの頭へと接近。

 だがルシフェルは振り向かずして、見えているかのような完璧なタイミングで左足を軸に身を翻した。餅つきの絶妙な連携にも負けず劣らずの紙一重で躱されそのまま地面を叩く剣。

 一方でルシフェルは右手を左腕の傍で構えた。微かに開いた手は空を握っている。

 するとそんな手中へ、一瞬にして現れた刀。ミシェルが弾き飛ばしたあの刀だ。鞘は依然と刃を封じ、地面に転がっていたはずの刀はやはり消えている。

 そして時が止まったかのような中、二人の視線が交差すると――ルシフェルは鈍器と化した刀を斜線をなぞるように振り上げた。鎧を身に纏った彼女の体が宙へ浮き放物線を描き地面へと落下した事が、顔面を捉えた刀の一撃が強烈だった事を十分に物語っていた。

 受け身も取らず背中から落下した際の衝撃か、一振りを顔面に受けた際の衝撃か――倒れたミシェルの双眸は蒼穹を見上げること無く、瞼は完全に閉じられていた。

 だがそんな彼女を気に留める事は無くルシフェルは踵を返し歩き出す。


「余興としては悪くない」


 ペペは内心ホッと安堵の溜息を零すが、口に出す声は一瞬のブレもないまま。結末を知っていたというより、興味がないと言うような口調だった。

 そして姿勢はそのまま横目でクレフトを見遣る。


「さてどうする? このまま軍を潰してやっても構わんが?」


 嘲笑的な余裕は見せず、だが相手の出方次第では実行できるという圧を視線一つに含めるペペ。

 しかしクレフトはそんなペペを他所に目を瞑り悠然としていた。その姿はまさしく一国の王にふさわしいものだった。


「その必要は無い」

「蓋を開けてみれば多少は見世物に値すると期待したが残念だな」


 ペペは口ではそう言いつつも内心ではやはり安堵していた。


「(ふぅ。国一つを三人で相手するなんて絶対キツイよ。良かった)」


 だが顔に浮かんでいたのは正真正銘、魔王の表情。


「ならばこの国も吾輩のモノ」

「じゃがこの国はこれまで通りで構わんのだな?」

「好きにしろ。戦力にすらならん者に興味はない。だがあれは貰っていく」


 ペペの視線は兵士によって運ばれるミシェルの姿を射抜くように捉えていた。


「戦力支援はしよう。じゃがあくまでも支援。あの子をお主に明け渡す訳では無い」

「吾輩が求めているのは駒だ。必要な時に使えればいい。それ以外の時など、むしろ邪魔なだけだ」

「うむ。では先の話通りこの瞬間から、サードン王国国王はお主と歩みを共にしよう」

「共ではない。貴様らが吾輩についてくるだけのこと」


 丁度そのタイミングでペペの背後へ戻って来たルシフェル。その手には赤く滲んだ包帯が巻かれていた。だが風穴が開いたにしては量は少ない。


「ひとつ聞きたい事がある」


 するとクレフトはそんな事を口にし、視線だけで内容を尋ね返すペペ。

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