第8話 二年目の夏
数日が過ぎて祭りの日が訪れた。オスカーはいつも通り向かうと待ちきれなかったのか神殿の入り口で佇むエルピスを見つけて駆け足で近づく。
「今日は珍しいな。いつもなら神殿にいるのに」
「何を言う。今日は我の祭りだぞ。つまり我が主役なのだ。気分が上がらない訳ないだろう」
「そりゃそうか。街ではしゃぎすぎるなよ?」
エルピスからしたら、初めての祭りということもあり、いつも以上にテンションが高いのをオスカーは感じながら注意だけはする。エルピスも分かっているのか力強く頷いた後に、オスカーに手を差し伸べる。
街に下る時は手を繋ぐことにしていたら、言わなくても差し出すようになっていた。少しずつ距離が縮んでいっているのを感じ、オスカーは内心喜びを噛み締めながらエルピスを街に連れて行くのであった。
「いつも以上に賑やかで華やかだな」
「そりゃエルピス様への感謝祭だからな」
街を下ると家の窓とかに花が飾られていたり、道ではパレードが行われていたり、いつも以上に屋台が出店したりしていて、異世界に迷い込んだんじゃないかとエルピスは感じて、握っているオスカーの左手に力が籠る。それに気付いたオスカーは隣にいるエルピスに対して大丈夫だとばかりに笑みを見せた。その顔に安心したエルピスは力が抜けていく。
「エル。せっかくの祭りだし、何か欲しいの強請ればいいさ。流石に高すぎるのは無理だけどな」
オスカーの提案にエルピスは少し考える。欲しいものをいきなり言われても、元々物欲がない方だ。かといって、何もないと言うのもオスカーに失礼だろう。果たして何がいいだろうと周りを見渡していると、人間の男性が、エルフの女性に指輪を渡している光景が見えた。くいっとオスカーの手を引っ張り店を指す。
「我はあの店の指輪が欲しい」
「えっ! あっ、そ、そうか……。そうなのか」
エルピスの申し立てに何故かオスカーは目を見開き、驚きを隠さず、躊躇うような仕草も見えたが、意を決したかのような表情で店に向かうので、エルピスは不思議そうについていく。
「あら、珍しいお客さんね。いらっしゃい。ゆっくりご覧になって」
「あぁ、エル。何が欲しい?」
店売りのお姉さんは少し驚いたような表情を見せたが、直ぐに笑顔になりエルピス達を迎い入れる。オスカーは先ほどの戸惑いなどなく、優しくエルピスを見て何が欲しいかと尋ねた。エルピスの視線の先にあるのは指輪だが、一種類ではなく沢山存在しており、どれがいいのか迷ってしまう。少し視線を外した先に見えたのは、夜明けのような綺麗な赤と黄色が混ざった石が付いた指輪。
「オスカーこれがいいぞ」
「あら! うふふ、熱いことね」
お店の人はエルピスの指した指輪を見て、幸せそうに微笑ましそうにしながらオスカーに値段を言う。オスカーの頬がはんのり赤いのにエルピスは気付くと、もしや店の女に気があるのかと考えると、心のどこかにモヤがかかる。どうしてだと不思議に思っていると会計は終わっていた。
「オスカー。あの女に気があるのか?」
「えっ! なんでそう思ったんだ?」
「あの店にいる間、頬が赤かったからな。どうなんだ」
店から離れて、休む為に広場のベンチに座り休憩をしていると、いきなりエルピスが気があるのかと聞いてきたので、飲んでいたエールで噎せてしまった。暫くしてからオスカーは咳払いをし、自分を落ち着かせる。
「えーとな、エル。あそこはな、恋人用のアクセサリーを売っている店なんだ。で、相手の目と同じ目の色の石を選ぶのはプロポーズを意味している。つまり、あの姉ちゃんからしたらエルとおいらが恋人で、エルがプロポーズしたと勘違いしたんだよ」
「そうだったのか。それは、オスカーにすまないことをしたな」
「いいんだよ。エルは知らないと思っていたし」
自分のを聞き、納得したのかエルピスが頭を軽く下げたのでオスカーは気にすんなと手を振る。
エルピスは考えた。オスカーは人間で言えば十代後半だ。結婚しても可笑しくない年頃だと言える。旅の中では浮いた話を聞くことはない。旅人の性質上、囚われたくないのかもしれないが、もしもオスカーに運命の人が現れたならば旅を辞めて、その国に留まるのだろうか。自分の元には二度と現れなくなるのだろうか。そう思うと心が締め付けられる感覚に陥る。
「おい、オスカー。我に指輪を付けろ」
「なんだい? 恋人ごっこが気に入ったのかい。本当にエルは仕方がないな」
エルピスは左手を差し出すと、オスカーは苦笑いをしながらエルピスの手を壊れ物のように優しく触ると薬指にそっと自分と同じ瞳をした指輪を填めた。その光景をエルピスは忘れないだろう。オスカーの慈悲深そうな笑みを、体温を、彼が死んだとしても、指輪が朽ちても、残り続けると確信した。
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