第3話
ドアを開けると、視界の真ん中にはボロボロの木の板を張り合わせた台と、椅子にドカッと座る、白髪でお団子ヘアーのおばあさんがギロリとこちらを睨んでいた。
「こ、こんにちは……」
「何の用だい?」
ガサッとしているが、空を切るような声でおばあさんは言った。
「あの、王様から連絡が来ているかと思いますが……」
「んん? んん? んん?」
おばあさんは席を立って、険しい顔で体中を舐め回すように睨んでくる。
「あんたかい? ファニー・ド・キャロルってのは」
「そ、そうです。私です……」
おばあさんは一層額の皺を深くする。
「……あんたか。世界統一の戦いに出る女ってのは」
「そ、そうです」
「……弱っちい女じゃねぇか。それで魔法を身に付けに来たと……」
ふんっ、と鼻で笑われる。
「何の魔法にするんだい? そもそも、魔法を使った経験はあるのかい?」
「ありません」
「んなんじゃそりゃ。そんな者を戦わせようなんてよく言ったものだねぇ。仕方ない、授けてやろう」
一変して目を向き、乾いた笑い。
まさに魔女を連想させるおばあさんは紫色の壺がたくさん並んでいるケースを取ってきた。
「何ですか、これ」
「これで魔法を作るんだ。どんな魔法を使いたいんだい?」
「別に、何でもいいですけど……」
「そんなんだから最近の若いもんは。じゃあ、相手をどんどんなぎ倒す強い魔法か、防御に徹する魔法、どちらがいい?」
「防御ですね」
「そこは即答かい」
クククッ、とおばあさんは苦笑する。
「出来れば、彼氏を最大限サポートできるような魔法が欲しいんですが……」
「魔法が使えなくて、サポートか。それでも良いのかい? 防御や攻撃の魔法を手に入れられたらもっと貢献できると思うけどねぇ……」
「いや私もう人を傷つけるのは散々なので……」
「……そうかい、あぁ、あの出来事だねぇ」
おばあさんは肩をすくめた。
「……これとこれで良いですか?」
「何だい……んあぁ、これや随分と馬鹿なチョイスだねぇ……」
おばあさんは額に手を当て、口を半開きにして笑った。
「
「でも、私が苦痛なく使えそうなのはこれぐらいしかなかったんです。これなら扱いも簡単だし……」
私は『魔法マニュアル』を突き出す。
「【超回復:他人の体力を百パーセントに回復することが出来る】と、【快適化:ある場所の居心地をよくするために一日五回まで家具やインテリアを生み出すことが出来る】って。難易度はどちらも『簡』って書いてますよ」
「あぁ、そりゃそうだが……もう少し攻撃的だったり、守りに徹したりする良いものあっただろうに……攻撃は最大の防御って言うし……」
「これで良いんです。お願いします! 少なくとも、超回復だけは絶対に必要なんです!」
身体が勝手に動き、私はボロボロのコンクリートの床にひれ伏した。
「……良いのかい? これでボロボロになっちまっても責任はとれないが」
「はい」
おばあさんは何も言わずに、少しだけ肩をすくめて、壺に薬品を注ぎ始めた。
「……
ボン
モワモワっと煙が狭い部屋に立ち込める。
「ゴホッゴホッ」
煙臭いにおいが鼻を突き、思わず私は口元を押さえる。
「……うわ」
その煙が晴れれば、立派な木彫りの机が目の前に立っていた。
「ナニコレ……」
ただ唱えるだけだ、と聞いたがまさかこんなものになるとは。
私は目の前の机をしげしげと見つめた。
「魔法解放、快適化、ガーゴイル」
また白煙が目を刺激する。
確かに、目の前にはオオカミのような生き物の置物がある。
「……私のこと理解してるんだ、この魔法」
私はすぅーと、喉に微量の息を吸い込んだ。
ガチャリ
「やあ、ファニーさん。お覚悟は出来ましたか?」
王だ。
――ノックもしないで入ってくるのはマナー違反でしょう。
「はい」
「おぅぉぉ」
自分で聞いておきながら、王は目を見開き、大げさにのけぞる。
「すでに魔法も『館』で身に着けてきました」
「いやぁ、仕事が早い。さすがだな。そうだ、あの交換条件、見てくれたか?」
「例のアレ、ですか?」
「そうだ。破格の好条件だろう。これで決心がついたのかい?」
「まあ、そうですね。あ、それと、参加するのは彼氏の最終的な判断を得てからです」
「そうかそうか。まあそれはそうだよな」
すでに結果は決まったようなものだ。王は口角を上げ、高々と笑う。
「それじゃあ、気が早いかもしれないが、長老に挨拶に行ってくれ」
「長老、ですか?」
「そうだ。最終的に許可を頂けるのは他でもない、長老なのだから。もちろん、彼氏がノーと言えばあとで覆すことが出来るから大丈夫だ」
「……分かりました」
長老と言えば、真っ白の長髪と長髭の、喋ってることがほとんど分からない人だと聞く。そして、ふと何かの拍子でものすごく怒り出すとも。
「やだなぁ……」
王の馬車に乗せられ、二十分ほどで長老の住処へと辿り着いた。
「うわぁ……」
馬車のドアを開け、ヒョイと地面に飛び降りると、目の前の出現したのは高い石垣と、その上にある巨大な大理石造りの屋敷だった。
私は二の句が継げず、ただ立ち尽くす。
「行こう。長老がお待ちしている」
王がマントをバッとはためかせ、跳ね橋を渡っていく。私は慌ててその後を追った。
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