第16話 他の転生者ばなし 橘 甚蔵の場合






私はその日も自分の経営している蕎麦屋で蕎麦を打っていた。

お昼を過ぎていたので、それほど客は居なかったが。


今思えば、それで良かったのかもしれない、捲き込まれる者は少ないに越したことはないからな。

神のミスなんかに。


幸いなのか妻は出前に行っていた、まぁずっと一緒にいた妻が横にいないのは悲しいが向こうで、生きていてくれるのならそれでいいと思った。


私は蕎麦を打つことしか出来ない、だから神にそう願った、向こうでも蕎麦を打たせてくれと。

ただそれだけを願った。


だが向こうには蕎麦という植物さえないという、だが向こうにも生まれさせてくれるという、しかし根付くには時間がかかるとのことだった。


だから、私はこっちに来てからしばらくたつがまだ蕎麦を打ったことがない。

出汁やその他の料理を作るにしても原料が無い、昆布や鯖節、鰹節、ワサビ、醤油すら無いらしい。


作り方が解らないこともないが、時間も資金もかかる。

今すぐには無理だ、しかし神が少しだけ年を若返らせてくれたので時間だけはある。


向こうでの年齢は60歳を越えていたが今は30台になった、不思議なことだ。

神様に頂いた物はアイテムボックスの中にある、沢山の蕎麦打ちに、料理に必要な道具達だ。


道具の専門店を開けるほどだ、それにユニークスキルという物も貰った、蕎麦打ち工房(店舗)というものだ、願ったところに大型工房付店舗を開けるという、飛んでも能力だ。


本音を言えば、原料も用意してくれてれば万々歳だったのだが、無いものをねだっても仕方ない。


蕎麦が打てる日まで、料理屋の手伝いでもしながら時を待とう。

そして、あの日、店にいた常連客、弁護士の山崎さん、会社員の田中さん、銀行マン反町さん、営業職の吉田さんに生きてまた会えることを願って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る