29. 津奈島の夢

 2023年6月下旬。

 私は安達氏と打ち合わせの場を持った。ミオは卒制のために、長期の撮影に関わっており、打ち合わせには参加していない。多忙のせいか、安達氏の目には隈ができていた。

 取材を続けるか、どうするか。

 安達氏は「続けるべきだ」と断言した。


「心霊番組なんてもともと不謹慎なものだよ。死者やら霊やらをコンテンツとして扱ってるんだから。まだ掘れるところがあるなら、掘り続けたほうがいい」

 

 これ以上なにを掘るのか、と私が訊ねると、安達氏はある資料を見せた。『トリハダQ』に送られたDMの抜粋だという。


「前に夢の話をしたの覚えてる? 募集の投稿を見てから、変な夢を見るようになったって話。あれ、この頃増えててさ」


 安達氏が見せてくれたDMの抜粋を以下に記載する。


『ツナラという言葉を見てから、夢を見るんです。ずっと雨が降っている島の夢です。あれはどこの島なんでしょうか』


『動画で話していたツナラって、津奈島と関わりあります? ニュースで見た津奈島の夢を見るんですけど、なんなんですか????』


『呪われました。助けてください。最近、眠ると変な声が聞こえるんです。

 ツナラノミタマー、ツナラノミタマーって。1人の声じゃないんです。

 いろんな人の声で聞こえるんです。なんなんですか、これ』


『行ったことがない島を見下ろしている夢を見ました。

 自分が神様になったような、変な夢です』


『雨が降ってる港にたくさんの人が立って、僕を見上げているんです。

 みんな、僕を見上げて、祈っているんです』


 DMの抜粋を見て、私はぞっとした。夢の話はまだ『中間報告』の動画では出していない。津奈島との関連はコメント欄で指摘していたユーザーもいたが、コメントで指摘されている夢の内容はほぼ一致している。

 

「じつはさ、俺も見てんのよ。この夢」


 安達氏は隈が浮かんだ目でぼそりと云った。


「久住ちゃんはどうなの?」


 このとき、私はなにも答えなかったが、心当たりはあった。

 取材を始めてからずっと、見ている夢があったのだ。

 誰かから話を訊くたび、夢はディティールを増していた。 


******


 夢の中で、私はいつも津奈島にいた。

 夜の津奈島は激しい雨が降り続けており、海も荒れ狂っていた。 

 津奈島には一度も訪れたことがない。

 報道映像か写真か、あるいはこれまで見聞きしてきた話のイメージでしか、私は津奈島の姿を知らない。


 それなのに、夢の中での私はここが津奈島だとわかっている。

 

 湖のように広がる綿土湾も。

 沿岸に沿ってできた集落も。

 海を取り囲むようにそびえる山々も。

 目に映るすべてをなじみ深い光景として認識している。


 豪雨にも関わらず、港には外に出る人々の姿があった。

 島民たちだ。

 彼らは私を見上げながら、あの言葉を唱える。 


 ツーナーラーノーミーコートー、ツーナーラーノーミーコートー

 マーモーリーターマーエー、サーキーハーエーターマーエー

 

 遥かな高みから、私は彼らを見下ろしている。

 私には様々な声が響き、様々な想いが駆け巡る。


 私は1人ではなかった。

 私は大勢のなかのひとつだった。私は我々だった。


 祝詞を聞くたび、我々は歓喜に震えた。

 

 我々は内湾に身を下ろし、屹立している。

 傍目から見れば、海にそびえ立つ塔のように見えるだろう。

 我々は島の山々を眺める。

 

 山腹にあるツナラ御殿と呼ばれた建物。湯沢が大金を投じて建造した、張りぼての城。湯沢は虚栄心が強い。津奈島を踏み台に実業家として大成する野望を抱えている。幹部の田畑は組への返り咲きを夢見ている。経理の佐伯は第二子が生まれたばかりで安定を求めていた。運転手の松原は津奈島を気に入り、この島に骨を埋めるつもりでいた。


 昨日は2018年7月20日、土用の丑の日である。

 彼らは事業の成功を祝して、津奈島のウナギを食べていた。我らの分身であるウナギを。ツナラと呼ばれるウナギを。長年、ツナラを食べ続けてきた彼らはすでに我々の一部と化している。そのことに彼らは気づかない。


 津奈シップスの面々の思考が、感情が、我々の中に入ってくる。なぜなら彼らも、我々だからだ。我々に繋がっているからだ。


 時は満ちた。

 長きにわたる封印が解かれた。

 いまこそ目覚めの時だ。


 グワアアアアァーーーーーーーーン

 グワアアアアァーーーーーーーーン


 我々は吠えた。

 我々の咆哮が島中に響く。


 ツナラ御殿のウッドデッキに人々が出てくるのが見えた。湯沢たちを始めとする津奈シップスの者たちが。

 湯沢たちの表情は虚ろだ。彼らの自我はとうに溶けている。


 我々はさらに吠えた。

 それに呼応するように、湯沢たちは口を開く。


 湯沢たちの姿は

 濡れた泥人形のように崩れ

 無数の

 ウナギへと――


******


 この夢がなんなのか。この頃の私にはわかり始めていた。


 あの夢は、災害発生当時の津奈島の光景である、と。

 さらにもうひとつ、夢にはある特徴があった。

 夢を見ている視点である。


 人間の視点ではない。ちょうど40mほどの高さから見下ろすような視点で津奈島の港を眺めているのだ。

 まるで自分が巨大な何かになったかのような視点。

 

 例えばだが、もしも佐原が目撃したという化け物が内湾に現れて、身を起こしたら、ああいう視点になるのではないだろうか。

 

 しかし、なぜ津奈島に関わっていない我々が夢を見るのか。

 ツナラにまつわる話は訊いた者すら呪う話だとでもいうのだろうか。


 安達氏は夢にまつわる深堀りを提案したが、私は乗り気になれなかった。

 まずは佐原から訊いた話と疑問点について改めて確認するために、佐原への追加取材を行うべきだと考えていた。

 

 なにしろ佐原は、災害発生直前の津奈島をよく知る生き証人である。

 夢に関する話も佐原がなにかを掴んでいる可能性はある。ミオも交えて、改めて話を訊きたかった。

 

 安達氏からの了承も得て、佐原に追加取材の打診を行なった。佐原からの返信はすぐに来なかった。


 すでにこの頃には『トリハダQ』との連動企画である本稿を、出版社からノンフィクションとして出版する話が進行しており、佐原からの連絡を待つ間、私は並行して今回の取材内容を草稿としてまとめ始めていた。


 この頃、私は佐原からの追加取材で今回の企画にまつわる取材は終了だろうと予感していた。ツナラの正体もひと通り見えてきた。話のオチとしては十分格好がつくだろうと踏んでいたのだ。 

 

 以前、安達氏自身も云っていた。

 ホラーで肝心なのはオチではなく、不気味な空気の余韻が大事であると。


 佐原氏に打診をしてから数日後。

 私が原稿の執筆を進めていたとき、佐原からLINEのメッセージが来た。取材の可否に関する内容ではなかった。


「あいつがいた」

「なんでだよ」

「千尋」


 私は「どういうことか」と返信を打ったが、既読はつかなかった。

 

 以降、佐原とは一切連絡が取れなくなった。

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