空想(短編集)

蒼澄

第1話 月の感触

死ぬまでに月に触れてみたい


それが僕の願いだった


学校の理科で見る月はゴツゴツとしていて、触り心地は良くないし、冷たいに違いない。まるでその辺の石ころみたいだ。


でも、夜の空に浮かぶ月はそれとは全く違う。


優しく夜を照らす月、それはほんわりとしていて、まるで体温を持ったみたいに暖かいはずだ。


だから僕は月に触れたい。月に触れてその感触を確かめたかった。


月を見ると自然と視線が吸い込まれた。


あぁ、あの月が降りてきたらいいのに。


僕は心の中でそう思った。


ある日だ。


僕はドライブの途中、休憩のために近くの海岸に車を停めた。


長い間車に乗っていたからか、外の空気を吸いたくなった僕は、海岸へ向かった。


砂浜に乗り上げる波が一定のリズムで音を奏でる。夜風が優しく夏の熱気に囚われた僕を包む。


ふと空を見上げるといつも通りそこには月があった。


僕は無意識に月に手を伸ばし、昔よりも大きくなったその手で月を掴んだ。


月の光は僕の視界から消える。


僕は苦笑いして、手を下ろした。


その時だった。


掴んだ月は空から跡形もなく消え去っていた。


夜の空には無数に光る星だけが残っていた。


僕は驚きを隠せなかった。


僕の手があの月を掴んだのだろうか、でも握りしめた手の中に感触はなかった。じゃあ僕の手が月を飲み込んだのだろうか。


辺りをもう一度見渡し、月を探した。


そして僕は気づいた。


月は目の前にあったのだ。


それも数え切れないくらいたくさん


海の中に浮かぶ月は光を反射してぼんやりと辺りを照らしていた。


暗い夜の海を優しい光で照らすそれは正しく月そのものだ。


でも僕はがっかりした。


だってその月は目の前にあるというのに、手の届く距離にあるというのに、触れることが出来ないからだ。


僕はそうして海を後にした。


僕の夢は今もまだ変わっていない


死ぬまでに月に触れたい


その月たちは今も空と海を照らしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空想(短編集) 蒼澄 @books2525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る