第19話 オールビー家



















「帰ったぜー」


からん、と酒場の鈴が鳴る。といってもこちらは裏口だ。ずっとフードを被ったままのメイヴィスを見て、青年は何かを察したのか、こちらに案内した。

メイヴィスは手招きされるまま中に入り、扉を閉める。


「ゼノ! 店放ってどこへ行ってたんだ……って、誰だいそのお嬢さんは?」


ざわざわと騒がしい表から、マスターらしき男性が怒鳴りながら現れた。しかし、メイヴィスの姿を認めるとそちらに興味が行ったようだ。


「宿を探してるっつうから連れて来た。財布もねえらしいが、構わんだろ?」


ゼノ、と呼ばれた青年は雑な説明をする。


(その説明では怪しさしかないのでは)


想定通り、男性は顔を顰めたが、次の瞬間ため息を吐く。


「はあ……こんな寒空に放り出せるわけないだろう。お前が責任持って世話しろ」

「わかってるって」

「落ち着いたら店に出ろ。一人でやるのも限界だ」

「なるべく急ぐよ」


男性はそのまま表に向かい、メイヴィスはゼノと取り残された。


「さて。この時間だと、母さんは宿の方だな。先に話しておかないと後が面倒だから、悪いけど付き合ってもらうぜ」


こくりと頷き、メイヴィスはゼノの後をついていく。


「ただいま母さん」

「おかえりゼノ。その子は?」


酒場のすぐ隣に併設された施設へ向かうと、受付に女性がいた。こちらは時間を持て余しているように見える。


「困ってたみたいだから連れて来た」


さらりと、やはり雑な説明をする息子に、女性もため息をつく。


「またかい? 仕方ないね。それより、父さんがお呼びだよ。私は先に行くから、その子を案内したらすぐに来な」


ゼノの返事を待たず、女性は宿を出ていく。


「慌ただしくて悪いな」


と謝られ、メイヴィスは首を振った。


「迷惑かけてるのはこちらだから」

「そうか? ……部屋はここな」


ゼノは2階の角部屋の扉を開ける。古びた音がした。


「ここには暖房がないから、寒かったら下の談話室に行くといい。じゃあ、俺はこれで」


ゼノが立ち去り、メイヴィスは懐から小瓶を取り出した。前にコーディが持たせてくれた栄養剤である。薬を作ってくれるシャロンがいない今、何度も伏せられては困ると調剤してくれたのだ。


(不味い)


ただ、この栄養剤は体調の悪化を防ぐというより悪化を先送りにして体力の前借りをする効果なのだとコーディは言った。つまり、限界まで疲労が溜まるとひと月近くは寝込むことになる。


(それでも、私は今倒れるわけにはいかない)


もともと脆弱な体はそう簡単に強くはならない。普通の栄養剤では、飲んでいても体調を崩す。であれば、前借りしてしまった方がいい。


(とにかく休もう)


ゼノと呼ばれた青年はともかく、両親は明らかにメイヴィスを歓迎していない。彼らにとってメイヴィスは何処の馬の骨とも知れない小娘なのだから、真っ当な防犯意識である。


(寝床があるだけでも感謝)


硬いベッドも汚れたシーツも新鮮だ。


(明日帰ろうと思ってたけど、オリビアを探したい……でもいつ倒れるかわからないし、一度戻った方がいいのかな)


勢いに任せて飛び出してしまったが、自分があまりにも無計画だったことに今更気がついてため息をつく。


(明日のことは、明日考えよう……)


窮屈な侍女服を脱ぎ捨て、ほぼ気絶するようにメイヴィスは眠りに落ちた。











♢♢♢♢♢











目が覚めると、太陽はずいぶんと高いところまで昇ってしまっていた。流石に寝過ぎたとベッドから起きあがろうとするが、硬いベッドで眠ったせいか腰が痛い。

ふう、と息をひとつ吐く。すると、バタバタと階段と廊下を走る音が聞こえた。

何事かと様子を伺っていると、ノックもなしに部屋の扉が開かれる。大柄な少女が転がるようにして入って来た。


「あー! こんなところに女の子を泊めさせるなんて! 大丈夫? 寒くない?」


下着同然で眠りについていたメイヴィスは薄着だった。これから服を着ようとしていたのだが、少女はメイヴィスの手を握って動きを封じている。


「えっと……?」


寝起きも相まって状況を飲み込めていないメイヴィスを見て、少女は「ごめんね」と手を離した。


「私はゾーイ。王宮で下級侍女をしてるの。さっき里帰りで戻ってきたんだけど、兄さんに侍女が泊まってるって聞いて。でもまさかこんなところにいるなんて」


自己紹介しながら、ゾーイはメイヴィスに自分が着ていた上着を着せて、「おいで」と誘導した。


「あ、あの」

「兄さんが勝手にお金のない旅人とか連れて来ちゃうから、その人たちはあの部屋に泊めることになってるけど。まさか王宮勤めの女の子をあの部屋に案内するなんて! 本当にごめんなさいね」

「それは、私もお金を持ってなくて」

「こんなに寒いのに暖房もない部屋なんてありえない! 見損なったわ」


ゾーイはメイヴィスの喋る隙を与えてくれない。


「はい、ここ私の部屋。暖かいから入って入って」


大きなタオルですっぽり体を包まれ、肩をグイグイ押され、メイヴィスは躓きそうになりながら部屋に入る。ベッドに座って、と促されたが、髪も体もあまり綺麗ではないからとラグに座った。


「うーん。ご飯も食べてないしお風呂も入ってないよね? 私が入れてあげる! ちょっと待っててね。あ、この服洗濯しちゃうね!」


メイヴィスが返事をする間も無く、ゾーイは服を抱えて部屋を出ていく。嵐のような少女に、メイヴィスは呆気に取られた。


「何が何やら……」


一般的に見て、お金を持たない旅人とメイヴィスは同じ立場のはずだ。お金のない人間を泊める部屋が決まっているのであれば、昨夜のゼノがとった行動は矛盾していない。だが、ゾーイの中では何か違いがあるらしい。


「王宮勤めだからって偉いわけじゃないし」


まさか正体を知られているのかとも思ったが、無反応なのもおかしな話だ。そもそもメイヴィスの顔を知っている者はごく少数しかいない。

ゾーイは侍女だと言ったが、下級となるとどこかで顔を合わせた可能性も低いだろう。


(もしかしたら、オリビアのことを何か知っているかも)


考え込んでいると、ゾーイが戻って来た。


「お風呂の用意に少し時間がかかるから、ご飯食べよ! パンとスープでいいかな!?」


パワフルなゾーイに圧倒されながら、メイヴィスは食事をする。


「ねえ、名前はなんて言うの?」

「私は、メイ……」


名前を言いかけて、思わず口をつぐむ。城下の人間がメイヴィス・ラングラーについて知っているのか定かではないが、余計なことを言う必要はない。不自然な切り方だったが、ゾーイは気にならなかったようだ。


「メイね。可愛いわ」


にこにこと食事の様子を見守られ、居心地が悪い。食欲は少しだけあるのでスープをちびちび飲んでいるが、監視されているようで気分が悪い。


「私はお風呂を見てくるね」


再びゾーイが部屋から退室し、ほっと息を吐く。のも束の間、扉がノックされた。


















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