第18話 城下




















諸悪の根源だとか、気味が悪いだとか、愚鈍だとか。

自分を罵る言葉は山のように浴びてきた。


(でも、どうでもいい)


何もできない無能な人間であるという肩書きは、むしろメイヴィスに自由をもたらした。

誰もが自分に構うことなく、何も強制しない。


(ある意味、この世界で最も恵まれた女かもしれない)


自堕落なメイヴィスは、いつか自分が罰を受けるかもしれないことを想像している。こんなにも自由で、怖いとすら思う。謂れのない罪で処刑されるくらいで釣り合いが取れそうだ。


(ここが、街)


侍女たちを送る馬車が走るのをやめ、扉が開く。降り立った侍女たちは実家への道をまっすぐ行き、取り残されたのは行く宛のないメイヴィスのみだ。

突っ立っていても仕方ないので、ぶらぶらと散策することにした。

コーディの言った通り、街に活気はなく、しんとしている。風も冷たく、メイヴィスは支給された侍女用のマントを羽織った。

初めて見るものばかりだ。家々や店が並び立ち、壁のようになってメイヴィスを囲む。

街の端まで歩いて門を出てみると、急に建物がなくなり、夕陽を全身に浴びる。沈んでいく夕陽は空をオレンジに染め上げ、山の向こうへ消えていった。そうしている間に気温はどんどん下がっていき、メイヴィスは手をさする。


「……マリア。外って、綺麗ね」


どうしたらこの景色を見られたのか、そんなことを考えてしまう。考えたところで、マリアは帰ってこないのに。


「おい、もう閉めるぞ」


後ろから声をかけられ、メイヴィスは振り返る。街を警護している騎士がランプを掲げていた。

慌てて門を潜ると、騎士は容赦無く門を占めて鍵をかける。


「おーい」


すると、別方向からもう一人騎士がやってきた。


「もう戻るぞ」

「ああ」

「この女は?」


ぼんやりとしていたら矛先が向いた。


「ああ、今門の外にいたから声をかけたんだ」

「はあ? 何でそんな不審な女を」

「あの服は王宮の侍女だろ? 里帰りに来たんだよ」


上から下までジロジロと見られ、メイヴィスは居心地悪いことこの上ない。だが、ここで逃げたら追われるに決まっている。


「言われてみれば。でもこの女、さっきも見かけた気がするぞ。王宮から里帰りしてる侍女ならすぐ家に帰るだろう? 買い物した形跡もないし」


(怪しまれている)


やけに頭の回る騎士だとメイヴィスは内心降伏する。


「本当に王宮からの里帰りなら、許可証を持っているはずだ。出しな、嬢ちゃん」


それならあるはず、と懐を探るが、最初からありませんでしたと言わんばかりに姿を消している。どこかで落としてしまったらしい。


「あ、れ」

「……嬢ちゃん。悪いけど来てもらうぜ」


騎士は呆れたようにため息をつく。


「おーい! お前そんなところにいたのか」


次から次へとやってくる見知らぬ人間に、メイヴィスは疲弊していた。街は人が多すぎる。


「なっ」


ぽん、と肩に腕を回してきたのは、やはり知らない青年だった。その腕があまりにも太く逞しく、メイヴィスは絞め殺されそうだと思った。


(人違い?)


ちらりと上を向くと、その青年と目が合う。彼はニッと笑って何か言いたげな顔をした。


(合わせろ……ってこと?)


「おい、何をしている」


突然現れた青年に騎士たちは警戒する。


「こいつは俺の妹だよ。今日城から帰るって話だったのにちっとも帰ってこないから、探しに来たんだ」


飄々と嘘をついている。しかしそれで引き下がる騎士たちではない。


「だが、この娘は許可証を持っていない。許可証を持っていない人間は王宮の外には出られない決まりだ」

「ああ、それならそこで拾ったぜ。たぶんこれだろ」


どこからか紙を一枚取り出し、騎士たちに見せる。


「妹はそそっかしいからな。落としちまったんだよ」


騎士は差し出された許可証をひったくり、確認する。


「……確かに、王家の印と今日の日付があるな」


メイヴィスに許可証が返され、騎士たちは「次から気をつけろ」と去っていった。


「やれやれ。で、お前さんは何してるんだ?」


青年はメイヴィスから腕を離し、一歩下がった。


「あ、えっと……私は、人探しをしてて……これから宿を探そうと思ったんだけど」


身分を明かしたくなかったメイヴィスは、うまく説明ができない。が、青年は気にしていないようだった。


「宿? 行くアテないのか」


問いかけに頷くと、青年は少し悩んだあと、口を開いた。


「じゃあ、うちに来るか?」

「……は?」


どんな思考回路だと流石のメイヴィスも突っ込みたくなる。今し方出会ったばかりの男の家になど行けるはずがない。いくら親切心であっても限度があるだろう。

怪訝な顔をすると、青年は慌てて手を振る。


「ああ、いやいや、そういうんじゃなくて。うちは両親が酒場と宿屋をやっててね。情報が早いんだ。人探しをしてるなら役に立てるかもしれないだろ? 部屋も空きがあるし、泊まっていくといい」


人探しというのは、姿を消したオリビアという侍女のことだ。見つけたところでどうすることもできないが、王家の秘宝だけは取り戻さなければならないと思った。

そして、宿を探している、と言ったのは半分事実で半分嘘であった。メイヴィスはてっきりその日のうちに王宮に戻れると思っていたが、本日の馬車は行きしかなく、明日にならないと戻ることができない。一晩姿を消すことになるが、もう仕方ない。歩いて行ける距離でもないのだ。


(カレンは狼狽するかもしれないけれど、殿下ならきっと騒がないでしょう)


無論信頼されていると思っているわけではない。メイヴィスがどこへ行こうと、サイラスは興味がないだけだ。


「……そんなに簡単に、他人を招き入れていいの?」


しかしメイヴィスにとってあまりに都合が良いので、疑心暗鬼になってしまう。青年は「確かにな」と笑った。


「まあでも、うちには盗まれるようなものなんてないし、困ってるのは本当なんだろ?」

「え、まあ……私お金を持ってないし」

「は? なんで?」


青年の疑問は当然である。人探しに来ているということはある程度長期滞在のはずだ。にも関わらず、お金を一切持っていないのはあまりにも怪しい。


「えっと……落としちゃって」


こちらも苦しい言い訳だが、許可証を落とした張本人である。青年は「大変だな」と少し同情したように苦笑した。


「構わんよ。人助けって言えば母さんも納得するだろ」


ついてきな、と青年はメイヴィスを誘導する。


「お前さん顔色最悪だしな」





















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