第3話 ご挨拶






後日。

王太子妃候補が全員王宮に入り、国王夫妻に挨拶をする。そこには、メイヴィス含め3人の令嬢しかいなかった。


(人が集まらなかったとは聞いたけど、許嫁以外に2人だけとはね)


頭を下げたまま、メイヴィスはぼんやり思う。


「オルセン公爵家が娘、クリスタが国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます」


物怖じしない、意志の強そうな可愛らしい声。


(オルセン公爵家……彼女が、許嫁か)


なるほど王太子が好きそうなタイプだとメイヴィスは納得する。彼女はマリアによく似ていた。


「……ラングラー侯爵家が娘、メイヴィスが国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます」


令嬢に倣い、メイヴィスも礼をとる。


「パリッシュ伯爵家が娘、ルーナが国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶申し上げます」


キビキビとした声が謁見の間に響いた。


(パリッシュ伯爵家……聞いたことあるようなないような……)


王太子妃になれる見込みがないにもかかわらず、立候補してきたということは、側室であっても王家と繋がりを持ちたいのだろう。


「……」


顔を伏せていると、国王夫妻の視線を感じる。品定めされている気分だ。するとやがて、どちらかが立ち上がる音がした。


「皆、よく来てくれた。王太子妃候補ということではあるが、あくまで決めるのはサイラスだ。私たちは干渉しない。各々王太子妃候補として、日々努力することを期待する」


全員、より深く頭を下げる。


「さて。今サイラスはこの場にはいないが、夕食は皆で取ると伝言を預かった。18時に食堂に来るように」

「承知しました」

「承知しました!」

「……承知しました」

「では、退がりなさい」


順に謁見の間から退室し、メイヴィスはすぐさま部屋に戻ろうとする。


「ラングラー侯爵令嬢様!」


呼び止められ、振り返る。先ほどの令嬢2人がメイヴィスを見ていた。


「初めまして。クリスタ・オルセンです」

「ルーナ・パリッシュです」

「どうぞよろしくお願いいたします。またお茶会にお誘いしますね」


こちらが何かを言う前に挨拶され、メイヴィスは口を挟む隙がない。


「……メイヴィス・ラングラーです。光栄ですわ」


と、やっと返す。それ以外に返した方がわからなかった。


「では、また後ほどお会いしましょう」


二人はさっさと立ち去り、メイヴィスは後に残される。


(まさか、向こうから声をかけてくるとは思っていなかった)


無能ゆえに侯爵家に閉じ込められていた世間知らずの娘は、相手にされないと思っていた。


「許嫁の余裕、ってところ?」


クリスタが何を考えているのか、メイヴィスには全くわからない。ただ、一夫多妻制度であるゆえに、無能のメイヴィスは真っ先に潰されてもおかしくはないとは思っていた。


「問題は起こすなと言われているのだけど……」


向こうからのアクションがあった場合を想定していなかった。断ったら「無礼」などと言われるのは目に見えており、どちらにせよ面倒だ。


「王宮なんて場所にいる以上、波風立てずにとはいかないか」


自分のために、家のために、相手を蹴落とすことは当たり前だ。歴史が証明している。


「……考えることが多すぎる。うんざりするわ」

「メイヴィス様。約束までまだ時間があります。少しお休みになった方がよろしいかと」


シャロンの提言に、メイヴィスは気持ちを切り替える。


「そうするわ。何か起きる前に心配しても仕方ないわよね」


ここ数日でシャロンが見つけ出して改装した部屋に向かう。侯爵家にいた時のように、小さなベッドに窓、机に照明が揃えられ、そこは見事にメイヴィスだけの城になっていた。


「ありがとう、シャロン。人の目が多い中でこれだけ整えるのは大変だったでしょう?」

「いいえ。メイヴィス様が過ごしやすい環境を作ることも私の仕事ですから」


メイヴィスは、時々シャロンがなぜ自分に忠誠を誓ってくれるのかわからなくなる。自分のそばにいたところで、メイヴィスが彼女に何かをしてあげられるわけではない。陰口を叩かれ、出世も望めないメイヴィスに仕えるメリットは何一つないのに。


「……ありがとう」


自分に他人を惹きつけるカリスマ性があるとも思えない。シャロンは変わり者だ。だが、そんなシャロンにメイヴィスはいつも救われている。


「では、時間になりましたら起こしますので」


シャロンが出ていき、メイヴィスは小さなベッドに丸まって息をひそめる。


(どうか、何も起きませんように)


王宮から逃げ出す勇気はない。目立ちたくない。だからメイヴィスは、王宮から出て行っても文句を言われない日を待つのだ。


(このまま眠りに落ちて、もう目覚めなければいいのに)


叶いもしない願い事をしながら、メイヴィスは眠りの底に落ちて行った。






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